第二話 社長さんはお掃除男子?
あの後、あたしは何度も社長室に入る練習させられて、言葉使いや立ち居振る舞いも指摘され、掃除機のかけかたまであの人に指導されたのよね。
あ、そうそう、あの変態男の言葉も気になったのよね。
「私は逃げてないわよ」
憮然とした様子で言って、ビールを飲む原さん。
その横で、あしは酎ハイを飲む。
なんとなく、仕事帰りに立ち寄った居酒屋。
原さんに、ささやかな歓迎会って誘われて来たのだけど。
原さん、やけにペース早いよ。
お酒、好きな人なんだ。
あたしは、お酒はそこまで好きでもないので、ちびちび飲みながら、今日の出来事を回想してみた。
あの後、あたしは何度も社長室に入る練習させられて、言葉使いや立ち居振る舞いも指摘され、掃除機のかけかたまであの人に指導されたのよね。
何で、人事の人にそこまでされないといけないかな?
って、理解に苦しむ。
「掃除機は、そんなに早く動かさない。同じ方向に、ゆっくり、もっとゆっくり!そんなかけ方では、ちゃんとゴミを吸わないですよ」
「そこ、ちゃんと物はどかして。四隅もきっちり、掃除機のコードは綺麗に扱って下さい。ほら、踏まないでください」
「君、腰が曲がってますよ。もっと美しく掃除機がかけられないのですか?」
いちいち、うるさい!
小姑か!
そんなこんなで、あの人に掃除の仕方を指導されてた途中で、原さんが戻って来たの。
原さんの話しでは、ブラインドを掃除する用具を取りに行ってたらしいんだけど。
あ、そうそう、あの変態男の言葉も気になったのよね。
「俺の顔みて逃げるな」
とかなんとか。
だから、とりあえず、居酒屋でメニューを注文して待ってる間に、あの変態男の話をしたのよ。
原さん、益々赤くなった。
原さん、かなりムッとして。
で、「私は逃げてないわよ」って、言葉に繋がった訳だけど。
「あの人、なんなんですか?」
思い出して、顔をしかめる。
いかにもチャラくて、遊んでそうで、しかも横柄で、ズケズケしてて、更にエロい。
顔が良くても、あたしは絶対にお近づきにはなりたくないタイプだ。
「あのね…。まどかちゃん、って私も呼んでいいかな?」
「はい」
「まどかちゃん、実はあの人、SNSで知ったの。最初は、全然知らずに話してたんだけど、何故かあたしの事を知ってて」
「SNS?」
Twitterとか、Facebookとか、ああいうのかな?
あたし、あんまりSNSには興味ないんだけど、それくらいは知ってる。
そもそも、知らない人と文字のやりとりなんか、面倒くさいっていうか。
怖いって言うか。
LINEは彼氏がしてたから、あたしもしてたけど、SNSみたいなとこで、知らない人となんて、何を話していいか分からないしね。
「ちなみに、どんなのをしてるんですか?」
「えっと、これなんだけど」
って見せてもらったのは、Mトークとかなんとかいう、見たことないアプリ。
怪しげ…。
「そこで話してた人が、実はあの子だったのよね。掃除してたら、突然私のハンドルネームで呼ばれて、ビックリして。まさか、あんなとこで現場の人に会うなんて。それから、まあ、色々あって…」
「あの、余計なお世話かもしれませんが、あんまり関わらない方がいいと思いますよ。SNS、最近主婦とかがハマってるらしいので、気をつけた方が良いですよ」
「何を?」
「何をって、何も知らないでSNSにハマった主婦を狙って、男が集まってくるから。中には、文字のやりとりだけで相手を簡単に信じちゃって、夢見ちゃたりするから、そういう人は捕まえ安いし。深入りすると、食われちゃいますよ」
あたしがそう言った途端、原さんは顔を赤らめた。
「食われるって…」
「冗談じゃなく、変な人に引っかかったら、脅されたりする事もあるし、会うなんて、ヤられにいくようなもんだって聞いてます」
「まっ、まどかちゃん、意外にストレートなのね」
原さん、益々赤くなった。
いやいや、ストレートって言うか…。
なんか、原さんって思ったより世の中知らない?
てか、なんでSNS?
バリバリモテてて、バーチャルな世界には興味なさそうな外見なのに…。
まあ、若い頃はこんなの無かったろうし、バツイチになるまでは主婦だった訳で。
主婦が長い方が、独身者よりウブだったりするみたいだしなぁ。
そういう人達が、つい相手の言葉を本気にして、漫画かドラマのような気分で、ハマったりするらしいのよね。
でも実際、現実がある訳で。
携帯依存、SNS依存、恋愛依存。
一種の現代病?
あたしの友達は、軽く遊び感覚でやってるみたいだけど。
ある部分、気持ちが緩くなるらしいわ。
「原さん」
「今日子でいいよ」
「じゃ、今日子さん、信じちゃダメですよ。本気にすると、バカをみるから」
あたしが言うと、原さん、もとい、今日子さんは、黙り込んでしまった。
まあ、あたしがそこまで口出しする事じゃないかなぁ。
今日子さん、あたしより大人な訳だし、独身だし、止める権利はないけど。
あの男との関係とか、彼女がどの程度SNSにハマってるかは分からないものね。
なんかなぁ。
リア充しまくってそうな今日子さんが、SNSしてたのは意外だなぁ。
沈黙が続いて、なんとなく気まずくなったので、話題を変えてみた。
今日子さん、本当に真面目そうだから、心配は心配だけど。
「そう言えば、社長室にいた人、誰ですか?」
散々、掃除指導受けた人。あの人も何なの?
「あ、ごめん。私、誰もいないって言ってたけど、まさか社長がいるとは思わなかった」
「えっ?」
「えっ?社長って、知らなかったの?」
「聞いてません。部屋に入ったら、あの人がいて」
「あら、橋本貿易のホームページ、面接の時に教えたでしょ?あの、貿易ビルのホームページも」
「あっ、そう言えば」
「見てないのね?ちゃんと、自分の働く会社と、取引先と、現場は把握しとかなきゃダメよ」
「すみません」
「それに、あそこは社長室な訳だから、そこに居る人は社長でしょ?」
まっ、まあ、そうなんだけど…。
社長って、もっと髭生えたおじさんのようなイメージ持ってたから。
そうかぁ、社長かぁ。
そこまで考えなかった。
「じゃあ、あの人、貿易会社の社長さんなのに、なんであんなに、掃除に詳しいんですか?」
「ああ、彼の母親が掃除婦だったの。うちの社長の従姉妹のお姉さんで、カリスマ掃除婦だったんだけど、それを彼の父親が見染めてね」
へぇー。
なんか、ロマンチックな話しね。
「だから、その母親から掃除のノウハウを仕込まれてて。本当、手を抜けないって言うの?掃除に詳しくて、やりにくいわよね」
原さんが、苦笑する。
そうなんだ。
あの社長、お掃除男子なんだな。
なんて思ったら、色々妄想が…。
あはは、ちょっといいなと思ったけど、毎日あの調子でやられたら、たまんないや。
でも、どうりで、掃除機を綺麗にかける訳だ。
なんかのショーみたいに、動きが綺麗で、ちょっと見惚れた事は確かよ。
「あの社長の掃除好き、掃除婦好きは、業界でも有名よ。トイレが汚ない会社とは、取り引きしないらしいわ」
今日子さんは、そう言って笑った。