かなしい日はかなしみのみちをゆきくらし

よろこびの日はよろこびのみちをゆきくらし

たんねんにいちねんにあゆんできたゆえ

かすかなまことがみえてきた

 

これは、八木重吉の詩編にある一節です。

八木重吉は1898年に生まれ、1927年に29歳8ヶ月でこの世を去った詩人です。内村鑑三に傾倒し、熱心なクリスチャンでもありました。

この詩は友人が教えてくれたのですが、この詩に書かれている澄み切った精神は、絶えず私に勇気と希望を与えてくれます。

重吉の詩や詩編は、全編に「かなしみ」が貫かれています。人間は「かなしい」ものなのでしょう。(そういえば、美空ひばりの歌にもありましたね)あまりにも「かなしい」ので、どう生きたらいいのか重吉は苦しみます。そして、「かなしい日はかなしみのみちをゆきくらし、よろこびの日はよろこびのみちをゆきくらし、たんねんにいちねんにあゆんできた」ので、「かすかなまことがみえてきた」のです。

一途に、真正面から人生の苦難に立ち向かって生きたのだという、この重吉の一節は、私にいつもかくあれと語りかけます。よろこびもかなしみも素直に受け止めて生きていったらいいのだと重吉は言っているのです。

この世にある「かすかなまこと」は、個々人で違っているでしょう。是非、あなたはあなたの「かすかなまこと」を見つけてください。いちねんにたんねんに、あゆんでいきましょう。