郡山熱海カントリークラブ | ゴルフ場探訪記 in 福島

ゴルフ場探訪記 in 福島

震災と原発事故で大きな打撃を受けた福島県のゴルフ場、様々な歩みを体験リポートする。

郡山熱海カントリークラブ


2015年7月17日


郡山熱海カントリークラブを一言で表現すると「美しい箱庭コース」だ。
コース表示

安達太良連邦の麓にあり、周囲は山に囲まれている山岳コースである。

山岳コースと言ってもホール自体はフラットである。

その分ホールとホールの間をつなぐアプローチが長く、アップダウンがある。

ホールの間をつなぐアプローチでホールのアップダウンを少なくなるよう設計されているのであろう。

ティグランドから見た印象は意外と広い。山岳コースにありがちが圧迫感はない。


コース1
設計したのは福田富市氏。「自然を造る」というアリスター・マッケンジーのの設計思想に基づいているという。確かに周囲の山々に包み囲まれ、自然のど真ん中にいるような印象を受ける。



名物ホールはアウト7番のショートホール。池越えのである。
コース4

眼鏡橋が美しく、穏やかな水面は印象に残る。

コンパクトにまとめられているだけに距離は短い。

その分、フェアウエーに張り出すような樹木、バンカーが立ちはだかるように配置されている。

ハードルを設けて、プレッシャーをかけてくるが、ロングヒッターにとっては物足りないかもしれない。

インコースの11番はシニアプレーヤーの粋人でさえ、ティーショットがグリーン近くまで飛んだ。

つい手前を探してしまうほどだった。

粋人はこのホールをバーディとし、続くショートホールもバーディ。距離が短いだけに、アプローチの距離感さえあえばスコアはまとまる。

この日、巨匠は熟練者の技を発揮した。
巨匠

出だしこそややショットがぶれたが、正確なアプローチでピンチを凌ぐ。

ただ、勝負強いはずのパットが今一つ、決まらない。

カップ間際でするりと切れたり、あと1センチといった具合である。

こんなシーンを「八百屋のサンマ」と言うそうだ。

その心は「八百屋で魚は売っていない。つまり 打っていない」というのだ。

まさに、この日の巨匠は「八百屋のサンマ」状態だった。


名人
名人は何時になくショットが安定していた。

距離に不安がないときの名人は自信に満ちている。

ゴルフのスコアは自信の産物であるような気がする。

しかし、ナイスショットはいつも続くとは限らない。

中部銀次郎の言葉を思い出す。

「ゴルファーはナイスショットを出したことばかりが記憶にある。ミスしたほとんどのショットは忘れて・・・」と言っていた。

しかし、我々は思う。

「ミスしたショットは覚えているが、ナイスショットの記憶はすぐ消える。」である。

あの時のナイスショットが蘇らずに、再現できないでいるのだ。

まだまだ、未熟と言うことなのであろうか。

郡山熱海カントリークラブは1988年(昭和63年)に開場した。
クラブハウス

成井農林グループのゴルフ場としてのスタートだった。

成井農林は福島県西郷村にあり、明治34年に薪炭業として創業した老舗の企業である。

昭和に入り事業の多角化を図るため、ゴルフ事業に進出。

福島県内の白河国際カントリークラブなど北海道などに6つのゴルフ場を経営するようになった。


木材を生業とするゴルフ場だけに、木にこだわった施設である。

クラブハウスはログハウスである。

樹齢200年という檜を10年以上寝かせた木材を使ったという。

その量もすごい、住宅200戸分に相当する檜を使用したとのこと。


入り口には大きな木のテーブルが置いてある。

いたるところに大木のオブジェのようなものがあるのは、木へのこだわりなのであろう。



食堂
レストランもログハウスである。内装はカントリー風にまとめられていた。

建物が自然に溶け込むよう配慮されている。


しかし、成井農林のゴルフ場は平成二入って、苦境に陥る。

景気の低迷で利用者が落ち込んだのに加え、預託金の償還期限を迎えたことで事業の継続が難しくなったのである。

平成16年に成井農林は東京地裁に特別清算を申請、

ゴルフ場経営から撤退、他の観光事業部門を切り離すなどの対策をとるに至った。

こうしたことから、平成17年に成井農林グループの6つのゴルフ場は他の事業会社に譲渡されることになった。

この時郡山熱海カントリー倶楽部は白河国際カントリー倶楽部とともにアーバンコーポレーションに引き継がれることになった。


だが、そのアーバンコーポレーションも平成20年に経営が行き詰まり、民事再生法の適用を申請する。
コース2
不動産市況の冷え込みによって、これまでの不動産開発の負担が重くのしかかったためであった。


平成20年、アーバンコーポレーションから離脱した郡山熱海カントリークラブは白河国際カントリークラブとともに会員有志で設立された(㈱)カネキに売却された。


カネキは平成26年9月に韓国系の大河グループが経営していた大玉TAIGAカントリークラブ(旧大玉YIPカントリークラブ)、勿来TAIGAカントリークラブ(旧勿来VIPカントリークラブ)、那須TAIGAカントリークラブ(現在の西のカントリークラブ)の3つのゴルフ場を取得、

白河国際カントリークラブと郡山熱海カントリークラブと合わせ、県内に5つのゴルフ場を持つことになった。


コース3
さまざまな経緯を経て、かつてのロイヤルグループと成井農林グループの県内のゴルフ場が一つのグループに再編されたのであった。