富士山の伊達直人達
実際、最初は何もわからず どうなることかと思いましたが
今日の昼に最後のグループが帰ってきました
とりあえず、物資を届ける活動はこれで終わります
まだまだ物資は不足しているようですが、さまざまな物の流通が再開されてきていて
一歩一歩復興に向けて歩き始めています
支援物資に関しては、行政やボランティア団体のサポート体制ができていて贅沢は出来ないけど何とかまわり始めています
その団体の中の一つ ピースボートの朝のミーティング です
この人たちは瓦礫の片づけをしながら、避難所に入れない人達へ物資を届けてくれています
今回の物資はここにお願いしました
これからは、 必要な物資を 必要な場所に 必要な量 届ける事が大事になります
全国からたくさんの物資が届いていました
私達が、 何かしたい と思ったのと同じように
日本全国に伊達直人がいます
このブログを書く時 富士山の麓に住む 有志達の軌跡を発信 とあります
最後に一つだけ知ってください
今回 物資を届けるという目的で集まった 富士山の伊達直人達は
本当にがんばった 物資をもって来てくれた人 仕分けしてくれた人 運んでくれた人
正直ここまで出来ると思わなかった
本当に有り難うございました
ブログにコメントをくれた方々、返事が書けないこともたびたびありました
すみませんでした、でもみなさんの気持ち 思いはしっかりと届ける事が出来たと思います
富士山の伊達直人としての活動は、ここでひとくぎり
でも復興までの長い道のりはまだ始まったばかり、
今度は違う形で東北の皆さんを応援していこうと思います。
女川町 避難所
避難所の外で焚き火で暖をとっていた
数人の若者に話を聞く事が出来た
地震 津波 の様子
避難所の生活 今後の復興について
ブルーシートで作られたテントの中で酒を飲みながら夜中まで
二枚目の写真のしたに写っているのは、海岸に流れついた煙草を焚き火で乾かしているところです
話をした25歳、 お兄ちゃん
「何が一番欲しい?」
と言う質問に一言
「ハイオク」
このお兄ちゃんの 車、ハイオクしか入れれないらしい
無理もない 、20代なんて人生で一番楽しい時
21歳のお姉ちゃんの話では、津波の時に自分のお婆ちゃんを助ける為に、津波に飛び込んで助けたんだけど
その時に従姉妹が流されて亡くなったらしい
同じく「何が欲しい?」
という質問に
「携帯の電波」でした
理由は、自分の安否をみんなに知らせたいから
「私は死んだ事になっているから」
って言ってました
他にも沢山の話をしました
翌朝
持って行った物資を下ろし
同じ、女川町にあるもう一つの
避難所
ここはお寺さんなので、畳の上で寝る事ができるから、小さい子供がたくさんいました
紙オムツ 粉ミルク 色鉛筆 塗り絵 折り紙 大変喜んでました
やっとの思いで ここまで来たけど
来てよかった つづく
次回 女川町の街中で
iPhoneからの投稿
衝撃の雄鹿半島
雄鹿半島の雄鹿モータースへ
ここは、60人~80人程が非難しているであろう所
であろうというのは、電気 ガス 水道 いわゆるライフラインは勿論、携帯電話の電波も入らない所で、唯一の情報源はmixiの書込みやNPOなど他のボランティア団体が発信しているブログ 掲示板を見て判断するしかない
公式発表では此処には人は居ない事になっている 所だからです
雄鹿モータースの手前のコンビニの駐車場の写真
ここで一体何があったのか
雄鹿モータースに着くと、意外な事にみんな冷静に
「どっから来たの 大変だったねー」
「せっかく、もって来てくれたけどここは足りてるから、もっと困っている所へ持っていってあげて」
「えっ・・・・・・・・あっそうなの はっ はいわかりました」
どうやら足りているんじゃなくて、サポート体制が出来ていて
定期的に水や食料は届くらしい
まさに、衝撃の牡鹿半島
それは、それでいい事だから まっいっかぁ つづく
次回 恐怖・・・ 夜の石巻
iPhoneからの投稿
残った三名は・・
昨日、被災地に残った3名。
危険で有名な牡鹿半島に入り、現地の自治体や警察、役所等 車を走らせながら連絡を取り合い
牡鹿小学校に到着。ちょうどNPOのボランティア団体と一緒になり、実はこの先の女川第一中学校が
町一帯流されて孤立した状態になっている との事。 急遽、そちらに向かいました。
険しい道を入ると、小高い丘の上に建っている中学校を見つけ やっと物資を届ける事ができました。
これだけ物資は足りている!と 言われていても、やっぱりまだまだ届かない所はあるのです。
小さな子供達が この寒い中 はだしでいました。
でも、回りは何もない。だからこそ 暴動もおこらない。
避難している130人で力をあわせ生きる為に 必死で頑張っているんです。こうゆう所に運びたかった!!
避難所で被災者と共に泊まり、生の声を聞き 本当にここまで来てよかった。と思ったと思います。
電話もつながらない暗闇の中、夜中に電波の届く所まで移動してこの連絡を受けました。
物資を提供してくれたたくさんの人達の思い、ちゃんと届けましたよー。
一足先に帰った仲間達、大丈夫!心配いらないよー。
みんなの思い届けたよー。
今朝、三人は 女川を出て富士宮までの長い道のりを走っています。夜には、到着すると思います。
詳細は 三人が帰ったら直接聞けると思います。
取り急ぎ 三人のその後を心配している方達へ 大丈夫です! K



















































