相対性理論というものがある。
その昔、ファンキーな白髪のおっさんが考えたことだ。
分かりやすく言う為に、本人自ら超かみ砕いた言葉で説明してる。
「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです」
ああ、おっさん、すごい偉業を成し得る割に俗性を持ち合わせているね。素敵だ。
ところで話は変わるが、世の中に永遠なんてものはない、と思っている。
永遠の愛、ずっと続く平和、永久の誓い、あと夏休み。
楽しい事や幸せな事は、あっという間に過ぎ去っていく。
そこで、相対性だ。
きっとすべての幸せな時間は一瞬のように感じたことだろう。
でも、僕らはその一瞬を知ってしまった後、それを心の中で何度も何度もリフレインする。
中毒みたいに。
僕は思う。
それこそが永遠だと。
刹那的な意味ではなく、本当に幸せだと感じたあの一瞬こそが、おそらく僕らの求めていた永遠なんだろうな。
音楽。
音を楽しむ、と書いて、音楽。
音楽はいろんな楽しみ方がある。
聴く事、奏でる事、歌う事、そして作る事。
ここにたまに優劣をつける人がいる。
音楽に優劣をつける事、それは別段間違った事だとは思わない。
優劣はある。
ただし、それはある一定条件の下でのみの話。
歌が上手い、演奏が上手い、曲の構成が秀逸、云々。
ただそんな解釈は、本当の意味での音楽かどうか?
歌が上手くなくたって、演奏が上手くなくたって、曲の構成が分かりにくくたって、
聴く人が、良い、と思えば、それが音楽の最上級のかたちなんじゃないかな。
それはきっと、歌う人、奏でる人、作った人の心や人となりが聴く人に届いているんだろう。
音楽は人が表現するもの。
人間なくしては語れないと、そう思う。
上手い下手よりも、強い想いの方が何倍も音楽をより良い物にできると思っています。
だって、そういうのを聴きたいんだもん。
音を楽しむ、と書いて、音楽。
音楽はいろんな楽しみ方がある。
聴く事、奏でる事、歌う事、そして作る事。
ここにたまに優劣をつける人がいる。
音楽に優劣をつける事、それは別段間違った事だとは思わない。
優劣はある。
ただし、それはある一定条件の下でのみの話。
歌が上手い、演奏が上手い、曲の構成が秀逸、云々。
ただそんな解釈は、本当の意味での音楽かどうか?
歌が上手くなくたって、演奏が上手くなくたって、曲の構成が分かりにくくたって、
聴く人が、良い、と思えば、それが音楽の最上級のかたちなんじゃないかな。
それはきっと、歌う人、奏でる人、作った人の心や人となりが聴く人に届いているんだろう。
音楽は人が表現するもの。
人間なくしては語れないと、そう思う。
上手い下手よりも、強い想いの方が何倍も音楽をより良い物にできると思っています。
だって、そういうのを聴きたいんだもん。