タイマッサージのお仕事に就いて今年で5年目。
本当色んなことがあったなぁ。。。
タイ人との共同生活で
バカ〜!!と怒鳴れ
型ができてないと蹴飛ばされて
色んな所から手と足が飛んできた(笑)
日本人だったら絶対こんなことはないだろう。。。
その当時、できない自分にも悔しかった
こんなに人に罵倒されることもなく
どちらかと言えば、だんだん人の上に立つ立場に
なっていたのに、この共同生活の中では下の下。
そんな自分が惨めでならなかった。
人間なのに人間だと思ってもらえてないような。
馬鹿にされていることが本当に辛かった。
でも、きっと私の方が彼女達を最初に馬鹿にしていたのかも。。。
日本にいながら、日本語も喋れなくて
共同生活とかマジありえないし、って。
自分より下界の人みたいな。
そりゃ、教えてくれなかったり
馬鹿にされるのも当然。
言葉よりも伝わるよね、そういう空気感って。
でも、人とは自分の愚かさになかなか気づかない。
なので、私の場合はこれでもか!ってなくらい
わかりやすく叩きのめされました。
そこで私もようやく素直に
教えて頂く姿勢。
共同生活の中でのルールなどを学ぶ訳です。
言葉が通じないから
見よう見まね。
同じことをすることから
本当に真似ることから始める。
これが結構今でも、人の技を盗むのにも役立ってます(笑)
職人技と同じで、師匠の技は教科書ではなくて
現場で見て盗めと。
本当そんな感じ。
だから、言葉の壁はいつの間にか
関係なくなった。
そんな素直になった私に、タイ人達も
だんだん仲良くしてくれました。
そのうち、朝、神様にお経を唱える儀式の時にも
私にお役目を頂き、一緒に神様の前で説法を唱えてました。
朝に神聖な気持ちになるって清々しいなぁと思えると
生命エネルギーがみなぎるとか、そうんなことを感じるようになったのも
この時くらいからだと思う。
たまに来るタイ人のまとめ役みたいな存在の方がいまして
その人だけが唯一、日本語が堪能で
たまに来た時に、タイマッサージの教えとか
神様のお話しをしてくれて。
今でもそのお話しの中で、大事にしてることがあるのですが
マッサージは手を返して相手に伝わるものが大きいの。
あなたがいつも、怒っていたり、悲しんでいたり、辛いことばかりだと
全部その苦しみが手を通してお客さんに伝わってしまう。
心に悪魔(苦しみ)が多いと、神様には辿り着かない。
神様に少しでも近づきたいと思ったら
笑顔でいること、どんな人にも感謝すること。
それがあれば、いいセラピストになれる。
心がない人は技があっても全然うまくなれないよ。
心ある人になりなさい。
この言葉が好きでね。
何かあると、いつもこの言葉を思い出す。
私の手は邪気で覆われちゃいけない、
お客様を神様に近づけるように
だから、いつでも穏やかで笑顔でいよう、と。
ココでの生活で技術は日本人に教えてもらうより
数段早く習得できたと思う。
そして心の在り方も同時に学ばせて頂いたので
人として変なプライドもなくなり
世界人類、上も下もなく
みんな同じ人間。
と思うことができてから
生きることも楽になった。
この人達との出会いがなかったら
私の技術なんて今でも教科書通りでしかなかっただろうな。
早く稼げる人になって欲しいとの
想いがあったからあれだけ厳しかったのも。
今では感謝でしかないです。
そして、メイ先生。
この方は、神様と心の在り方について学ばせて頂きました。
怖かったけど、本当はとても優しい人。
心の在り方についての話しは
どんなセミナーよりも心の響く事が多かった。
そして何より、タイ人の明るさ。
笑顔の多さ。
これは、いつも近くにいて一番の学びだったかも。
小さいことは気にしない。
大きなことも気にしない(笑)
「マイペンライ、マイペンラ〜イ」(心配ない、心配ない)
どんなこともこの言葉に置き換えてくれる。
辛いことも
失敗も。。。
だから、
ごめんなさい
って言葉より
ありがとう
の言葉が先に出る。
笑いながら流してくれる懐の広さに
感謝しかないのだ。
だから、普通にありがとうになる。
日本人って、ごめんなさいが多いから
これはとても大きかった。
タイはよく知られているように
微笑みの国
そのまんまね。
イジイジする私も、この生活でかなり
どうでもいい事が増えました(笑)
笑顔で仕事ができることって
こんなに楽しいんだ!ってこのお仕事に就いて初めて思ったかも。
怖い顔して、どんどん難しく考えることを止めたら
人生が豊かになれました。
すぐに投げ出さず諦めなければ
神様はギフトをちゃんと用意してくれてる、って
ずっと信じてるかも。
それが、私にとってはタイマッサージで得れる
豊かさなのかもしれません。

