こんにちは!

ヨガティーチャーのしゅうこです。

 

 

一日空いてしまったヨガの練習。

(昨日、皮膚科に行った話は改めて)

 

 

今、ノートの書き方について学んでいて

「感情」がいかに大事なものかということを

今更だけど痛感しています。

 

 

 

でねちゅー

ノートの学びも踏まえて、

自分と向き合うことについて

ヨガを通しても深めていこうとしているんだ。

 

 

 

 

 

「感情」

 

 

 

私はどちからというと、抑えるほう。

 

 

 

あまり感情的にならない。

 

 

 

というのも、私は”繊細さん”なので

自分が人の感情に敏感な分

人に“負”のエネルギーをぶちまけたくないって思うから。

(自尊心の低さもあるけれど)

 

 

 

人に怒るとかキレることもなく

イライラを見せることもあまりない。

 

 

 

負の感情は、自覚せずに

意識の表面上にもってこないで

蓋をしていた。

 

 

 

だって嫌われたくないから。

感情的な人は嫌われると思っていたから。

 

 

 

人の正解ばかりを追いかけてきた。

 

 

だから自分の感情や感覚に鈍感だった。

 

 

私にとってヨガは、

身体の柔らかさと身体能力の高さが

そこそこあったから、

身体と対話できなくても、ほぼほぼのポーズは出来た。

 

 

 

それが今は!

腰痛のおかげでもあるけれど

身体にとっての心地よさを丁寧に見ていかないと

ヨガをした後に「イテテ笑い泣き」となる。

 

 

 

「心地いい」を通り越して、伸ばそうとしたり

開こうとしたりしちゃう私。

 

 

 

それってなんでかというと

自分の心地よさ、の上に「ポーズの正解」 があったから。

 

 

 

「私」は「ポーズ」の下チーン

 

 

 

自分の感覚を無視して、正しい(と言われる)ポーズの形を

目指してしまうんだよね。

 

 

そうじゃないんだ、ってことが今は心底わかる。

 

 

「ポーズ」は「私」の下!!!!!

 

 

正しさは私!!!!

 

 

だからね、ヨガをしていて

手が下がっていようが、胸が開いていなかろうが

見た目はどうでもよくてデレデレ

 

 

その時自分の内側が心地良いかどうかが最優先なんだよ。

 

 

ということで、今日の言いたいことは

 

 

自分>ポーズ

 

 

ということ。

 

 

これは「自分の正解」を知っているかどうか。

 

 

意外とね、気持ちいいポーズって

自分で分かっていないと思うんだ。

 

 

無意識に頭が「こうするべき」と思っているから

本当の本当の本当にしっくりする形は、探らないとわからない。

 

 

 

自分の正解、自分の心地よさを

探すトレーニング、育むトレーニングとして

ヨガで呼吸と身体に集中して

そしてマットを下りた日常では、

自分の心地よさを感じる力に活かしてより幸せに生きる。

 

 

 

いつでも自分に寄り添える自分でいられるために

ヨガの練習をし続けていたいハート

 

 

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