第3部 パリ、毒薬 / 第12節 前任者(2) | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 

  

  一体、何が起こっているのか、俺があれこれ

考えている時に、ギョームが俺を探しているこ

とを知った。大学の悪友で、俺の逃亡を手助け

してくれた奴が教えてくれたんだ。

  それを知って俺は確信した。

  官憲の動きについて疑問を感じているのは俺

だけじゃない、ギョームも同じように疑問を抱

いている、奴もまた生き残るために必死なのだ

と。

  
  ギョームは、こう考えているのではないだろ

うか。――官憲はギョームが毒殺団のひとりで

あることをまだ知らないと。

  元々、ギョームは殆ど表に出てこない人物だ

ったから、ヴァナンが喋らなければ、知られて

いない可能性はある。もしかしたら、監獄で身

動きのできないヴァナンに金銭的な援助か何か

をする見返りとして、口止めに成功したのかも

しれない。監獄に収監されているとはいえ、囚

人たちと連絡を取ることぐらい、その気になれ

ば造作も無いことだからな。

  そうだとすれば、残った邪魔は俺だけという

ことになる。俺が捕まれば、自分のことを喋る

はずだとギョームは思っているだろう。勿論そ

うするさ。当たり前だ。ギョームは俺を探し出

してどうしようとしていると思う? 買収する

か? それとも殺してしまおうと思っているの

か――恐らくは後者の方だろうな。

  しかし、俺は官憲がギョームのことを知らな

いはずはないと思っている。ヴァナンが金銭で

買収されるとも思えない。有罪になれば死刑に

なる人間に金など大した意味は無いはずだ。

  
  俺やギョームが逮捕されずにいるのには何か

他に重大な理由があるはずなんだ。

  
  そんなことをあれこれ考えている所に、のこ

のこやってきたのがお前さんさ。

  サヴォイアから後任の外交補佐が来たと聞い

た時、俺にはそれが意外なことに思えた。俺が

フランスに来ていたのは、どちらかと言えば留

学の方が主な目的で、外交補佐の仕事なんて名

目のようなものだった。元々、大した仕事もし

て無いのに、なんで後任をすぐに手配する必要

があるのか不思議だった。

  その内、あんたはあちこちのサロンでヴァナ

ンのことをべらべら喋り始めた。

  俺にはぴんと来たよ、あんたがただの餌だと

いうことが。

  
  誰の考えかは知らないが、なかなかいい考え

だと思ったよ。なるほどなってね。

  いいか、よく聞くんだ。ギヨームは必ずお前

に接触してくる。

  奴は俺の行方や、捜査でどんな証言が行われ

ているかを知る必要がある。調子に乗って事件

のことを外で喋ってるあんたが狙われないはず

はない。うまく丸め込めば、いろいろ情報が引

き出せると思っているはずだ。

  一方で、サン・モーリス侯爵やラ・レニはお

前にギヨームが接触してくるのを待っているに

違い無い。彼らはサロンで誰に会ったか、君に

逐一報告を求められただろう?

  俺の言っていることが分かるか?

  あんたはもう事件の部外者なんかじゃない。

事の成り行き次第ではいつ誰に殺されても不思

議じゃないんだよ。ギヨームのことを知ってし

まった今となっては尚更だ。

  
  俺は事件のことを知って逃げるという大きな

誤りを犯した。

  その時はサヴォイア公暗殺は噂にしか過ぎな

かったし、実際にヴァナンたちが捕まっていた

わけでも無かったから、暫く姿を隠して奴らか

ら距離を置いていれば、その内、話は収まると

思ってたんだ。ほとぼりが冷めた頃に侯爵に話

をすれば、何とかなるはずだと思っていた。ヴ

ァナンと関係を持ったのは不味かったが、さす

がに侯爵は俺が暗殺に手を貸したとは思ってい

ないはずだ。外交補佐としてはもう使っては貰

えないかもしれないがね。

  
  しかし、予想に反して、事態は最悪の方向に

転がり始めた。

  フランス国ルイの勅令で火刑裁判所が設置さ

れ、その責任者として軍務卿のルーヴォアや警

視総監のラ・レニーが任命された。ヴァナンが

逮捕されて、サヴォイア公暗殺を匂わせている

と聞いた時には、もう逃げられないと思ったよ。

  これだけは信じてくれ。俺は錬金術師たちに

混じって、いろいろ誉められないことはしたか

もしれないが、サヴォイア公暗殺のことは本当

に何も知らなかったんだ。俺はどうなっても構

わないが、家名に傷が付くのだけは耐えられな

い。この汚名のために一門が潰れたら、俺は一

体どうすればいいのか――。

  もはや自分に残された道はひとつしかない。

  俺が先にギヨームを見付けて、奴を官憲の手

に引き渡すしかない。自分の無実を証明する手

立てはそれしかないんだ。

  そのためには、あんたに簡単に死なれちゃ困

るんだよ。

  俺と会ったことは誰にも喋るなよ、侯爵にも

だ。今夜のことは物盗りに遭ったとでも言っと

け。あんたが俺やギヨームのことを知っている

と分かれば面倒なことになるぞ。

  用があればこっちから会いに行く。俺のこと

を探そうなんて思わないほうがいいぜ。俺は子

供の頃から隠れんぼは得意なんでね。

  じゃあ、またな」