気落ちしていると、お風呂にも入れなくなることよくある。

最近は風呂キャンとか便利な言葉ができてありがたいところ。


風呂キャン期間って、体という外枠の認識が薄くなる。

どう見られるかとか考えられないくらい、内側が畝って動けなくて手に負えない。


だから、

自分を愛でてあげないとね

っていうのは分かるんだけど、それかなりレベルの高い話で、


まず清潔にできた

肌のケアができた

体が、自分の外側だと自覚できた


というほんとに外出に耐えうる認識を持つことすら大変なわけです。


できる人ができない人に説いても無駄ですよ。

起点が違いますから。


やっとこ出てきた柔らかな芽に、バケツで水ぶっかけてるようなものですから、やめてください。


感情と論理。


食って食い合って渦巻く。



内側では憎しみが募るばかりだけど、

外に出るテキストはロジカル。


一貫してたら流れが変わってきた。


この先のペースは私が握ることになった。



蠱毒で畝っても、壺から出すのは極限まで濾した論理だったのは、もう私の意思の強さと認めてもいいのかもしれない。


たぶん、誰もわからないと思うけど、

一人で1年間戦い続けて、(立場を理解したうえで)弁護士相手にでもロジック保てていること、

そうできることじゃないと思ってる。


眠れなかったら…と思うと、布団に入る事すら怖い


だから全投下する

研ぎ澄まして、研いで研いで研いで、

やっと返信した。


刃が薄くならない程度に、余分なものは全て落とした。


論点はズレてない。

感情論もない。

攻撃性もない。

認識の確認として、全て提出済みの資料を参照できる内容。


回答がどうであれ、これで相手方は無能を晒すだけになる。


こんな刃物みたいな言葉抱えていたくないのに、斬り出すのも怖くて時間かかったけど、

まずは手放した。


判断と回答は弁護士に任せる!



ふぅ~まずは肩の荷降りたかな?


身体が限界をお知らせしてきてたからね、


この週末で少しこの件から離れればきっと回復するはず。


帰宅もしたいんだけど、ほんともう地雷原すぎてまだかなぁ。


仕事部屋は、「仕事」の部屋であり、緊急避難所ではあるけど、

私の体は生活の場所としては思ってないみたいなんだよな…不思議。