- 前ページ
- 次ページ
小生が感動した名著100選 第5話
『星の王子さま』サン・テグジュペリ
史上最強の恐るべき童話である。
ドイツの哲学者ハイデッガーは「20世紀における最も優れた書物である」と位置
づけている。
ロビンソン・クルーソーは無人島で孤独な状況に遭遇した時に『聖書』を心の羅針盤にして生き延びた。もし、小生が同じ状況になった時に心の友として語り合いたい本は、間違いなく『星の王子さま』であろう。
小生はサン・テグジュペリと共に生きてきた、と言っても過言ではない。
『Le Petit Prince』が原タイトルで、直訳すれば『ちいさな王子さま』となるはずだが、日本での最初の翻訳者である内藤濯(あろう)氏が天才的なネーミングで『星の王子さま』と訳し、今日まで多くの読者に愛されている。
この本は童話と言う表現手法を用いつつも、「僕は、この本を寝そべって軽々しく読まれたくない」とピシッと言い切っている。サン・テグジュペリの信念の深さが並外れて凄い。一人の人間のこの気高さと心意気!これは絶対に言わずにはいられない深淵なる思想を純粋な心を持つ子供たちにも分かるように平易な言葉で表現していく、と言う単なる技術を超越した最高峰の芸術力が駆使されているのだ。
ベートーヴェンも「真理は簡素化に向かう。複雑なものは真理に達していない」とし、ジャズの帝王マイルス・ディビスも一音一音を最小限に削って構成し、『生と動』の間合いのバランスを取りながら最高美の音を追求し続けた。
人それぞれ、本の読み方はさまざまあっていいが、小生にとって一流の書を読む事は『精神の闘争』であり、寝そべってなんて読めないのだ。言葉の海で寄せては返す波のような一字一句の裏にある深意は何か?
読解力、根気、感性、創造性.....作者の魂と我が魂が時空を超えて激しくぶつかり合うまで、『身読』する。
何しろ、サン・テグジュペリは人類初の天空から地球と人間の営みをを俯瞰して思想と行動を高めた英雄なのだから。
この物語は『生と死』『責任と使命』
『永遠の絆』のテーマからなるCosmic Symphonyであり、それらを繋ぐものは
「大切なものは目には見えないんだよ!」とのメッセージに隠されている。
「あぁ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは 天空に輝く星とわが内なる道徳律である」とは、哲学者カントの言葉であるが、これは『星の王子さま』の世界観と共鳴する。
孤独な砂漠と天空の間に突然現れ、精神の春風を送る王子さまとは......?
『人間の心と言う奇蹟』に他ならない。
その目には見えない心が責任とか使命感まで高まった時、人は勇気ある行動に打って出る事ができるし、その行動があってこそ、人々は永遠の絆で結ばれる。
閑話休題、小生は『絆』と言う言葉アレルギーだ。5年前の東日本大震災で『がんばろう日本』なるマスコミの絆復興に
一斉に向かわされたような不快感さ....
『絆』と言う語源も『無知な大衆を飼い慣らす』意がある。面白い事にフランス語では『Apprivoiser』アポリポワーゼと言うが、その語源もまた『飼い慣らす』で、特に女性に向けての卑猥な言葉であった。それをサン・テグジュペリが
『永遠の絆』との新しい言葉として、創造した。
本題に戻ろう。物語の中で王子さまとアポリポワーゼしたキツネは、別れ際で大切な事を言っている。
「きみは、絆を結んだものには、永遠に責任をもつんだ!きみは、きみのバラに責任がある....」
王子さまは、ついにこの宇宙でたった一輪のはかない命の愛するバラを置いてきぼりにした星へ帰る決心をする。
ここでの作者の真意は、人類の心にまだ残っているヒューマニズムの精神を呼び起こすために、命をかけてナチスファシズムと戦う決心であった、と思う。
バラの花のモデルである、コンスエロへの永遠の愛の誓い。行動する『文士』としての責任と使命感。
『星の王子さま』のラストは童話には相応しくないかも知れない。しかし、思想と行動が一体のナイトの人、サン・テグジュペリは、信念を貫くには命をかけなくてはならない時もある、との美学を通したかったのだろう。彼は出撃には偵察機に徹して、爆撃機に搭乗する事を最後まで拒んでいた、と言う。
1944年7月31日、地中海沖で消息を絶つ。皮肉な事に彼を撃墜したドイツ戦闘機はFW190D型で、コブラの異名を持つ機体だ。王子さまも毒蛇に咬まれて星へ帰るが、ヘビはエジプトでは『不死再生』の象徴である。毒性に咬まれた王子さまの姿は翌朝にはなかったのだから、
いつかは戻ってくるような希望を作者は残したと思う。
1993年に地中海沖の底で消息を絶ったサン・テグジュペリの搭乗機が発見されたが、遺族の希望でそのままになっている。
「砂漠が美しいのは井戸を隠しているからだね!」との王子さまの言葉通り、私たちのサン・テグジュペリは、地中海の何処かで安らかに眠っている、と想像した方が伝説的だし、永遠の美を放っている。
「きみが星空を見上げると、そのどれかひとつに僕が住んでいるから、そのどれかひとつで僕が笑っているから、きみには星と言う星が、ぜんぶ笑っているみたいになるんだ。きみには笑う星々をあげるね!そのうち悲しい気持ちがやわらいだら、僕と知り合えてよかったと思うよ。きみはずっと僕のともだちだもの」
小生は、この王子さまの別れの言葉に、亡くなった父や東日本大震災で亡くなられた多くの方々が重なり、いつも涙する。それでも、人は夜空に輝く星々を観ながら、その人の笑い顔を思い浮かべた時、どれほど慰められることだろう。
父やかけがえのない方々がいるであろう星々に永遠なれ、と祈る時、その絆も永遠になる、と小生は確信して止まない。
人は生死生死と過去・現在・未来の三世を永遠に演じ行くアクターなのだろう。
その小生や貴方のドラマに、きっと『星の王子さま』が祝福して、五億の鈴を鳴り響かせてくれるだろう。
「僕は夜になると、空に光っている星たちに、耳を澄ますのが好きです。まるで、五億の鈴が鳴り響いているようです」
2016年 3月11日
『星の王子さま』サン・テグジュペリ
史上最強の恐るべき童話である。
ドイツの哲学者ハイデッガーは「20世紀における最も優れた書物である」と位置
づけている。
ロビンソン・クルーソーは無人島で孤独な状況に遭遇した時に『聖書』を心の羅針盤にして生き延びた。もし、小生が同じ状況になった時に心の友として語り合いたい本は、間違いなく『星の王子さま』であろう。
小生はサン・テグジュペリと共に生きてきた、と言っても過言ではない。
『Le Petit Prince』が原タイトルで、直訳すれば『ちいさな王子さま』となるはずだが、日本での最初の翻訳者である内藤濯(あろう)氏が天才的なネーミングで『星の王子さま』と訳し、今日まで多くの読者に愛されている。
この本は童話と言う表現手法を用いつつも、「僕は、この本を寝そべって軽々しく読まれたくない」とピシッと言い切っている。サン・テグジュペリの信念の深さが並外れて凄い。一人の人間のこの気高さと心意気!これは絶対に言わずにはいられない深淵なる思想を純粋な心を持つ子供たちにも分かるように平易な言葉で表現していく、と言う単なる技術を超越した最高峰の芸術力が駆使されているのだ。
ベートーヴェンも「真理は簡素化に向かう。複雑なものは真理に達していない」とし、ジャズの帝王マイルス・ディビスも一音一音を最小限に削って構成し、『生と動』の間合いのバランスを取りながら最高美の音を追求し続けた。
人それぞれ、本の読み方はさまざまあっていいが、小生にとって一流の書を読む事は『精神の闘争』であり、寝そべってなんて読めないのだ。言葉の海で寄せては返す波のような一字一句の裏にある深意は何か?
読解力、根気、感性、創造性.....作者の魂と我が魂が時空を超えて激しくぶつかり合うまで、『身読』する。
何しろ、サン・テグジュペリは人類初の天空から地球と人間の営みをを俯瞰して思想と行動を高めた英雄なのだから。
この物語は『生と死』『責任と使命』
『永遠の絆』のテーマからなるCosmic Symphonyであり、それらを繋ぐものは
「大切なものは目には見えないんだよ!」とのメッセージに隠されている。
「あぁ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは 天空に輝く星とわが内なる道徳律である」とは、哲学者カントの言葉であるが、これは『星の王子さま』の世界観と共鳴する。
孤独な砂漠と天空の間に突然現れ、精神の春風を送る王子さまとは......?
『人間の心と言う奇蹟』に他ならない。
その目には見えない心が責任とか使命感まで高まった時、人は勇気ある行動に打って出る事ができるし、その行動があってこそ、人々は永遠の絆で結ばれる。
閑話休題、小生は『絆』と言う言葉アレルギーだ。5年前の東日本大震災で『がんばろう日本』なるマスコミの絆復興に
一斉に向かわされたような不快感さ....
『絆』と言う語源も『無知な大衆を飼い慣らす』意がある。面白い事にフランス語では『Apprivoiser』アポリポワーゼと言うが、その語源もまた『飼い慣らす』で、特に女性に向けての卑猥な言葉であった。それをサン・テグジュペリが
『永遠の絆』との新しい言葉として、創造した。
本題に戻ろう。物語の中で王子さまとアポリポワーゼしたキツネは、別れ際で大切な事を言っている。
「きみは、絆を結んだものには、永遠に責任をもつんだ!きみは、きみのバラに責任がある....」
王子さまは、ついにこの宇宙でたった一輪のはかない命の愛するバラを置いてきぼりにした星へ帰る決心をする。
ここでの作者の真意は、人類の心にまだ残っているヒューマニズムの精神を呼び起こすために、命をかけてナチスファシズムと戦う決心であった、と思う。
バラの花のモデルである、コンスエロへの永遠の愛の誓い。行動する『文士』としての責任と使命感。
『星の王子さま』のラストは童話には相応しくないかも知れない。しかし、思想と行動が一体のナイトの人、サン・テグジュペリは、信念を貫くには命をかけなくてはならない時もある、との美学を通したかったのだろう。彼は出撃には偵察機に徹して、爆撃機に搭乗する事を最後まで拒んでいた、と言う。
1944年7月31日、地中海沖で消息を絶つ。皮肉な事に彼を撃墜したドイツ戦闘機はFW190D型で、コブラの異名を持つ機体だ。王子さまも毒蛇に咬まれて星へ帰るが、ヘビはエジプトでは『不死再生』の象徴である。毒性に咬まれた王子さまの姿は翌朝にはなかったのだから、
いつかは戻ってくるような希望を作者は残したと思う。
1993年に地中海沖の底で消息を絶ったサン・テグジュペリの搭乗機が発見されたが、遺族の希望でそのままになっている。
「砂漠が美しいのは井戸を隠しているからだね!」との王子さまの言葉通り、私たちのサン・テグジュペリは、地中海の何処かで安らかに眠っている、と想像した方が伝説的だし、永遠の美を放っている。
「きみが星空を見上げると、そのどれかひとつに僕が住んでいるから、そのどれかひとつで僕が笑っているから、きみには星と言う星が、ぜんぶ笑っているみたいになるんだ。きみには笑う星々をあげるね!そのうち悲しい気持ちがやわらいだら、僕と知り合えてよかったと思うよ。きみはずっと僕のともだちだもの」
小生は、この王子さまの別れの言葉に、亡くなった父や東日本大震災で亡くなられた多くの方々が重なり、いつも涙する。それでも、人は夜空に輝く星々を観ながら、その人の笑い顔を思い浮かべた時、どれほど慰められることだろう。
父やかけがえのない方々がいるであろう星々に永遠なれ、と祈る時、その絆も永遠になる、と小生は確信して止まない。
人は生死生死と過去・現在・未来の三世を永遠に演じ行くアクターなのだろう。
その小生や貴方のドラマに、きっと『星の王子さま』が祝福して、五億の鈴を鳴り響かせてくれるだろう。
「僕は夜になると、空に光っている星たちに、耳を澄ますのが好きです。まるで、五億の鈴が鳴り響いているようです」
2016年 3月11日















