小説ハゲタカシリーズの中で、
企業は利害関係者(ステークホルダー)全てものだ
といったスタンスの文があったような。
企業は株主のものか、
経営者のものか、
従業員のものか、
顧客のものか。
正解は全部だ。
そして企業は何のために存在するのか。
理想的な企業の在り方とはなんぞや。
極論よりの結論
→企業は利害関係者を幸せにするために存在する。
というのが私の持論というか理想論だ。
どんな商売も
「あ、この商品便利じゃね?」
「あ、このサービスはお金になるんじゃね?」
「使ったお客もハッピー。こっちも儲かってハッピー」
これが原点だ。
従業員を雇って、給料を払って雇用を守り、
法人税を納めて儲けを社会に還元し、
経済を回す。
だがどういう訳か、
起業はべらぼうにハードルが高いし、
雇用される側になったらなったで
労働法のザル具合の絶望には枚挙暇が無い。
運よくこの年になって労務管理と簿記を学ぶ機会に恵まれたが、
強く感じるのが「目的」と「手段」の逆転だ。
私にとって労働は生活の糧を得るための手段だ。
決して労働そのものが人生の目的ではない。
ぶっちゃけ空から5億円降ってきてほしい。
毎日猫と寝て暮らしたい。
小説を書いて、裁縫をして、料理をしてのんびり暮らしたい。
しかし空から万札が降ってくる気配は一向にないので
労働者市場での価値を高めるために資格を取ろうとしている。
もう一度言うが、
私は働くために生きている訳ではない。
自分の人生を謳歌するために生きている。
労働をするために生きている訳ではない。
年金を納めるために生きている訳ではない。
税金を納めるために生きている訳ではない。
色々な原因が重なってうつ病とパニック障害を患ったが、
周囲からは「仕事で体を壊したなら仕方ないね」と言われる。
いや仕方なくねーだろ。
生活の糧を得るため労働してるのに
労働の結果、生活が立ちいかなくなるって本末転倒じゃろがい。
目的(生活)と手段(労働)が知らん間に入れ替わる。
だが、気が付くとこの現象は生活と社会の中に溢れてる。
