おはようございます!

今日もつらつら、手話のこと書いていきますねカナヘイうさぎカナヘイ花

ふと気づいたこと。
聴者が成人して手話を身につけること、それは第二言語習得になります。
その時、どうしても日本語に影響されてしまうんですよね。

そんな例をいくつか
音声言語VS手話
(1)言わずもがな、空気読んで
日本語で話すとき、主語が抜けたり、知ってることをわざわざ言ったりしない。
また、大人の会話になると、抽象語が増えるというか、具体的な、平易な言い方って、相手のことバカにしてるみたいな。
やはり言い方ってあると思うんです。
それを手話にしちゃうと、アウト〜あんぐりうさぎ

主語の誰、意味わからない、何の話ってなってしまう。
手話をしていて思うのは、できる限り私が考えていることと、相手が捉えることを近づけようとしてると感じるんです。
捉え方がずれないように、例を提示してわかりやすく、主語も明示、話の筋を見失わないように再度こういう話でしたって最後に言ったり。
手話には、手話の言い方があること。
そこに日本語の言い方を無理やり入れても不自然だということ。

(2)短縮形
キーワードな言葉ってかなり重要です。
それを曖昧に発音したり、はっきり言わないのは音声言語ではちょっと考えられない。
手話も同じで表現するとき、最初にキーワードは指文字や単語ではっきり言った後に、短縮形のようにして、頭の指文字だけで表現、その場で作った手話で表現したりする。

ただ、勘違いして、何度も出てくる単語やキーワードを指文字で丁寧に繰り返し表現したりすることがある。
重要性はわかる、聞いたから伝えなきゃもわかる、でもそのタイムラグにろう者をイラつかせることもサッ

相手がわかれば、よりシンプルに、丁寧になりすぎず、日本語にとらわれすぎず表現することが、内容を伝える上では大切かなって思うんです。

いうは易し、行うは難し…それでも、それでもとびだすうさぎ2