その後、他愛ない話をしていたら、今日子さんの娘さんから電話が来て、飲み会はお開きになった。
娘さん、佳乃(かの)ちゃんって名前らしいんだけど、今中学二年生なんだって。
娘さんの方から、そろそろ戻って来いっていう電話だったらしく、今日子さんはちょっと照れたように、
「心配するから、早く帰れって怒られちゃった。逆だよね」
と笑った。
離婚してから、働きに出た今日子さんの代わりに、家事を娘さんがするようになったらしいの。
しっかりしててよく叱られるの、と言う今日子さんの顔は、その割りにはなんだかとても嬉しそうだったな。
そうだよね。
叱ってもらうのって、なんか嬉しい。
それって、愛情の一つなんだよね。
どうでもいい人を、叱ったりしない。
私が今日子さんに言った事も、もちろん今日子さんを思ってだ。
そうなんだけど、朝起きたらメールが入ってて…。
今日子さんからね。
受信したのは真夜中だから、夜中まであれこれ考えてたのかしら?
内容は、SNSでも、いい人は沢山いるんだよ、って。
あと、ガッカリさせてゴメンね、とあった。
…。
今日子さん、思ったよりずっと繊細な人だ。あたしの表情、ちゃんと読んでたんだね。
あたしは、慌ててごめんなさいのメールを送った。
そう言うつもりで言ったんじゃない。
あたしは、今日子さん好きだからって。
心配して言った事なんだって。
確かに、何でだろうな?
とは思ったけど。
あ 今日子さんはすぐ、ありがとうって、メールを返してくれた。
やっぱり、繊細だ。
その日、職場に行くと今日子さんは、昨日と同じ優しい笑顔で、
「おはよう」
って言ってくれて、あたしは少し気持ちが楽になった。
でも、次の瞬間憂鬱になる。
「今日は、午後一は私は会議室の清掃に入るから、まどかちゃん社長室お願いね」
「えーっ!一人ですか?木村さんは?」
「あら、あたしは、社長室はパス!雑だから物壊しちゃうかもしれないし、パートだもーん」
木村さんが、笑いながら顔の前で大きくバツを作る。
そんなぁ~。
「大丈夫よ。昨日見たけど、まどかちゃんお掃除ちゃんとできてるよ。あそこは、そんなややこしくないから、普通に綺麗にすれば問題ないわ」
軽く、今日子さん。
いや、あれは今日子さんが来る前に、社長にあれこれ言われたからで…。
あ、ちょっと待って、またあの社長がいたら、どうするの?
そんなあたしの不安をよそに、
「心配ないって、社長な滅多に社長室に居ない人だから。忙しいくて会社にもほとんどいないのよ、たまたまじゃないかな?」
て。
そうなの?
いやいや、やっぱり無理だよ。
でも、結局そのままで話が終わってしまった。
何故なら、木村さんが、
「ちょっと、今日子ちゃん、まどかちゃん、これどう思う?」
って、おもむろにスマホ取り出したから。
彼女が見せてくれたのは、コミックのダウンロードサイトだった。
「これって…」
あたしは、ちょっと言葉に詰まる。
「娘がさ、読んでるのちらりと覗いたのよ。最初は、少女漫画と思ってたんだけどね」
木村さんは説明しながら、アプリの方を開いて、コミックも見せてくれた。
あ…。
やっぱり…。
「いわゆる、TLコミックですね」
あたしが言うと、
「何それ?」
今日子さんが聞いてきた。
「ティーンズラブコミックです。その、まあ、ちょっと過激な内容で…」
「そうなのよ、読んで見てびっくり。AVみたいな内容でさ。娘が心配になっちゃった」
「そうなんてすか?」
今日子さんが、木村さんのスマホを手にとって、コミックを読む。
今日子さんとTLコミックの組み合わせが、なんともピンと来なくて、思わす笑ってしまった。
次第に、今日子さんの表情が変わる。
ちょっと、驚いてる感じ。
まあ、そうよね。
ティーンズラブなのに、なんともまあ、すごい内容多いから。
「こんなの、最近の子供は読んでるんですか?」
心なしか、顔を赤らめて今日子さん。
あたしと木村さんは、思わずじっと今日子さんを観察してしまって、なんとなく顔を見合わせた。
いや、どんな反応するのかなって!
気になるじゃん。
真面目で爽やかな今日子さんでしょ?バツイチ子持ちと言われても、どっか少女みたいな雰囲気あるし。
「うーん、健全とは言えないわね」
今日子さん、しばらく困った顔で考えた後、そう言った。
「ですよね。エロコミックは昔からあったけど、ここまでじゃないですよね。実際こんな事があったら、大問題な訳で」
あたしが言うと、木村さんが大きく頷いた。
「そうでしょ?若い女の子が、次々とイケメンの男に襲われてさ、それを嫌がりながらも、よろこんじゃったり。段々目覚めていって、気持ち良くなってくのよ。こことか、ちょっと聞いてよ」
って、コミックを読み上げる木村さん。
うわっ、そんなリアルに読み上げて。
あ、今日子さんが、見る見る真っ赤に…。
「わっ、木村さん、木村さん」
止めようと思ったけど、どんどん読み進めるもんだから、ついに今日子さんは耐えられなくなってか、
「ありがとう、木村さん。もう、分かった」
ストップをかけた。
「あら、そう?」
木村さんは、全然平気そう。
本当に心配してるのかな?
娘さんを心配してるって言いながら、今日子さんからかってんじゃないかしら、と疑うあたし。
いや、絶対そうだよ。
楽しそうだもの。
「思ったより動揺しないのね、まどかちゃんは」
あたしの方を見て、ちょっと面白くなさそうに、木村さん。
「たまに、読みますよ。もっと、ほのぼのした純愛系ですけど。まあ、それでもエロいけど、無料だとつい、暇つぶしに」
って、笑う。
まあ、実際あり得ない話しばかりだから、現実感ないしね。
「今日子ちゃんは、ダメよねぇ」
「わっ、私だって、AVくらいは見た事あります!」
今日子さんの言葉に、思わず飲んでたコーヒーを吹き出す。
「あら、どんなの?」
ニヤニヤしながら、木村さん。
もしかして、何時もこうやって、からかってるのかしら?
「どんなのって、色々、温泉宿の一夜とか」
ゴニョゴニョ言葉を濁す今日子さん、案外負けず嫌いなのね。
つい、あたしも笑ってしまう。
「とにかく、子供も産んだんだから、大丈夫です」
あはは、無理してるぽい。
やっぱり負けず嫌いなんだなぁ。
ちょっと可愛いとか、歳上のお姉様に向かって思ってしまった。
「はーい、あたしは、お子ちゃまですよ。彼氏に振られて、一週間無断欠勤したくらいだし」
「あら、まどかちゃんそうなの?」
木村さんの目が、キラリと光る。
こちらは、噂好きだ。
「そうなんです、恥ずかしい話しで?」
「まあ、そんなけ恋が出来るって、いい事よ。若いからできんのよ。あたしなんか、亭主見てもムラムラもしないわ」
「私も、男性見てムラムラはしませんよ」
苦笑して言う。
ムラムラって、男じゃないんだから。
ドキドキはするけど。
「はい、もうおしゃべりはおしまい!時間になりました。木村さんは、事務所よろしく!まどかちゃん、行くわよ」
今日子さんが締めるように言って、私達はそれぞれの持ち場に向かった。