「ヨコハマポートサイドプレイス」に落選。
ちょっと冷静になり、自分が本当に住みたい場所について、もう一度考え直してみました。
まず考えたのが、タワーマンションの是非です。「ポートサイドプレイス」もタワーマンションでしたが、果たして自分はタワーマンションが好きなのか。
タワーマンションの魅力といえば、眺望と規模のメリットを生かした共用設備でしょう。
眺望については、これまで住んできた家の中には眺望がある家もない家もありました。あればあるでいいだろうし、よっぽど絶景が眺められるならば別だろうが、長年住まう家を求めるときに絶対的な条件ではないのではないか。
また、共用施設についても、自分のニーズと合致したものが揃っているなら意味もあるが、世にある物件を見てみるとそうでもない(たとえばウチは子供がいないので、キッズルームなんかいらない)。夫婦共働きで昼間に家にいないので、そもそも共用施設を使う機会もなさそう。そのためにイニシャルコスト(物件価格)&ランニングコスト(管理費)が割高になるのは、気持ちのいいものではない。
デメリットも検討してみます。
まず、棟内で低層と高層で価格差が大きく、結果として住民の所得差が大きくなりそう。自分の所得が高いか低いかは別にして、管理組合の運営やコミュニティ形成の面で不安を感じます。
次に、災害時の不安。大地震のときにタワーマンションが倒壊するとは思いませんが、エレベーターや水道が止まったときの負担はかなり大きいでしょう。また、タワーマンションは埋め立て地に位置することが多く、敷地周辺の液状化リスクもあるように考えました。
住環境としては、エレベーターの待ち時間や戸界壁の遮音性能の問題があったり、バルコニーに洗濯物が干せなかったり、間取りによっては窓が開かなかったり。物件の仕様にもよりますが、中低層のマンションに比べると制限や我慢を強いられたり、覚悟を決めなければならない点が多いように思います。
また、将来の修繕費用や建替の問題にどう臨むのか、歴史の浅いタワーマンションだけに不確定要素もあります。
ここに挙げたことはすべて杞憂に終わるかもしれません。が、僕としてはこれだけの不安要素を抱えながら、タワーマンションにお金を払うのは難しいというのが正直な感想でした。
というわけで、タワーマンションの可能性は否定しないものの(物件によっては上記の不安要素を当初から取り除ける場合もあり得る)、今後は一歩引いた目線で見ることとしよう、という結論に至ったわけです。
ちょっと冷静になり、自分が本当に住みたい場所について、もう一度考え直してみました。
まず考えたのが、タワーマンションの是非です。「ポートサイドプレイス」もタワーマンションでしたが、果たして自分はタワーマンションが好きなのか。
タワーマンションの魅力といえば、眺望と規模のメリットを生かした共用設備でしょう。
眺望については、これまで住んできた家の中には眺望がある家もない家もありました。あればあるでいいだろうし、よっぽど絶景が眺められるならば別だろうが、長年住まう家を求めるときに絶対的な条件ではないのではないか。
また、共用施設についても、自分のニーズと合致したものが揃っているなら意味もあるが、世にある物件を見てみるとそうでもない(たとえばウチは子供がいないので、キッズルームなんかいらない)。夫婦共働きで昼間に家にいないので、そもそも共用施設を使う機会もなさそう。そのためにイニシャルコスト(物件価格)&ランニングコスト(管理費)が割高になるのは、気持ちのいいものではない。
デメリットも検討してみます。
まず、棟内で低層と高層で価格差が大きく、結果として住民の所得差が大きくなりそう。自分の所得が高いか低いかは別にして、管理組合の運営やコミュニティ形成の面で不安を感じます。
次に、災害時の不安。大地震のときにタワーマンションが倒壊するとは思いませんが、エレベーターや水道が止まったときの負担はかなり大きいでしょう。また、タワーマンションは埋め立て地に位置することが多く、敷地周辺の液状化リスクもあるように考えました。
住環境としては、エレベーターの待ち時間や戸界壁の遮音性能の問題があったり、バルコニーに洗濯物が干せなかったり、間取りによっては窓が開かなかったり。物件の仕様にもよりますが、中低層のマンションに比べると制限や我慢を強いられたり、覚悟を決めなければならない点が多いように思います。
また、将来の修繕費用や建替の問題にどう臨むのか、歴史の浅いタワーマンションだけに不確定要素もあります。
ここに挙げたことはすべて杞憂に終わるかもしれません。が、僕としてはこれだけの不安要素を抱えながら、タワーマンションにお金を払うのは難しいというのが正直な感想でした。
というわけで、タワーマンションの可能性は否定しないものの(物件によっては上記の不安要素を当初から取り除ける場合もあり得る)、今後は一歩引いた目線で見ることとしよう、という結論に至ったわけです。