森の小径

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 隔たりというよりも、岩尾は我々とは別の場所で、別の生き方をして来た者のように思える。いや、こんな言い方では何かか不足している。言いきれていない。

 まだ2度しか会っていないし、会話と言えるほど言葉を交わした訳ではないけれど、その違いだけははっきりと感じている。


 我々はいつも何かに追われているかのように、絶えず忙しく生きている。何がしらのノルマがあり、義務があり、成果が求められ、富裕だったり貧しかったり、愛を求めたり、あるいは注いだり、資産を比較したり、強奪したり、妬んだり、たまには優しかったり、親切を施したりする時もあるけど、概ね計算高く意が悪い。誰もがそんな臭いや濁った色をしている。触れたくもないほどザラザラした感情を持て余している。

 

 だが岩尾にはそんな色や臭いが感じられなかった。でも美しいかと言うと、これも外れている。今の私の言語力では表現することができない。とりあえず、魅力はあるがつかみどころがない男、と言うに留めておこう。

 

 

 

 結局、宮園の意見が会議の方向を支配し、岩尾が登るところを見てみよう、ということになった。

そう決まってから、私は、岩尾翔太という名前だけで、連絡先も知らなかったことに気付いた。

 

「動画はおろか、証拠になる写真すらもなく、しかも連絡方法も知らないなんて」と、都筑が私の方を見ずに言った。

私が困っていると、
「塩原さんが岩尾翔太君と会った同じ曜日と時刻に山に行って、会うしかないですね。何週か通えば、きっと会えますよ」、と仁藤志穏が話を収拾してくれた。


 でもいったい何度通えば岩尾に会えるのだろうか?
 たった2度しか会っていないのだ。しかも曜日も時刻も違う日に偶然に会っただけなのだ。
 私が岩尾と会ったのは会社が休みの土曜日と、半日休暇を取得して登った水曜日の午後だった。水曜日はみんな仕事があるので、土曜日の昼前から交代で竜神沢のF1で待つことにした。私は岩尾ついて、知ってる限りのことをみんなに伝えた。


 この例会の日から、私は心のどこかに汚点のようなものの存在を感じるようになっていた。
早く岩尾に会って彼のクライミングを見てもらわねば・・・

 

でも、私が思ったよりも早く、その日はやってきた。
仁藤志穏と都築が組んで登った例会から3週目の土曜日だった。