京都三 十路旅
どうも、スベスベマンジュウガニです。
最近、非常に忙しい。
それこそ、遊ぶ暇どころか、寝る暇さえもないくらいだ。
疲れは溜まるわストレスは溜まるわ、とにかく身体も心もそろそろ限界。
なので、京都に行ってきました。
はい、京都。
観光なんかクソくらえです。
実は、今回はある目的のために京都まで足を伸ばしました。
その目的とは、何を隠そう「すっぽん鍋」である!
この京都には、我らがアイドル海原雄山が登場する漫画、「美味しんぼ」にも取り上げられた老舗、「大市(だいいち)」というすっぽん鍋専門店がある。すっぽんがそれなりに好物な僕が、この店を無視するはずがない。以前からチェックしていた店である!
日本一うまいすっぽんを食わせてくれるであろう、この創業350年の歴史を誇る名店こそ、今の僕のこの疲労とストレスを癒し、乾き切ってしまった心を潤してくれる唯一のオアシスであるに違いない。そう踏んで、クソ忙しいスケジュールの合間を縫って、ほとんど無理矢理に新幹線のチケットを取ったのだ。疲れている時こそ、リフレッシュが必要でっせ。
で、到着。
高級料亭と言うよりは、古民家といった佇まい。
中はと言うと、まるで秘密のカーテンに閉ざされた少女のベッドルームのように、謎めいた雰囲気がある。とにかく、敷地の面積がどのくらいあるのかよくわからないような、入り組んだ造りだ。
早速、「金持ちのおばあちゃんち」というあだ名をつけさせてもらった。
六、七畳ほどの個室に案内されて、すっぽんの鍋をいただく。
色々食って、最後に雑炊!
まぁ、なんか諸々はしょっちゃったけど、すっぽんと言えば、俺は雑炊が目当てだ。
すっぽんのしぐれ煮から始まり、当然プリプリの身もいただいたが、俺からすりゃそれは5弦ベースの5弦目のようなもんで、要するに「あるならあるでいいけれど、ないならないで問題ない」という程度のもの。
まぁ、味はと言うと、
うまかったよ。
味を文字で説明すんのがバカらしくなる美味さだ。
すっぽんが好きな人にとっちゃ、間違いのない味だろう。
「今までの外食で、一番おいしかったかも……」というのは、連れの言葉。
確かに、すっぽんの味にはそれだけの説得力がある。
日本一のすっぽん鍋ともなればなおさらだ。
ただ、すっぽんってコクがあるからね、矢継ぎ早に食べていると、味に飽きてくるかもしれんね。
そういう理由もあって、本来であれば僕は雑炊だけを食べたいのです。
はい、そんなわけでもう満腹満足なので、そろそろ切腹しようの図。
首から掛けているのは、手土産に持たせてもらった大市特製タオルだ。
「天下第一美味 すっぽん料理 大市」とプリントされている。
すげぇ気に入ったよ、このタオル。
今後、俺の標準アイテムになるであろう。
ちなみにこれは、首から提げるためのものではない。
そんな感じで、京都へ着くなりこの店へと足を運び、颯爽と目的を果たしてしまった。
本来であれば、一泊してそのまま帰宅しても良かったのだが、そうはいかないのが人生。
二日目は、連れのわがままに付き合わされることになるのである……
二日目。
連れが、「昼食に、京都で一番美味しいらしいパンケーキ屋さんに行きたい」ということで、重い腰を上げてその店へと向かった。
パンケーキ……
史上最大に興味ねぇ!!!
ここが、その事故現場である。
ラインベックというお店らしい。
店内に入ると、これまたスイーツが好きそうな「The・女子」がたくさん来店しておられる。
洋風な建物かと思いきや、意外にも古民家っぽい造りだ。
で、
連れが目を輝かせながらパンケーキを食べてはしゃいでいるのを無視する。
悪意はない。
ただ興味がねぇだけだ。
でも、あまりにもうまそうに食べるもんだから、一口だけもらった。
なるほど、確かにうまいと思う。
おそらく、女子でこれが嫌いって奴は、ほとんどいないんじゃないだろうか。
だが、あいにく俺は男子、否、おっさんだ!ロックしてるおっさんを舐めんな!
背と腹がくっつきそうになりながらも、わざわざ京都まで来てパンケーキで腹を満たしたくねぇ俺は、何も食べない。ひたすらリンゴジュースを飲むばかり。
「ごちそうさまでした!」と、後光が差しそうなご満悦づらを横目に、「ようし、次は俺の番だ」などと食への渇望が右脳と左脳の間を行き来している間、次に連れが放った言葉がこれだ。
「そうだ!水族館に行きたい!」
くそったれである。
水族館なんて、俺が行くわけねぇだろうが!
店を出て、わけわかんねぇ石鹸屋さんにフラッと立ち寄る。
で、「せっかくだから」なんつって、石鹸をジャケ買いする。
はい、五千円のお買い上げありがとうございますーって、おい。
石鹸一個で五千円て。
まぁいいや。
今回の旅で、一番バカバカしい買い物だ。
「行きたいアンティークショップがある」というさらなる要望を受け、その店でこれまたわけのわからんものをしこたま買い、いよいよ荷物が命に関わる量になってきたので、それらを自宅に郵送するためにタクシーをつかまえて郵便局へとひとっ走り。ほとんどわざととしか思えないくらいの「思いつき行動」に、そろそろ俺の堪忍袋という名のキンタマ袋がはち切れそうだ。
はい、水族館に到着。
しょうがねぇだろ。行きてぇっつーんだから。
「このカニ、食ったらうめぇのかな……」と思いながら、意味わからん大きさの謎カニを眺めるの図。
京都水族館。
基本、俺は「食べる」という視点で海の生き物を見る。
まぁ、そういう意味も含め、見せ方が上手な水族館だと思いました。
はいもうダイジェストで。
川の生き物、
オットセイ、
イルカ、
ペンギン、
オオサンショウウオ、
ちんちん。
この水族館の面白いところは、水族館定番のショーマンシップ溢れた生き物は当然のこと、比較的地味に扱われがちな川の生き物にもしっかりとスポットライトをあてているところだ。
しかも、途中どういうわけか、小さいながらも田んぼまである。
「京都の水はきれいなんどす」とでも言いたげだ。
まぁ、行けば行ったでなかなか楽しめる。
何でもそうだ。
「浜崎あゆみなんてぬるい音楽、聴いてられっか!」などと思いながら、いざ聴いてみると「いい曲だな」となるのと一緒。
帰り際、オリジナルグッズを販売しているショップで、連れがまたしても爆弾発言をする。
「オオサンショウウオのぬいぐるみ(LLサイズ)が欲しい!」
それに対して、俺は冗談交じりにこう応える。
「それよりも、あっちにある特大サイズのぬいぐるみ(推定全長2メートル)の方がいいんじゃね?」
すると、連れがこう言う。
「マジで?いいの?」
そして、俺はこう言う。
「え?マジで?」
結局、LLサイズを購入。
会計を終えると、店員達が声を揃えて「オオサンショウウオお買い上げありがとうございます!」と大声でハモる。「喜んで!」とか「ポンポコポーン!」みたいな勢いで。
で、店内にいる客全員がこっちを振り向く。なにこれ。ちょっと恥ずかしい。シャンソン歌うぞコラ。
ていうか、
わざわざ荷物を郵送で全部自宅に送ったのに、こんなデカい荷物増やしてどうすんねん!
水族館を後にする頃には既に夕刻。
腹減った!
これはもう、中途半端なもんで腹を満たしたくなんかねぇ。
食べたいものをしっかり食べなければ!
この時期の京都と言えば……
そう、ハモだ!
というわけで、二日目はハモ料理を食べることにしました。
実は、京都には一時期よく来ていた。
当然ハモ料理も何度か食べたことがあったが、今回は食べたことのないハモ料理がいいということで、ハモしゃぶを食べに行った。
これは、川原町にある「三栄」というお店だったろうか。
ハモの頭を使って出汁をとったスープに、九条ネギをどっさりと入れて身をくぐらせる。
うまい。
本日も、最後は雑炊にしてもらった。
夏だと言うのに、二日連続で鍋、そして雑炊。
よかよか。
そんな感じでご帰宅。
疲れた。
癒しと安らぎの旅のはずだったんだけど、どうにも移動だけで疲れる。
普段、電車なんか乗ることがないから尚更。
京都市内での移動手段は、もっぱらタクシーだ。
あのね、
タクシーすげぇ安いんよ。
メーターなかなか上がんねぇの。
採算取れんのか?
しかも、どこにいても簡単にタクシーをつかまえられる。
京都では、下手に地下鉄とかバスとか使うよりも、バンバンタクシー使えばいいと思うぜ。人数によっては、むしろタクシーの方が安くあがるにちげぇねぇ!
まぁ、今回は日本一のすっぽん鍋が食べられたし、ハモも食べられたし、満足だ。
明日からまたがんばれそう。
がんばります。
おまけ
どっかのアーケード商店街ん中で。
普通にハモとかとこぶしが売っておる。
ハモを調理してパッケージングしたものまである。
こんな所に住めたら、さぞ極楽気分だろう。
色々と寄り道をしながら、西京焼きとかお新香とか諸々買っておいた。
一日目の夜のお散歩の時に発見した、路上屋台のようなお店。
おでん屋台みたいな雰囲気。
入ってはいない。
東京界隈では、こういう昔ながらと言うか、良くも悪くもお粗末な店ってほとんど見かけることがない。
今にも、志村さんと柄本さんが中から出てきそうだ。
そういえば、西成にこういう店がちらほらあったな。
大阪にあると馴染むが、京都にあると格段目立つ。
これが、街の格差というやつだろう。
本当は、帰りに横浜にも一泊して、中華街を満喫したかったんですが、ちょっとスケジュール的にそんな余裕がなく断念。中華街はまた次の機会に。まぁ、中華料理で食べたいものって、北京ダックと燕の巣くらいしかないから、いつでもいいや。
東京に帰ってきてまず思ったことは、「東京汚ねぇ!」、だ。
京都の町は、どこもとてもきれいだった。
京言葉も、すごく心地良かった。
ある意味で、東京の現実を改めて思い知らされた機会でもある。
汚い人間が多ければ、街だって汚くもなる。
そう考えると、
京都には、美しさを大切にする人間が多いのかもしれない。
よく、蔑視の意味を込めて「京都の人間はプライドが高い」と言う人がいるが、
街並みを見れば、そのプライドの高さが“良い方向”に働いているんだろうと推測するのに難くない。
京の都が、ほんの少し好きになれたような気がします。
さて、もともと旅行が嫌いな僕ですから、しばらく遠出はしたくない。
でも、日本一旨いすっぽんを食べてしまったなら、次に食べたいのはやはり「アラ鍋」。
いわゆる“クエ”だ。
アラ鍋もうまいんだよなぁ。
やっぱり、一度本場で食べてみたい。
ということは、次は福岡か……
まぁ、冬あたりに少し長めの休暇が取れたら、足を伸ばしてみるのもいいかなぁ。
どうなんだろうなぁ。
移動めんどくせぇなぁ。
最近、非常に忙しい。
それこそ、遊ぶ暇どころか、寝る暇さえもないくらいだ。
疲れは溜まるわストレスは溜まるわ、とにかく身体も心もそろそろ限界。
なので、京都に行ってきました。
はい、京都。
観光なんかクソくらえです。
実は、今回はある目的のために京都まで足を伸ばしました。
その目的とは、何を隠そう「すっぽん鍋」である!
この京都には、我らがアイドル海原雄山が登場する漫画、「美味しんぼ」にも取り上げられた老舗、「大市(だいいち)」というすっぽん鍋専門店がある。すっぽんがそれなりに好物な僕が、この店を無視するはずがない。以前からチェックしていた店である!
日本一うまいすっぽんを食わせてくれるであろう、この創業350年の歴史を誇る名店こそ、今の僕のこの疲労とストレスを癒し、乾き切ってしまった心を潤してくれる唯一のオアシスであるに違いない。そう踏んで、クソ忙しいスケジュールの合間を縫って、ほとんど無理矢理に新幹線のチケットを取ったのだ。疲れている時こそ、リフレッシュが必要でっせ。
で、到着。
高級料亭と言うよりは、古民家といった佇まい。
中はと言うと、まるで秘密のカーテンに閉ざされた少女のベッドルームのように、謎めいた雰囲気がある。とにかく、敷地の面積がどのくらいあるのかよくわからないような、入り組んだ造りだ。
早速、「金持ちのおばあちゃんち」というあだ名をつけさせてもらった。
六、七畳ほどの個室に案内されて、すっぽんの鍋をいただく。
色々食って、最後に雑炊!
まぁ、なんか諸々はしょっちゃったけど、すっぽんと言えば、俺は雑炊が目当てだ。
すっぽんのしぐれ煮から始まり、当然プリプリの身もいただいたが、俺からすりゃそれは5弦ベースの5弦目のようなもんで、要するに「あるならあるでいいけれど、ないならないで問題ない」という程度のもの。
まぁ、味はと言うと、
うまかったよ。
味を文字で説明すんのがバカらしくなる美味さだ。
すっぽんが好きな人にとっちゃ、間違いのない味だろう。
「今までの外食で、一番おいしかったかも……」というのは、連れの言葉。
確かに、すっぽんの味にはそれだけの説得力がある。
日本一のすっぽん鍋ともなればなおさらだ。
ただ、すっぽんってコクがあるからね、矢継ぎ早に食べていると、味に飽きてくるかもしれんね。
そういう理由もあって、本来であれば僕は雑炊だけを食べたいのです。
はい、そんなわけでもう満腹満足なので、そろそろ切腹しようの図。
首から掛けているのは、手土産に持たせてもらった大市特製タオルだ。
「天下第一美味 すっぽん料理 大市」とプリントされている。
すげぇ気に入ったよ、このタオル。
今後、俺の標準アイテムになるであろう。
ちなみにこれは、首から提げるためのものではない。
そんな感じで、京都へ着くなりこの店へと足を運び、颯爽と目的を果たしてしまった。
本来であれば、一泊してそのまま帰宅しても良かったのだが、そうはいかないのが人生。
二日目は、連れのわがままに付き合わされることになるのである……
二日目。
連れが、「昼食に、京都で一番美味しいらしいパンケーキ屋さんに行きたい」ということで、重い腰を上げてその店へと向かった。
パンケーキ……
史上最大に興味ねぇ!!!
ここが、その事故現場である。
ラインベックというお店らしい。
店内に入ると、これまたスイーツが好きそうな「The・女子」がたくさん来店しておられる。
洋風な建物かと思いきや、意外にも古民家っぽい造りだ。
で、
連れが目を輝かせながらパンケーキを食べてはしゃいでいるのを無視する。
悪意はない。
ただ興味がねぇだけだ。
でも、あまりにもうまそうに食べるもんだから、一口だけもらった。
なるほど、確かにうまいと思う。
おそらく、女子でこれが嫌いって奴は、ほとんどいないんじゃないだろうか。
だが、あいにく俺は男子、否、おっさんだ!ロックしてるおっさんを舐めんな!
背と腹がくっつきそうになりながらも、わざわざ京都まで来てパンケーキで腹を満たしたくねぇ俺は、何も食べない。ひたすらリンゴジュースを飲むばかり。
「ごちそうさまでした!」と、後光が差しそうなご満悦づらを横目に、「ようし、次は俺の番だ」などと食への渇望が右脳と左脳の間を行き来している間、次に連れが放った言葉がこれだ。
「そうだ!水族館に行きたい!」
くそったれである。
水族館なんて、俺が行くわけねぇだろうが!
店を出て、わけわかんねぇ石鹸屋さんにフラッと立ち寄る。
で、「せっかくだから」なんつって、石鹸をジャケ買いする。
はい、五千円のお買い上げありがとうございますーって、おい。
石鹸一個で五千円て。
まぁいいや。
今回の旅で、一番バカバカしい買い物だ。
「行きたいアンティークショップがある」というさらなる要望を受け、その店でこれまたわけのわからんものをしこたま買い、いよいよ荷物が命に関わる量になってきたので、それらを自宅に郵送するためにタクシーをつかまえて郵便局へとひとっ走り。ほとんどわざととしか思えないくらいの「思いつき行動」に、そろそろ俺の堪忍袋という名のキンタマ袋がはち切れそうだ。
はい、水族館に到着。
しょうがねぇだろ。行きてぇっつーんだから。
「このカニ、食ったらうめぇのかな……」と思いながら、意味わからん大きさの謎カニを眺めるの図。
京都水族館。
基本、俺は「食べる」という視点で海の生き物を見る。
まぁ、そういう意味も含め、見せ方が上手な水族館だと思いました。
はいもうダイジェストで。
川の生き物、
オットセイ、
イルカ、
ペンギン、
オオサンショウウオ、
この水族館の面白いところは、水族館定番のショーマンシップ溢れた生き物は当然のこと、比較的地味に扱われがちな川の生き物にもしっかりとスポットライトをあてているところだ。
しかも、途中どういうわけか、小さいながらも田んぼまである。
「京都の水はきれいなんどす」とでも言いたげだ。
まぁ、行けば行ったでなかなか楽しめる。
何でもそうだ。
「浜崎あゆみなんてぬるい音楽、聴いてられっか!」などと思いながら、いざ聴いてみると「いい曲だな」となるのと一緒。
帰り際、オリジナルグッズを販売しているショップで、連れがまたしても爆弾発言をする。
「オオサンショウウオのぬいぐるみ(LLサイズ)が欲しい!」
それに対して、俺は冗談交じりにこう応える。
「それよりも、あっちにある特大サイズのぬいぐるみ(推定全長2メートル)の方がいいんじゃね?」
すると、連れがこう言う。
「マジで?いいの?」
そして、俺はこう言う。
「え?マジで?」
結局、LLサイズを購入。
会計を終えると、店員達が声を揃えて「オオサンショウウオお買い上げありがとうございます!」と大声でハモる。「喜んで!」とか「ポンポコポーン!」みたいな勢いで。
で、店内にいる客全員がこっちを振り向く。なにこれ。ちょっと恥ずかしい。シャンソン歌うぞコラ。
ていうか、
わざわざ荷物を郵送で全部自宅に送ったのに、こんなデカい荷物増やしてどうすんねん!
水族館を後にする頃には既に夕刻。
腹減った!
これはもう、中途半端なもんで腹を満たしたくなんかねぇ。
食べたいものをしっかり食べなければ!
この時期の京都と言えば……
そう、ハモだ!
というわけで、二日目はハモ料理を食べることにしました。
実は、京都には一時期よく来ていた。
当然ハモ料理も何度か食べたことがあったが、今回は食べたことのないハモ料理がいいということで、ハモしゃぶを食べに行った。
これは、川原町にある「三栄」というお店だったろうか。
ハモの頭を使って出汁をとったスープに、九条ネギをどっさりと入れて身をくぐらせる。
うまい。
本日も、最後は雑炊にしてもらった。
夏だと言うのに、二日連続で鍋、そして雑炊。
よかよか。
そんな感じでご帰宅。
疲れた。
癒しと安らぎの旅のはずだったんだけど、どうにも移動だけで疲れる。
普段、電車なんか乗ることがないから尚更。
京都市内での移動手段は、もっぱらタクシーだ。
あのね、
タクシーすげぇ安いんよ。
メーターなかなか上がんねぇの。
採算取れんのか?
しかも、どこにいても簡単にタクシーをつかまえられる。
京都では、下手に地下鉄とかバスとか使うよりも、バンバンタクシー使えばいいと思うぜ。人数によっては、むしろタクシーの方が安くあがるにちげぇねぇ!
まぁ、今回は日本一のすっぽん鍋が食べられたし、ハモも食べられたし、満足だ。
明日からまたがんばれそう。
がんばります。
おまけ
どっかのアーケード商店街ん中で。
普通にハモとかとこぶしが売っておる。
ハモを調理してパッケージングしたものまである。
こんな所に住めたら、さぞ極楽気分だろう。
色々と寄り道をしながら、西京焼きとかお新香とか諸々買っておいた。
一日目の夜のお散歩の時に発見した、路上屋台のようなお店。
おでん屋台みたいな雰囲気。
入ってはいない。
東京界隈では、こういう昔ながらと言うか、良くも悪くもお粗末な店ってほとんど見かけることがない。
今にも、志村さんと柄本さんが中から出てきそうだ。
そういえば、西成にこういう店がちらほらあったな。
大阪にあると馴染むが、京都にあると格段目立つ。
これが、街の格差というやつだろう。
本当は、帰りに横浜にも一泊して、中華街を満喫したかったんですが、ちょっとスケジュール的にそんな余裕がなく断念。中華街はまた次の機会に。まぁ、中華料理で食べたいものって、北京ダックと燕の巣くらいしかないから、いつでもいいや。
東京に帰ってきてまず思ったことは、「東京汚ねぇ!」、だ。
京都の町は、どこもとてもきれいだった。
京言葉も、すごく心地良かった。
ある意味で、東京の現実を改めて思い知らされた機会でもある。
汚い人間が多ければ、街だって汚くもなる。
そう考えると、
京都には、美しさを大切にする人間が多いのかもしれない。
よく、蔑視の意味を込めて「京都の人間はプライドが高い」と言う人がいるが、
街並みを見れば、そのプライドの高さが“良い方向”に働いているんだろうと推測するのに難くない。
京の都が、ほんの少し好きになれたような気がします。
さて、もともと旅行が嫌いな僕ですから、しばらく遠出はしたくない。
でも、日本一旨いすっぽんを食べてしまったなら、次に食べたいのはやはり「アラ鍋」。
いわゆる“クエ”だ。
アラ鍋もうまいんだよなぁ。
やっぱり、一度本場で食べてみたい。
ということは、次は福岡か……
まぁ、冬あたりに少し長めの休暇が取れたら、足を伸ばしてみるのもいいかなぁ。
どうなんだろうなぁ。
移動めんどくせぇなぁ。
無題
人間社会に、自由なんてない。
自由ってのは、天国のようなもので、桃源郷のようなものだ。
ガンダーラや、ムー大陸ってんならまだいい。
自由ってのは、あくまで理想であり夢想。幻想。
今までもこれからも実在なんてしないんだろう。
人には、色々な感情や意図や事情がある。
満場一致で理想を追い求められる社会なんてどこにもねーよなぁ。
自由ってのは、おそらく人間である限り、人間が自分以外に誰一人いない状態でなければ実現されないんだろう。
本気で自由が欲しいなら、そうだな。メキシコとかデトロイトとか南アフリカとかアフガニスタンとかイラクなんかに住めば、それっぽい雰囲気だけは味わえるかも。
インフラが整っていて、食うもんもあって、健康で、人が死んだら悲しむ余裕もあって、その上「俺は自由になりたいんだ!」なんて叫んだって、そんなメッセージ、クソも説得力ねぇんだよ。
毎日車に乗って整備された道の上を移動して、誰かに連絡するときゃポケットから電話取り出して、パチンコのために借金することと税金滞納することに良心が咎めるくらいで、命の心配なんて数年に一度するかしないかくらいの環境の中、自由を叫んだってお前、「これ以上何を求めんの?」ってなるわ。
俺達、選択肢ってかなり広い。
自由っつー概念の定義はともかく、社会的な自由ならほとんど約束されてる。
むかつく奴がいたら殺せるし、
欲しいもんあったら万引きできるし、
強盗だってできる。
薬やって狂うのも自由だし、
「菜食主義だから」なんつってその辺の草を食べるのも自由。
「大麻解禁せよ!」なんつってねぇで、勝手に吸ってりゃいいだろ。
「死刑反対!」って主張すんのも自由だし、
自分が刑務官になって、いざ執行の時を向かえて「私は死刑に反対ですからやりません」っつーのも自由。
総理大臣目指して、いざ念願が叶い、「さぁ、歴史に残るテロを実行しようか!」っつーのも自由。
ただ、社会的な制裁が相応に下るっつーだけの話。
悪いことをすれば、自分が一番損をする社会構造ですよってだけ。
それがイヤだからみんなやらないわけ。
やんのは自由。
損すんのも自由。
法を遵守して限られた選択肢の中で自由を満喫するのも自由。
「違法なことしたい!みんなと違うことしたい!でも、リスクは負いたくない!」なんて、そんな社会あるわけねぇだろ!ガチでそれ願うなら文明が届いていないアマゾンとかサバンナとか中国の奥地とか行け!
日本は、本当に自由だと思うなぁ。安全の上での選択肢が広いという意味で。
そのくせ犯罪天国にならないのが不思議なくらい。
金さえありゃ何とかなる社会なんて、働けば何とかなる社会でもある。
働き口がない=死ぬしかない
働き口がない=Sisa売ったり吸ったりするしかない
働き口がない=さらってきた子供や自分の子供を売り飛ばすしかない
働き口がない=強盗殺人するしかない
こういう選択肢に迫られる必要がないだけでも、ずいぶんと日本って恵まれている。俺は、日本に生まれてきてよかったと心底思うし、この国が好きだ。
食うために必死な奴とか、今日を生きることで精一杯な奴とか、生まれてすぐ死ぬ子供とか、飢餓、疫病、紛争、略奪、こういうものと毎日のように直面している人間が、この地球上にたくさんいるのはどうやら事実らしい。
そういう境遇にある人間は、物事が思い通りにならなくて、思い通りにできるとも思ってなくて、数少ない人生の選択肢の中で必死に生きているんだろう。
不自由だ。
「今日は昼飯どこで食おうか」
「二次会どこにする?」
「ビールはもう飽きた」
「明日ちょっと電車で遠出してみるか」
「恋って難しいねー」
「花粉症がつらいわ」
「最近何か面白いニュースないの?」
なんて自由なんだ!
こんな境遇で歌える歌なんて、俺には何もねぇ!
自由ってのは、天国のようなもので、桃源郷のようなものだ。
ガンダーラや、ムー大陸ってんならまだいい。
自由ってのは、あくまで理想であり夢想。幻想。
今までもこれからも実在なんてしないんだろう。
人には、色々な感情や意図や事情がある。
満場一致で理想を追い求められる社会なんてどこにもねーよなぁ。
自由ってのは、おそらく人間である限り、人間が自分以外に誰一人いない状態でなければ実現されないんだろう。
本気で自由が欲しいなら、そうだな。メキシコとかデトロイトとか南アフリカとかアフガニスタンとかイラクなんかに住めば、それっぽい雰囲気だけは味わえるかも。
インフラが整っていて、食うもんもあって、健康で、人が死んだら悲しむ余裕もあって、その上「俺は自由になりたいんだ!」なんて叫んだって、そんなメッセージ、クソも説得力ねぇんだよ。
毎日車に乗って整備された道の上を移動して、誰かに連絡するときゃポケットから電話取り出して、パチンコのために借金することと税金滞納することに良心が咎めるくらいで、命の心配なんて数年に一度するかしないかくらいの環境の中、自由を叫んだってお前、「これ以上何を求めんの?」ってなるわ。
俺達、選択肢ってかなり広い。
自由っつー概念の定義はともかく、社会的な自由ならほとんど約束されてる。
むかつく奴がいたら殺せるし、
欲しいもんあったら万引きできるし、
強盗だってできる。
薬やって狂うのも自由だし、
「菜食主義だから」なんつってその辺の草を食べるのも自由。
「大麻解禁せよ!」なんつってねぇで、勝手に吸ってりゃいいだろ。
「死刑反対!」って主張すんのも自由だし、
自分が刑務官になって、いざ執行の時を向かえて「私は死刑に反対ですからやりません」っつーのも自由。
総理大臣目指して、いざ念願が叶い、「さぁ、歴史に残るテロを実行しようか!」っつーのも自由。
ただ、社会的な制裁が相応に下るっつーだけの話。
悪いことをすれば、自分が一番損をする社会構造ですよってだけ。
それがイヤだからみんなやらないわけ。
やんのは自由。
損すんのも自由。
法を遵守して限られた選択肢の中で自由を満喫するのも自由。
「違法なことしたい!みんなと違うことしたい!でも、リスクは負いたくない!」なんて、そんな社会あるわけねぇだろ!ガチでそれ願うなら文明が届いていないアマゾンとかサバンナとか中国の奥地とか行け!
日本は、本当に自由だと思うなぁ。安全の上での選択肢が広いという意味で。
そのくせ犯罪天国にならないのが不思議なくらい。
金さえありゃ何とかなる社会なんて、働けば何とかなる社会でもある。
働き口がない=死ぬしかない
働き口がない=Sisa売ったり吸ったりするしかない
働き口がない=さらってきた子供や自分の子供を売り飛ばすしかない
働き口がない=強盗殺人するしかない
こういう選択肢に迫られる必要がないだけでも、ずいぶんと日本って恵まれている。俺は、日本に生まれてきてよかったと心底思うし、この国が好きだ。
食うために必死な奴とか、今日を生きることで精一杯な奴とか、生まれてすぐ死ぬ子供とか、飢餓、疫病、紛争、略奪、こういうものと毎日のように直面している人間が、この地球上にたくさんいるのはどうやら事実らしい。
そういう境遇にある人間は、物事が思い通りにならなくて、思い通りにできるとも思ってなくて、数少ない人生の選択肢の中で必死に生きているんだろう。
不自由だ。
「今日は昼飯どこで食おうか」
「二次会どこにする?」
「ビールはもう飽きた」
「明日ちょっと電車で遠出してみるか」
「恋って難しいねー」
「花粉症がつらいわ」
「最近何か面白いニュースないの?」
なんて自由なんだ!
こんな境遇で歌える歌なんて、俺には何もねぇ!




















