顕微授精でママになる!5歳差兄妹 -4ページ目

顕微授精でママになる!5歳差兄妹

自分が後で読むための日記。
不妊治療と妊娠について。

顕微授精3回目の胚移植で妊娠、2016/5長男誕生。
6回目の移植で2人目妊娠、33週早産で2022/1長女誕生。

トラ1/26 33週6日

日付が変わってもずっとずっとMAXレベルの陣痛が続いて、ずっとずっといきみ逃し。

マスクずらしてストローつけたペットボトルの水を横から飲ませてもらう。

息子のときはだんだん陣痛が強くなってだんだん子宮口が開いていったけど、張り止めの点滴がついてるせいで子宮口は3cmのままMAX陣痛が何時間も続いていた。

もう無理です!もう張り止めやめてください!産ませてください!と懇願するも、「赤ちゃんが苦しくなる可能性があるからまだ我慢して」と言われてひたすら何時間も我慢。

胎動は全く大人しくならず、めちゃくちゃ蹴られている。

マスクのせいか、頻脈に加えて手が震えて酸欠気味になってきた。

なんとか深く吐く、を繰り返して助産師さんが褒めてくれるけど本当にもう限界!というところで朝6時くらいになっていた。

破水せず子宮口は8cmくらい。

かなり頑張って耐えたけどもう声が出てしまうくらい辛い。

助産師さんが「張り止めやめたらすぐ産めると思うけど、あとちょっとだから我慢して」と腰をさすってくれる。

9.5cmくらいになったところで先生登場。

指で会陰を広げながらいきみ許可が出た!!


目を開いて両手でバーを掴み、死ぬ気でいきむ。5回目くらいで激痛、破水。
いったーい!!!と叫ぶも、助産師さんに「痛いじゃなくてもう1回いきんで!」と言われて必死にいきむ。
ドゥルンと出た感触がして、「赤ちゃん見て!」と声をかけられた。
紫色でピクピクしている。
しばらく泣かなかったけど1分後くらいに小さな産声が聞こえた。
朝7時11分、2300gの女の子だった。

新生児科の先生が集まってなにやらしている中で、ほにゃ〜ほにゃ〜と子猫みたいな声がする。
かわいらしい声だなあと思っているところにお腹をグリグリされて胎盤がドゥルンと出て、張り止めの点滴が3日ぶりに外されて反対の腕に今度は別の点滴。
「裂けちゃったとこ会陰縫合しますね〜」と声をかけられてからチクチク始まった。
そういえば会陰切開してないや。裂けたのか。
研修医の先生が一生懸命メモをとっていて、先生が縫合しながらココはこうして〜、ココはなるべく細かく、ココは突っ張ると痛いからこうして〜、とレクチャーしてる。
なかなか四方八方に裂けてたらしく、自分の股間で解説されてて変な気分だけど出産が終わった高揚感で全身グッタリしているのに妙にハイになってる。
赤ちゃん大丈夫ですか?と聞いたら新生児科の先生が胸の上に置いてくれた。
まだ紫色っぽかったけどモゾモゾ動いてて、すごくかわいいお顔してる。
良かった、良かった、と自然に声に出してた。早産だけど、生きて産まれてくれて本当に良かった。
その後はNICUへ連れて行かれて、陣痛室にひとり残される。
家族に産まれたよLINEして、8時には朝食が来たので普通に上半身起こして完食した。
分娩予約してた産院はご飯の豪華さで選んでいたので、ここはあまりにご飯しょぼくて悲しくなった。
でも救急搬送受け入れてくれたから文句は言えない、娘も私も生きていられてありがたい。
息子を産んだ時よりもなんかめっちゃ元気だな〜と思いつつまた横になり、目を閉じるけど眠くない。
4時間経って、普通に歩いてトイレに行けた。
息子のときは立ち上がった瞬間に大量出血して崩れ落ちたんだったなー、今回は元気だなーと思っていたら、張り止めを産まれる瞬間まで使用してた効果で出血があんまりなかったらしい。
助産師さんと母乳を搾ってみたら2mmくらいとれた。早速娘にあげてくれるとのことだったけど、その瞬間見られなくて残念。
私があまりに普通に歩いて元気にしゃべるので看護師さんたちに「今日産んだばかりなのにすごい元気だね?!」とびっくりされる。

部屋移動してお昼ご飯食べてちょっと寝て、搾乳してみたけどほぼ出ない。
熱があるので抗生剤も点滴開始。
出産やり切った感で胸がいっぱい、多幸感いっぱい。

切迫入院からの出産の記録を忘れる前に残しておく。



トラ1/23  33週3日

夕方ごろから腰痛があるな〜今日はなんか腰が痛いな〜なんて思いながらほとんど横になって過ごす。

18時過ぎ、なんだか10分おきに腰痛がきている気がする。

食欲がなくて何も食べられない。

お腹が張ってる感じは無いしまさか陣痛じゃないでしょと思いつつ、いつでも入院できるように荷造りだけはしておく。

22時過ぎ、いよいよおかしい。腰痛が7分おきになってる。立てないくらい痛い。胎動はあるけど弱々しい。

そういえば息子を産んだ時も腰陣痛だったことを思い出す。

病院に電話して、寝ている息子はパパに託して即タクシー呼んで1人で病院へ。

車椅子で運ばれて陣痛室へ入り内診。

「子宮頸管が1cmしかない、これは陣痛ですね」

とNST開始。

32週の妊婦健診では問題なしだったのに!

ウテメリンとマグセントを10mmずつ点滴落とし始めたら一気に脈拍150超えて息がし辛くなった。吐き気がひどい。



トラ1/24 33週4日

全く眠れないまま明け方になり、張りが強くなってきた。

点滴つけたままトイレに行ったら出血、即内診で「おしるしだね、産まれちゃうから点滴増やそう」とのこと。

ウテメリン15mm、マグセント10mmずつになってさらに吐き気が強くなり、ファモチジンと当帰芍薬散も内服で出た。

点滴の記録に尿の回数も書かないといけないらしい。

しばらくして陣痛が20分おき、30分おきになってきた。

看護師さんが入れ替わり立ち替わり来てくれるけど、そのたびに「お母さん、ちょっと動きすぎちゃった?」と聞かれた。むしろずっと寝てました。

内診で頸管が2.8cmまで伸びてた。

「産まれちゃうかと思ったよ〜まだはやいよ〜」と病院で色んな人に言われまくる。

一般外来の開く時間になって、息子とパパが心配そうにやってきた。

息子の荷造りもしていたので、スムーズにばあばのところに預けられる。

息子に応援してもらったから、吐き気はなくならないけどなんとか夜ご飯は食べた。

点滴のドキドキに慣れてきた。

お腹の張りは強くないけど、やっぱり腰は40分おきに痛い。

看護師さんたちに伝えても「お腹じゃなくて腰なんですか?」とピンときてない様子、もしかして腰陣痛って珍しい?


トラ1/25 33週5日

陣痛が15分おきになってきた、かなり痛い。息ができないほど痛い。でも頑張って息をする。

太ももの神経痛もつらい。

看護師さんに何度も訴えて、朝食の前にやっと内診。

頸管が1.3cmになってる。

ウテメリンが20mmに増えてマグセント10mmと点滴になったけど、わりと身体が張り止めに慣れてきたのかあんまり辛くない。

胎動がすごく激しい。

18時過ぎ、夕飯が食べられないほど痛い。5分おきにきてる。

内診したら赤ちゃんの袋が見えてるらしい。子宮口も3cm開いてる。

「この病院では対応できないから大きい病院に救急搬送します」と救急車に乗り、ひたすらいきみ逃し。

近隣の病院には断られまくり、電車で1時間くらいのところがやっと受け入れてくれた。

救急搬送すると言われてから受け入れ先が見つかるまでで、2時間ほど経っていた。

21時過ぎ、点滴つけたまま大きい病院に到着、痛みがかなり強くて担架から降りられない。陣痛室のベッドに移してもらう。

陣痛中なのに鼻に綿棒グリグリされて涙目になる。そのPCR検査いまじゃないとだめ?!

「新生児科の先生たちもいつ産まれてもいいようにスタンバイしてるから安心してくださいね」と内診、エコー、NST開始。

このとき5分おき。

エコーしてる間、研修医の先生がなぜかずっとベッドの私の足のところに座っていてめっちゃ重いけど腰が痛すぎて言えないままずっと座られていた。

「張り止めをやめたらもっと陣痛が進んで早く産めるけど、赤ちゃんの負担を考えて張り止めつけたまま出産にします。赤ちゃんの頭が出たら張り止めやめます。頑張っていきみ逃しし続けて」と言われる。

未熟児の娘、なんともうNICU卒業!!


GCUってNICUを出た赤ちゃんが行く新生児室のことだったのか。知らなんだ…。

1回にミルクを35ml飲むらしい。それを1日8回。

母乳の生産が追いつかない!


毎日心配で、会えないのが悲しくて、たくさん泣いたらスッキリした。

私は私にできることをやらねば!と切り替えて、ひたすら2時間おきにおっぱいを搾って搾乳量を増やしていってる。

退院目安まであと2週間、頑張って搾乳しなくちゃ!!!!