こんにちは!

 

 

昨日の午後の話。

 

 

 

仲良しの鳩さんハート

 

 

 

旦那さんと公園に出かけて

その帰りに

私の父とばったり

再会してしまいまいした。

 

 

「再会してしまった」という表現。

 

 

なぜかというと、数年前に父に

「二度と家に帰ってくるな」と言われ

ほぼ縁を切っている状態だから。

 

 

とはいえ、住んでいる場所は

駅を挟んで反対側で

ばったり会った公園は、お互いによく行く場所。

 

 

あまり会うことはないから

気にしていなかったけれど

昨日、まさかの遭遇。

 

 

父に気づいた瞬間に

「まずい」と思った私。

 

 

旦那さんは気を使って

父に挨拶をしてくれたけど

そのまま通りすがりの

挨拶だけですれ違いました。

 

 

私は父を直視できず。

 

 

夜、ゆっくりノートに向き合ってみて

昼間の私の感情を見てみようとして

すぐに何もでてこなかった。

 

 

あー、やっぱり。

蓋をしてた。

無意識に感情をストップさせてたな。

 

 

「まずい」のほかに

思い出せることってあるかな?

 

 

 

と、ノートしていたら

「申し訳ない」

「氣まずい思いをさせてしまった」

ばったり会って「ごめんなさい」

 

 

 

で、思い出せた。

 

 

私がいるだけで迷惑なんだ

と思っていたんだ。

 

 

 

「うちの子じゃない」

「よそに行け」

 

 

そんなことを怒られるたびに

言われていたことを思い出した。

 

 

 

それを思い出したら

泣けてきた。

 

 

 

そして、溜め込んでいた感情を

ノートに書きまくって

泣いて、すっきりして

最終的に「くそ親」と認めて

そんな自分を責めないと決めた!

 

 

むしろ本人たちを

目の前にして

「くそ親」って

笑って言えたらいいのかも

と思えてきたよ。

 

 

その時に、本人たちが

「そうは言っても大変だったんだ」

とか、言うのはもちろんOK。

聞く耳を持つことはできる。

 

 

文句でもなんでもね、

私が笑って言えること。

みんなで笑い話にできること

いいのかもしれない。

 

 

 

ノートをしていて

そんな着地の仕方になりました。

 

 

そうしたらすごく氣が楽になった。

 

 

 

自分責めをしない。

そこで思考停止しない。

 

 

そして

今回のノートで参考にしたのが

江島直子さんの本。

 

 

 

 

5つの手放しのうちの一つで

「感情を隠すことをやめる」とあり

本当の感情は最初に出てきたものとは違う

 

ということ。

 

 

なので

自分の感情の下に

まだ眠っているものが

あるのかも?

 

 

 

と向き合って、

自分が蓋をしていた

感情を見つけることができたの。

 

 

 

この本、もう一度最初から読み込んで

ノートしっかり頑張ろうデレデレ

 

 

 

自分の本音って

けっこう表面的だったりする。

 

 

 

その奥に傷があれば

蓋をしていたりするから、

大切な自分のために

向き合うことはとても大事だなと

痛感したのでした。