歩いて帰る事に決めたけど、このまま出発しては運転手のおじちゃんが心配する。
Mさんとはマザーツリーの元で待ち合わせして、私はいったんバスに戻った。
おじちゃんは「やっぱり歩くことにした」という無謀な私を心配しつつ、「行ってらっしゃい」と温かく送り出してくれた。
マザーツリーの元に戻ると、keep outのテープの前で呆然と見上げているMさんが居た。
再度挨拶をして、すぐに出発することになった。
これから向かう「高倉森自然観察道」はマザーツリーの脇から行けるはずなのに見当たらない。
昨日たくさんもらってきたパンフレットは、うっかりバイクのサイドバックに忘れてきてしまってた間抜け。
少し戻ったところに、思っていたのと逆の方向に看板が出ていた。
グリーンビレッジまでは5.5km。躊躇なく歩を進める。
Mさんが先導してくれて、左右藪に囲まれたけもの道の様な山道を歩き出す。
すでに結構な上り坂で、早くも根を上げそう…。
だけど、徐々に姿を現すブナの巨木が、足の疲れなど忘れさせた。
世界遺産の名に恥じない、幻想的な森の中。
苔に覆われて、たっぷりと水分を含んでる。
歩きながらも身の上話をしたり、美しい森を共に眺めて感嘆したりしていた。
真面目な印象だったMさんだけど、フットワークはかなり軽く、
世界遺産を見に屋久島まで行ったり、富士山登頂を3回もしていたり、バックパッカーとして東南アジアに行っていたりと奥深い。
ポーンと話せばポポーンと返ってくるレスポンスと、朗らかな笑い。
一緒に歩く人がこの人で良かった…と息を上げながら後ろを歩いていて思った。
かなり登ってきたと思ったら、やっぱりかなり登ってきた模様。
視界が開けると、さっきよりずっと高く山並みを一望!
進むごとに森は深くなり、歩道もけもの道の様な険しさを伴ってきた。
また、先日の台風の影響なのか倒木が多くて、半分で割れた木々が目立ってくる。
割れた姿もまた神秘的だ。
再び視界が開けた時、向こうの山に雨が降っていた。
Mさん「あそこに降ってるということは、ここも降るかもしれない…」
確かにさっきよりも雲が増えてきた。
あんなに眩しかった太陽もすっかりなりをひそめている。
降り積もった落ち葉はすでに水をたっぷり含んでてずるずる滑り、泥は底なし沼のようになっている。
この上降られては…。
そして、Mさんは帰りもバスのため、15:10までにはグリーンビレッジに戻らなくてはならない。
少し焦りが出てきた。
平坦な道に差し掛かって安心しているとまた急坂の登りでヒーヒーしていたら、ようやく高倉森の頂上に着いた。
頂上のウッドデッキは見晴らしは良くなかったけど私たちはガッツポーズをして喜び合った。
そのくらいきつかった。
やっとこれで半分ほど来たことになる。
頂上を過ぎてもまた登りがあって、「なんでだ!!」と若干理不尽に叫んでしまったんだけど、登ったら降りるんだ。
登るほどに降りるんだ。
本当の恐怖はこれからだった。
ようやく下りに入ったかと思ったら、先の道が見えない。
近づくと傾斜が80度はあるんじゃないかと思われる猛烈な下り。
木の根の周りに泥がまとわりついて足をついた瞬間に滑る。
歩道の脇に細いロープが張られていて、それを頼りに…というか、ほぼ体を預けていたと思う。
ロープがなきゃ一歩たりとも進めない。
道幅は30cmくらいか、もう少しはあるか。
さらに進むと両脇が切れ落ちた崖の上、ずるずるの泥道を伝わなきゃない。
なのにロープが無くなる。滑ったら終わり。
「怖い、怖い」と言いながらも必死で降りたが、どこまで行っても続く険しい下り道。
もう足に力はいらない。
追い打ちをかけるようにすぐそこの藪の中でガサガサと音がした。
私たちは戦慄した。
熊か…?
この状態では素早く逃げることは不可能だ。
そしたら「キーキー!」とサルの声。
一安心して上がっていた肩を降ろした。
しかし、これ、帰るまで続くの?そしたら私とってもじゃないけど帰れない。
と絶望的になった時、ふと思い出した。
おにぎりがあった。
ここまでの道のりでの休憩は、お水を飲んで息を整える程度のものだけだった。
今こそ、おにぎりでパワーチャージが必要だ!
おにぎり二つ持ってきてて良かった!
うまい…!
もう少し塩気が欲しいところだけど、みるみるエネルギーになっていくのが分かる。
食べ終わったらまた出発。
やっぱりさっきよりも足に力が入るようになってる。
また上り坂があったりして「せっかく必死に降りたのに…」とぶつくさ言い合いながらも進む。
下りの傾斜はさっきほどのアスレチックばりのものでなく、穏やかに歩けるところも増えてきた。
ようやくまた周りに目を向けられる余裕も出てきたところで、再び日が差し込んできた。
木々の隙間から届く太陽の光は、なんと美しいものか。
光と影が作るこの瞬間だけの情景。
そしていたるところに見上げきれないほどの大木がひっそりと佇んでいる。
圧巻です。
「グリーンビレッジまであと○km」という案内看板を目にするたびに、きっと○kmまで来てるはず!と期待してはションボリ(絶望)を繰り返してきたけど、
いよいよ人里の気配がしてきた。
やっと着く、あと少し…!
道路が見えて車の音が聞こえてきたあたりで、最後の難所が待っていた。
これはもう傾斜角ほぼ90度でしょう、という泥の道。
どうやって進んだらいいのか…。
四つん這いになって、脇の草につかまりながら恐る恐る下り進むがやっぱり滑る!
必死に周りの草にしがみついて何とかジーパンのケツを泥まみれにせずに済んだ。
(靴はおじゃん)
そしてついに、森の終わりへと到着した。
私たちはもう、両手のこぶしを振り上げて、「帰ってこれた~~~~~!!!!!」と叫びながら、アスファルトを踏みしめた。
もんのすごい達成感と連帯感!!
落ち着いてから見回すと、必死でその辺の草にしがみついていたからか私の体の至る所に半月型の泥棒がたくさん着いてた。
それをむしり取りながら、この後どうするのか聞いてみたら併設の温泉に浸かってから、バスに乗るそう。
私はまた散策路に行くからここでお別れ。
ほんとに一人じゃとても無理だった。
偶然の出会いに感謝しかない。
握手をして別れた後、腹ごしらえのため「りんごラーメン」なる看板に呼ばれてみた。
魚出汁の香り漂うスープが染みる~…。
麺にりんごエキスが混じっているそうなんだけど、りんご味は感じなかった。
ただただおいしいラーメンだった。
和やかなおじちゃんとおばちゃんの笑顔に見送られながら散策路に向かって歩き出したら、
行きで乗ったバスのおじちゃんがこっちに気づいて手を振ってきた。
無事に帰ってきましたよ~~~!!!!
と親を見つけた子犬の様に駆け寄ってしまった。
なんだか、みんながみんな優しくて、一人旅なはずなのにちっとも寂しさを感じない。
遊歩道までは少し歩く。
その間に、ラーメン効果も消えて疲労がにょきにょき顔を出してきた。
でも少しだけでも…!
清らかな湧き水をいただき遊歩道を進んだ。
足が限界だったからほんの少しだけだったけど、あの険しい山道より幾分穏やかな若木の多い森で、やっぱり行って良かったと思った。
今にも膝をつきそうによろよろと歩きながら、何とかバイクの元へ戻ってきた。
さあ、帰ろう。
おっと、その前に、最後の気力を振り絞って竜神様へのお礼参り。
辛かったけど、最高の時間でした。
帰り道、津軽白神湖を渡る橋から見つけた不思議な景色。
ここ、新しくダムにする(なった?)らしいのだけど、その弊害なのか一部の木々が水に沈んで枯れていた。
宿に帰ってさっそく温泉に入ったけど、疲れすぎてたからなのかあっという間にのぼせてしまって長く入れなかった。
明日の為にも早く寝ましょ。