boku 小旅行の途中、アンティーク市で有名なポートベロをぶらつきながら、ボクは理由もなく、ふと「消費される言葉」について考えていた。・・・どうせ、愚にもつかないモヤモヤになるだろうと、うすうす感づきながら。

最近の「ロハス」という言葉は、マルチメディアと同じように消えていくのか?
それとも「エコ」と同じような緩く、世の中に残っていくのか?

昔、「マルチメディア」という言葉があったが、関連書籍や商品が巷に出回り、消費と紐づく、ある種の「盛り上がり」の果てに、誰も使わなくなった。その盛り上がりのなかには、間違った解釈や定義もあれば、嘲笑を狙ったパロディもあったりした。まるで、アイドルタレントやファッションと同じように、大学や図書館で、別のものに煮炊きされていく。

ちなみに、自意識過剰気味に言えば、消費を促す広告会社で働くボク(ら)は、ときどき、そういう盛り上げを手助け、否、便乗した企画を立てたり、することがあるので、ある種の議論のなかで、まるで悪者みたいに扱われることがある。

ボク個人としては、クライアントの商品や企業のブランドについて、まともに考えるときは、「このブランドは、何某とイコール』という見せ方は、プロとしては絶対にやらない」・・・なんて言い訳は常に用意しているけど、そう話してみても理解しない人も多いので、結局、説明が面倒くさくなり、反論しないことにしている。

「いいじゃないか、言葉なんて、そもそも経年変化するのだから」と。
そして、「そんなことよりも、この議論に介在するノスタルジーは何者なのか?」と言い返す。


・・・なんだ、こりゃ?やっぱりこんなことか。

maison2000年頃、会社でボクの上司だったジャス(ロンドン生まれ、当時38歳、女性)は、結婚した証券マン(同じイギリス人)が失業し、バブル景気?で儲かるロンドンへ帰るというので、彼女も会社を辞めてハズについて行った。
ジャスがロンドンへ越した後も何度かEメールで近況を報告したりしていたが、休職したボクは、急にジャスに会いたくなったので、数週間の小旅行をかねて、ロンドンへ飛んだ。

ジャスとは、彼女が勤めるロンドン市街のオフィス付近のレストランで落ち合った。レストランの場所は、ピカデリーサーカスにある紅茶の老舗のちょうど裏手だった。

食事の間は、昔の東京での思い出や、細かい話はしなかったが、今のクライアントのこと、ロンドンでの結婚生活について話した。
ボクのプアな英語力を気遣ってか、ジャスと同じように日本で暮らしたことがあるという同僚の女性も同席して、会社の大半は英語だったが、ときどき変な日本語で楽しませてくれた。

後で、オフィスも見せてもらったが、同じような広告会社で、主にWEBに注力しているそうだ。社名を教えてもらったときに、ボクが勤める会社と同じ企業グループに属していて、しかもボクが担当しているのと同じ、グローバル企業のクライアントのEMEA向けの商品WEBサイトを手がけていることも。

東京にいるときは、大柄で声が大きく、日本人と比べるせいか、大雑把な印象があったジャスだが、ロンドンで会ってみると、普通の英国人のキャリアウーマン?という印象に変わったように思えた。外国人ばかりの場所がそうさせるのか、結婚生活がそうさせるのかボクには分からないが、とくにかくそう思えた。

別れ際にハグされた後、ジャスはボクの姉のような口ぶりで「英語は上手になったけど、相変わらずタバコ臭いわね、はやく止めないとガンや若ハゲになって、寂しい人生を送るわよ」と忠告した。

そう、ジャスは東京にいた当時から姉のような存在だった。「もう若くないよ」と笑いながら言い返して、別れを告げたボクは、懐かしさと家族に会ったような不思議な安心感で胸がいっぱいになりながら、ピカデリーを後にした。
その日は、まだ明るかったし、特に他を観光する予定もなかったので、ホテルへ戻る途中、トッテナムコートロードのHMVで、Badly Drawn Boy (直訳すると「病気でやつれた男の子」?)のCDを視聴しながら、その感覚を何度も思い出した。

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ロンドンの小旅行から東京へ戻る前日、ボクはふとB&Bの近くのネットカフェでEメールをチェックした。はじめは個人用に使っているGmailだけのつもりだったが、なにげなく会社のWebメールもチェック。

受信ボックスには、元の所属チーム(クライアントごとにチーム分けされている)の業務メールが山のように溜まり、なかには真意を掴みにくいヒステリー長文メールもあったが、幸いボク宛てではなかったので、ちょっと面白かったが、そういうヒステリーをCCされたことの意図をモヤモヤと考え、思わず吐きそうになった。即座に削除、削除、削除。

でも、その送り主とは、それまで何度と無くランチにいったり、くだらない話で盛り上がったりして、比較的友好的な関係を維持していたので、CCしたこと送り主の思いがなんとなく分かるような気がして「歳の割りに、可愛い人だな」と思えるようになり、削除したことをちょっと後悔した。


それから、色付の件名のメールを見つけた。
なんと、CEOグレンの退職を知らせるメールだった。
明確な理由もなく、最終出社日と後任の暫定CEOにトッド(う!奴が)の名前だけが記されている。文末にはアリテイな感謝の一文。みんなと働けて良かった・・・だと。

グレン(当時、48歳)は、ボクが大好きな小説家ダグラス・クープランドと旧友で、転職インタビューではじめて会った時から、その彼の作品のこと、いまの暮らしのことで話が盛り上がった。それ以来、何度と無く、ダグの原書をもってボクのデスクを訪れくれた。ときには、オフィスにあるグレンの部屋で、ダクと映った昔の写真、海兵隊時代やMBA時代の写真を見せてくれた。

グレンの見た目が、BBCのドラマ「The Office 」のデビッドと似ているせいか、ボクの知らない顔があるのか、うちの会社では何かと・・・陰口を叩かれていたけど、ボクにとってはいいオジサンだった。

だいたい5年の評価タームで辞めていく、他の重役たちのそれとは別に、グレンの退職は、ボクとって特別なものだった・・・。

東京へ戻ってから数日後、グレンが母国のカナダへ帰り、大学の先生をやりながら、家族との時間が沢山ある幸せな生活をスタートしたことを知った。グレンとは今でのときどきメールで近況を伝え合っている。


・・・とにかく、この小旅行は、感傷に浸ってばかりだったような気がした。
そして、頭のなかでは、なぜか毎日のようにBadly Drawn Boyの「Silent Sigh 」が鳴り続けた。