「スタート」
パチンッ
音がなり、男が消えて静かになったホール。
数秒間、俺を含め誰一人として動かなかった。
いや、普通とはかけ離れた状況に動けなかった。というのが正しいだろう。
「な、なんだか知らねーけど、勝つのはおれだ!」
高橋が走っていった。
声は震えていたが、相変わらず言葉だけは威勢がいい。
続いて柊も、無言のままホールを後にした。
ホールに残ったのは俺と桜井の二人。
俺の正面に立つ桜井は、じっとこちらを見据えている。
しかも、不適な笑みを浮かべながら。
一歩、また一歩、近づいてくる。
なんだ、何をする気だ。
そして、手を差し出した。
「!?」
驚きを顔にそのまま浮かべている俺に、桜井は言った。
「握手や、握手♪」
なんだ、こいつは、何者なんだ。
「何者って思われても、俺は人間や。異常な方の、やけどな。」
待て。俺は一言も発していない。なのになぜこいつは俺の問いに答えた。
心の中の問いに、なぜ答えることが出来た。
「それ、俺が異常な人間やからや。」
まただ。
今度は思うより先に、口に出す。
「異常って、何がだよ。」
「つまりは、こういうこっちゃ。」
そう言った桜井が、薄黒い煙に覆われる。
すると、背後に金髪の、フードを被った中学生くらいの少年が現れた。
「なん、なんだよ、それは。」
いきなり得たいの知れないものが現れた。
それにただならぬ恐怖を感じた。
「“エリオンド”俺に憑いてる守護霊(ジーニアス)や。
心を司ってる。他人の心が読めるんや。」
「ジーニアス?じゃぁお前、まさか」
「そのまさかや。俺はこのゲーム、はじめてやない。」
他にもこのゲームが開催されていた、ということか。
「それで?何故俺に接触してきた。」
「お前に勝たせるためや。仙波っちゅうやつに頼まれてな。」
ー仙波!?
仙波の知り合いか?
「まぁそういうわけやけど···」
「けど?」
「先にこいつしまってエエか?疲れんねん。」
「あ、あぁ。」
ジーニアスはあくまで召喚しているのか。
自分の、主の体力を消耗するということだろう。
また薄黒い煙に覆われて、エリオンドが消えた。
「それで、修には何て頼まれたんだ。」
「悠牙にジーニアスを与えてほしいって頼まれたんや。
それ以上深くは聞いてへん。」
「そうか。」
まぁ、あのメールは確かに仙波のアドレスだったし、
嘘はついていないだろう。
信用した方がいいのか。やたら事情に詳しそうだしな。
「じゃぁ、あんたを信用して、あんたと一緒に行動する。」
「そか、助かるわ。」
こうして、俺は桜井と行動することになった。
廃墟内を探索しながら聞いた話によると、
どうやら俺の家のそこそこ近くの大学に通ってるらしい。
怪奇現象のサークルも、このジーニアスについてなんだとか。
俗に言う専門家だ。
このゲームは、2、3年に一度開かれるんだとか。
でもそれなり昔からあり、
ジーニアスの数は世界で100近くいるという。
ジーニアスは、負けなければ幾つでも持つことができる。
しかしそのような人物は、世界に2人くらいだとか。
それに、ゲームの種類も多種多様で桜井のときは、頭脳戦だったという。
そんな話をしている最中、
ジリリリリリリっ
アラームが鳴り、腕時計からマーカーが浮かび上がる。
「CATCH-RYO-。高橋か。」
言いながら桜井と走る。
割りと近い場所だ。一分以内に間に合う。
そこの角を曲がればすぐだ。
曲がる寸前。マーカーが消えた。
まだ時間は30秒くらい残っていたはずだ。なのに何故。
その理由は、すぐにわかった。
角を曲がった瞬間、彼女はいた。
「柊!?」
柊の下には高橋が腹部と口を押さえ咳き込んでうずくまっている。
わずかにだが、何か声が聞こえた。
そして、柊は手にナイフを握っていた。
「あーあ。無駄に抵抗するからもう来ちゃったじゃない。」
そう言って高橋を踏みつける。
うっぅ。という苦痛の声が廃墟内に響いた。
「お前は一体何者だ。俺と同じ年だけど、見覚えがないんだ。」
笑いながら柊は答える。
「そりゃぁそうよ。転校生だもん。学校が楽しみで制服着てたの♪」
転校生だったのか。ならば知らないのも無理がない。
「それよりさぁ、そこのオーブ、私にちょうだい♪
殺されたくなかったらさぁ?この男みたいにね。」
オーブは俺の足元にあった。だが、渡すわけにはいかない。
「こ、断る。」
そう言って俺はオーブを拾う。
ジリリリリリリっとアラームがなり、カウントダウンを開始する。
「あっそー。じゃぁ死ねば?」
ナイフを持ち、降りかかってくる。
その時、声が響く。
「悠牙君!!右に避けろ!」
反射的に反応し、右に避けた。すると、柊のナイフが空振った。
後ろには、エリオンドを召喚した桜井が立っていた。
そうか、桜井は心が読める!
ナイフの来る方向が分かるんだ!!
その後も、桜井の指示通りにナイフを避け、ついに一分が経過した。
「はぁ、はぁ、勝った。勝った!」
腕時計のモニターに、でかでかと、
WINNER-YUGA-
と表示されていた。
すると、またあの男が現れた。
パチンッ
「今回の勝者は、冴木悠牙。おめでとう。」
そういい一人、拍手をする男。
「待てよ。お前は一体何者なんだ。」
表情を崩さず男が答えた。
「ただの中立なゲームマスターさ。
さぁ、力を授けよう。」
パチンッ
言って、もう一度指をならす。
すると、持っているオーブが溶け、薄黒いあの煙に変化し、俺を覆った。
目の前に、ショートカットの、角が生えた刀を携え、腕を組む青年が現れた。
「我は、オーガ。強さを司る鬼神。」
そう言って、俺の付けている腕時計に煙になって入っていった。
男が言った。
「これにてゲームは終了だ。さらば。」
パチンッ
指がなった。
再び闇に呑まれ、次に気がついたとき、
俺は自分の部屋の、目覚まし時計のアラームで目が覚めた。
腕には、あの腕時計が、付いていた。