小旅行の途中、アンティーク市で有名なポートベロをぶらつきながら、ボクは理由もなく、ふと「消費される言葉」について考えていた。・・・どうせ、愚にもつかないモヤモヤになるだろうと、うすうす感づきながら。最近の「ロハス」という言葉は、マルチメディアと同じように消えていくのか?
それとも「エコ」と同じような緩く、世の中に残っていくのか?
昔、「マルチメディア」という言葉があったが、関連書籍や商品が巷に出回り、消費と紐づく、ある種の「盛り上がり」の果てに、誰も使わなくなった。その盛り上がりのなかには、間違った解釈や定義もあれば、嘲笑を狙ったパロディもあったりした。まるで、アイドルタレントやファッションと同じように、大学や図書館で、別のものに煮炊きされていく。
ちなみに、自意識過剰気味に言えば、消費を促す広告会社で働くボク(ら)は、ときどき、そういう盛り上げを手助け、否、便乗した企画を立てたり、することがあるので、ある種の議論のなかで、まるで悪者みたいに扱われることがある。
ボク個人としては、クライアントの商品や企業のブランドについて、まともに考えるときは、「このブランドは、何某とイコール』という見せ方は、プロとしては絶対にやらない」・・・なんて言い訳は常に用意しているけど、そう話してみても理解しない人も多いので、結局、説明が面倒くさくなり、反論しないことにしている。
「いいじゃないか、言葉なんて、そもそも経年変化するのだから」と。
そして、「そんなことよりも、この議論に介在するノスタルジーは何者なのか?」と言い返す。
・・・なんだ、こりゃ?やっぱりこんなことか。
2000年頃、会社でボクの上司だったジャス(ロンドン生まれ、当時38歳、女性)は、結婚した証券マン(同じイギリス人)が失業し、バブル景気?で儲かるロンドンへ帰るというので、彼女も会社を辞めてハズについて行った。