鎖骨下にルートをとり栄養や薬剤はそこから入れるようになったが、唯一脂肪だけは毎日腕にルートをとって入れることとなった。理由を聞くと、「IVHのルートに脂肪が残ってしまうとそこで細菌が繁殖して感染症になる可能性が高いから」だそうだ。
高いといってもそんなに高いわけではないそうだが、状態がよくないこと、免疫力を落としてしまうステロイドを大量に入れるため、できるだけリスクは避けるためにそのような対応になったようだ。
とはいうものの、この辺りの考え方は病院によってまちまちのようで、広大病院でこのことを話すと「うちはIVHからガンガン入れるわ」と言っていた。
考え方がまちまちな点だが、病院によって違うのは分かるが、同じ病院の看護師によって違うという事例もあった。それは傷口の消毒法。これはT病院ではなく広大病院だったが、年配の看護師は傷口に直接消毒を施し、若い看護師は傷口の周辺に消毒を施していた。なぜなのか若い看護師に話を聞くと、「学校での教え方の違い」とのことだった。今は傷口の周辺を施すように学校が教えているのだそうだ。どっちがいいのか分からないが、とりあえず同じ病院内では統一したやり方の方がいいのではと思った。
ちなみに毎日腕のルートをとっているとだんだん刺す場所がなくなってくる。同じところを刺されると普段よりも痛みは倍増する。
数日もたつといい場所がなくなったので、それ以降は「どこに刺そうか?」と言われたら「お好きなところへどうぞ」とクールに答えていた。一番上手と思った看護師さんは手首の甲側の親指よりに刺していた。正直、「え、こんなところにも刺すことができる血管あったんだ」と思った。
別の看護師にこのことを話すと挑戦したがっていたのでやらせてみた。
チクリ「痛いです」・・・チクリ「痛いです」
すぐにあきらめていた。
ところで看護師が一番刺しやすいであろう肘の内側は実は自分にとっては刺されたくない、一番嫌な部位だった。というのも点滴が落ちきる1時間ぐらいの間に必ず1回はトイレに行っていたが、肘の内側だとどんなに動かないように努力してもかなり高い確率で点滴が漏れるのだ。
これが手首の甲の親指よりだとよっぽどのことがない限り漏れない。だからそこに刺せるようになるのが一番よかったのだが、しょうがない。さすがに何十回もリトライされるよりはましなので。
診断も確定したので早速治療が始まった。
内科治療の第一は絶食。これは入院した当日から始まっていた。さらにペンタサもマックスまでの処方に変更となった。。
検査の翌日にはIVHが始まった。
短期間の絶食なら腕の血管からの点滴だけで終わるが、長期間続くことが見込まれていたのですぐにIVHが選択されたのだ。
鎖骨下にルートを取るため、誓約書を書いた上で施術された。レントゲンを当てられながら管を挿入された。鎖骨下の肋骨の間をメスで切開し、管を通す。その管が肋骨の間を通るとき、突然心拍があがった。理由は不明だが、異物が通ったことで何らかの反応を体が示したのかもしれない。
局所麻酔科での施術だったので痛みはなかったが、何となく、「刺されたら痛みだけでなくこういう不快な反応とも戦わないといけないのか?」と思い、刺されたくないなぁと施術されながら思っていた。
ようやく管が入れ終わりった。どんな管なのか広大病院で抜いてもらうまで分からなかったのだが、病院によって使う管が異なるようで、抜いてくれた広大病院の医師は「うわ、長!」と驚いていた。自分の感覚でもそんなに長いと思っていなかったため、「お?まだ出てくるぞ~!」と心の中で思わずにやりとしていた。
内科治療の第一は絶食。これは入院した当日から始まっていた。さらにペンタサもマックスまでの処方に変更となった。。
検査の翌日にはIVHが始まった。
短期間の絶食なら腕の血管からの点滴だけで終わるが、長期間続くことが見込まれていたのですぐにIVHが選択されたのだ。
鎖骨下にルートを取るため、誓約書を書いた上で施術された。レントゲンを当てられながら管を挿入された。鎖骨下の肋骨の間をメスで切開し、管を通す。その管が肋骨の間を通るとき、突然心拍があがった。理由は不明だが、異物が通ったことで何らかの反応を体が示したのかもしれない。
局所麻酔科での施術だったので痛みはなかったが、何となく、「刺されたら痛みだけでなくこういう不快な反応とも戦わないといけないのか?」と思い、刺されたくないなぁと施術されながら思っていた。
ようやく管が入れ終わりった。どんな管なのか広大病院で抜いてもらうまで分からなかったのだが、病院によって使う管が異なるようで、抜いてくれた広大病院の医師は「うわ、長!」と驚いていた。自分の感覚でもそんなに長いと思っていなかったため、「お?まだ出てくるぞ~!」と心の中で思わずにやりとしていた。
入院2日目。内視鏡検査のためにニフレックという下剤を飲む。まずいとは聞いていたが本当にまずい。
最後の方では吐きそうになったが何とか飲む。本当は2リットル飲むが、無理っぽいのと連日絶食状態に近かったということもあり、1リットルで勘弁してもらった。ふつうに水を2リットル飲むだけでも苦しいが、ましてあれでは・・・。
最近はビジクリアなる下剤も開発されたと聞く。これは錠剤を飲むというものなんだそうだが、50個を2時間かけて飲むそうだ。飲む水の量も2リットル。経験したことはないが、味を考えたらこっちの方がいいのかもしれない。
入院先での検査なのでトイレは共用の使用。運よくトイレが空いていないということはなかったが、運悪くトイレがふさがっていたら絶対に間に合わないぐらいの激しい便意だった。
排便も落ち着き、ようやく内視鏡検査室へ。炎症が激しいとつらいと聞くが、私はあっという間に終了。炎症が始まって間もないため狭窄していなかったこと、S先生は相当上手なので短時間で終わったのだろう。
映像を私も見たが、大腸の至る所に無数の口内炎ができているという感じだった。全大腸型(重症)という確定診断が下された。
潰瘍性大腸炎は原因不明なため、あらゆる腸炎の原因を除外していき、特徴的な炎症状態を確認した上で病名が確定されるそうだ。なので、どんなに特徴的であっても大腸カメラを入れない限り診断は確定しないし、確定しなければ特定疾患の申請もできない。
必須だけれども負担が大きく、患者にとっては悩みの種のようだ。私は結果的に1回で終わったのでそれ以上の苦しみはよくわからないのだが。
なお、この検査で内視鏡からステロイドを直接かけてもらった。そのせいか、検査後は少しだけ楽になった。
最後の方では吐きそうになったが何とか飲む。本当は2リットル飲むが、無理っぽいのと連日絶食状態に近かったということもあり、1リットルで勘弁してもらった。ふつうに水を2リットル飲むだけでも苦しいが、ましてあれでは・・・。
最近はビジクリアなる下剤も開発されたと聞く。これは錠剤を飲むというものなんだそうだが、50個を2時間かけて飲むそうだ。飲む水の量も2リットル。経験したことはないが、味を考えたらこっちの方がいいのかもしれない。
入院先での検査なのでトイレは共用の使用。運よくトイレが空いていないということはなかったが、運悪くトイレがふさがっていたら絶対に間に合わないぐらいの激しい便意だった。
排便も落ち着き、ようやく内視鏡検査室へ。炎症が激しいとつらいと聞くが、私はあっという間に終了。炎症が始まって間もないため狭窄していなかったこと、S先生は相当上手なので短時間で終わったのだろう。
映像を私も見たが、大腸の至る所に無数の口内炎ができているという感じだった。全大腸型(重症)という確定診断が下された。
潰瘍性大腸炎は原因不明なため、あらゆる腸炎の原因を除外していき、特徴的な炎症状態を確認した上で病名が確定されるそうだ。なので、どんなに特徴的であっても大腸カメラを入れない限り診断は確定しないし、確定しなければ特定疾患の申請もできない。
必須だけれども負担が大きく、患者にとっては悩みの種のようだ。私は結果的に1回で終わったのでそれ以上の苦しみはよくわからないのだが。
なお、この検査で内視鏡からステロイドを直接かけてもらった。そのせいか、検査後は少しだけ楽になった。
夜になりとりあえず就寝。しかしすぐにトイレのために起床。最初は1時間に1度。とりあえずトイレに行けば収まるが、1時間たてばまたトイレに駆け込む。これを繰り返すうちに朝方になり、ついには30分に一度の割合になった。さすがにギブアップ。朝、胃腸科へ行き入院できる病院を紹介してもらうことにした。
そこで紹介してもらったのは広島T病院で主治医はS先生だった。
紹介があったこと、状態もよくなかったことから直ぐに入院となった。しかし入院当日、直ぐに治療が始まるわけではなかった。とはいうもののお腹が痛かったので痛み止めは打ってもらった。
この病院で打ってもらった痛み止めは2種類。一つは腸の運動を鈍らせることで痛みを抑える薬。もう一つは麻薬系の痛み止めだった。
ただ腸の運動を鈍らせるのは確かに鈍った感じはするが、逆に大腸にあるものが出せない苦しみが発生したのでこれはすぐにやめ、後者の薬をもっぱら打ってもらった。
筋肉注射だったので、打つ時は痛かったが、とりあえず痛みをなくす手段を見つけられたことにホッとした。
そこで紹介してもらったのは広島T病院で主治医はS先生だった。
紹介があったこと、状態もよくなかったことから直ぐに入院となった。しかし入院当日、直ぐに治療が始まるわけではなかった。とはいうもののお腹が痛かったので痛み止めは打ってもらった。
この病院で打ってもらった痛み止めは2種類。一つは腸の運動を鈍らせることで痛みを抑える薬。もう一つは麻薬系の痛み止めだった。
ただ腸の運動を鈍らせるのは確かに鈍った感じはするが、逆に大腸にあるものが出せない苦しみが発生したのでこれはすぐにやめ、後者の薬をもっぱら打ってもらった。
筋肉注射だったので、打つ時は痛かったが、とりあえず痛みをなくす手段を見つけられたことにホッとした。
始まりは2005年10月頃。ある日トイレに行ったら便に血が・・・。血便ではなく下血。しかしこの症状、高2の時と25歳ぐらいの時にも出ていて、長くても1年ぐらいで治まり、特に障害が出るというわけではなかったので「またそのうち治まるさ」と思ってほったらかしにしていた。
しかし12月下旬。特に理由もないのに下痢が始まる。所詮下痢、すぐに治るさと思っていたら全然治らない。
ある時はこんな事もあった。早朝お店で作業をしていた。足下にあるものを取ろうとしゃがんだ瞬間唐突に軽い便意を感じる。ほっといてもいいぐらいだったのだが、とりあえずトイレへ。移動距離は20mぐらい。たったそれだけの移動だったのに、トイレに入ったときには猛烈な便意に変わっていた。多分後回しにしようと思っていたら大惨事となっていただろう。
2006年の年始、私の体調は悪化の一途をたどっていた。下痢の回数は増え、空腹時にはみぞおちのあたりが痛む。もうどうしようもない、ここにいたって私はようやく近所の胃腸科へ行くことにした。問診と直腸の触診の結果出てきた言葉は「潰瘍性大腸炎」。
「?」
下痢が治まらないのでいろいろ自分の状態は何なのか調べたりもしたが、そのとき潰瘍性大腸炎なんて言葉は出てこなかった。なので「?」と思っていると「たぶんクローンじゃないだろう。クローンだったらもっと大変だったけど」といっていたが、やっぱり「?」。
こんな私に医者の言った次の一言でようやくことの深刻さが理解できた。
曰く「この病気は治らんよ」
一生治らないと聞いて、一瞬ふっと暗くなった感じ、心に穴が空いた感じがした。目の前が暗くなると言うのはこういう事なのかなと実感した一瞬だった。
しかし私は今でもこの医師に感謝をしている。こうでも言ってくれなければことの深刻さを理解できなかっただろうから。
とりあえずこのときにペンタサと胃薬、大腸カメラの予約を入れて帰宅した。
翌日出勤して現状と今後の展望を話し、大腸カメラまでの数日は有給と公休を組み合わせて休むことにした。自分の中では大腸カメラを入れればとりあえずよくなるのではないかという全くあり得ないことを考えていた。
休んでいても下痢はひどくなる一方。かといって食べないとみぞおちが痛い。たまたまウィダーインゼリーが意外といいということが分かり、それを摂取してみぞおちの痛みをやり過ごしていた。そして1月15日の夜を迎える。
しかし12月下旬。特に理由もないのに下痢が始まる。所詮下痢、すぐに治るさと思っていたら全然治らない。
ある時はこんな事もあった。早朝お店で作業をしていた。足下にあるものを取ろうとしゃがんだ瞬間唐突に軽い便意を感じる。ほっといてもいいぐらいだったのだが、とりあえずトイレへ。移動距離は20mぐらい。たったそれだけの移動だったのに、トイレに入ったときには猛烈な便意に変わっていた。多分後回しにしようと思っていたら大惨事となっていただろう。
2006年の年始、私の体調は悪化の一途をたどっていた。下痢の回数は増え、空腹時にはみぞおちのあたりが痛む。もうどうしようもない、ここにいたって私はようやく近所の胃腸科へ行くことにした。問診と直腸の触診の結果出てきた言葉は「潰瘍性大腸炎」。
「?」
下痢が治まらないのでいろいろ自分の状態は何なのか調べたりもしたが、そのとき潰瘍性大腸炎なんて言葉は出てこなかった。なので「?」と思っていると「たぶんクローンじゃないだろう。クローンだったらもっと大変だったけど」といっていたが、やっぱり「?」。
こんな私に医者の言った次の一言でようやくことの深刻さが理解できた。
曰く「この病気は治らんよ」
一生治らないと聞いて、一瞬ふっと暗くなった感じ、心に穴が空いた感じがした。目の前が暗くなると言うのはこういう事なのかなと実感した一瞬だった。
しかし私は今でもこの医師に感謝をしている。こうでも言ってくれなければことの深刻さを理解できなかっただろうから。
とりあえずこのときにペンタサと胃薬、大腸カメラの予約を入れて帰宅した。
翌日出勤して現状と今後の展望を話し、大腸カメラまでの数日は有給と公休を組み合わせて休むことにした。自分の中では大腸カメラを入れればとりあえずよくなるのではないかという全くあり得ないことを考えていた。
休んでいても下痢はひどくなる一方。かといって食べないとみぞおちが痛い。たまたまウィダーインゼリーが意外といいということが分かり、それを摂取してみぞおちの痛みをやり過ごしていた。そして1月15日の夜を迎える。
