出る杭は打たず
「不快です」
と言われたとしましょう。
「あなたの記事は不快です!」とか、
「あなたの存在が不快です!」とか、
「日本海は深いです!」とか、
とにかく僕のブログを読んで、そのように感じる人がいたとしましょう。
それに対し、良識のある大人であれば
「申し訳ございません。不快と感じられた記事を訂正し、ここに謹んでお詫び申し上げます」とか言うと思うんですけど、これについて僕は甚だ疑問を感じてならないわけです。
だってね、
これはインターネットに限らず人生全般に渡って言えることなんですけど、快も不快も結局自己責任だと思うんですよ。たとえば「うんこワールド」というアトラクションがあったとしましょう。うんこワールドの受け売りはこうです。
「館内全てうんこ塗れ!右も左で悪臭で一杯!うんこ好きにはたまりません!」
そんで館内に入ってうんこ塗れになってスゲーいやな思いをしたって、
そりゃお前、入る方が頭おかしいだろっつー話なんです。
うんこワールドは自然に客足が遠のき、経営赤字。
必然的に消滅せざるを得なくなる。
これが世の因果というものです。
いちいち「おい!うんこワールドの責任者!お前んとこはうんこ臭くてたまらないじゃないか!どうしてくれる!」とクレームをつけたって、そんなもの無意味なわけです。イヤなら入るな、と。そこで「入るも入らないも、そもそもうんこワールドの存在が気に入らないんだ!こんなの非常識だろ!今すぐ閉館しろ!」なんつっても、それはただの余計なお世話でしかなくてですね、お前そんなにイヤならうんこワールドに関知するな、と。
よく「ブログ炎上」という言葉を聞きます。
芸能人が失言なんかした日にゃ、その芸能人のブログのコメント欄がドエライ事になるわけです。
そうした様子を見るたびに、こう思いませんか?
「世の中、なんてお節介な人達ばかりなんだろう」
いくら芸能人とは言え、他人のブログを炎上させて、それで「炎上するようなブログを書く方が悪い」とか言うんですから。めちゃめちゃですよ。こういうのを大衆心理というんですかね。
まぁ結局何を言いたいかと言うとね、
不快に感じる事や嫌な事に対して、過敏な人が多いように思えるんです。
なんでイヤな事に対してそんなに一生懸命なのかが分からない。
そんなもんにパワー使うよりも、
不快なもんなんてシカトしてもっと楽しい事や嬉しい事に一生懸命になった方が人生楽しいと思うんだよな。
「スルーできない」人が多いんだろうなー。
人の失敗を揚げ足を取るように指摘して、そんで喜んだりすんのか?
だめだめ、もっとおおらかに生きようぜー
教育にしてもね、
子供の悪いところを叱り付けるのではなく、
子供の良いところを褒めてあげた方がいいんだ。
悪い部分を叩くような全体主義思想は、日本の悪いところだと思うよ。
もっと皆「良い部分」に目を向けないとなー
古今、文化はそうして洗練されてきたんだー
これが発展の原理体系というやつだぜー
ところで、さっきからなんか変な臭いがするなー
どこか火事なんだろうか?