ひょんなきっかけで6年ぶりに戻ってきました。
あぁ、懐かしいなぁ。あの頃。本当に病んでいたなぁ。辛かったなぁ。
ブログを読み返していろんなことを思い出し、涙しました。
過去の私へ。
今の私はもう悩んでいません。
最後にブログを更新した頃から、彼への執着を少しずつ、時間をかけて手放したから。
ちょうど不妊治療のステップアップもして
病む子作りから解放されたということも大きかったかもしれない。
性欲も歳のせいか、情事から遠ざかりすぎたせいかだいぶ減退して
もう一生できなくても、まぁ…いっか。とすら思ってきた。
コロナ禍を通して社会問題に目が向くようになってきて
それよりも大切だと感じることが増えたとも言えるかな。
「大丈夫。夫婦の時間は長いから、悪い時もあれば良い時もある」と
自分に言い聞かせて過ごした過去の私、
間違ってなかったよ。
夫は元気だし、2人目の子供も4歳になり、なんと体外受精で3人目も授かった。
夫も私ももう、週末別居生活の日々のことはあまり思い出せないくらい
過去のことになった。
私の心の成長にとって、レスで悩んだ期間には意味があったと思う。
パートナーからわかりやすく直接的に求められること以外に
安心感や満足感を得る方法が、あの頃の私には分からず
相手の評価や態度に過敏になり、依存していた。
相手は思い通りにならない別の人間なのに、自分の視点でジャッジして
コントロールしようとしてしまう傲慢さ。
そういう幼い、わがままな自分を乗り越えるための時間でもあったと思う。
夫は夫で、結婚生活に抱いていた夢を捨てて、
育児や生活感を含めた丸ごとの妻や子供を愛し受け入れるという課題は
簡単なものではなかったのだろう。
毎日忙しく働き、家でも協力を求められ妻に頼られ時には愚痴られ…
夫というのは、父というのは、本当に大変な役割だから…。
私を、ダメな嫁であると結論づけ拒絶・非難するという誰もが陥りがちな
精神防衛の壁を時間をかけて乗り越えて、私の苦労や子育ての現実を理解するように
なってくれたことは、素晴らしい進歩だったと思う。
レスは全く解決してない。全然気にならなくなったと言えば嘘になる。
でも、どんなに絆が強固な夫婦も年を取ればいつかは性的なことはできなくなる。
私達は、それが少し(いや、だいぶだけど…)早かっただけ。
お互い、もう一緒にいたくないと思う時もあったけど
離れずに苦しみながら、相手の苦悩も間近で見続けたから
それはほんとにほんとにしんどいプロセスだったけど…
通り過ぎてみれば、思いやりを育むための経験だったとも、解釈できる。
何歳になっても心は成長するし
絆は深めることができる。
きっと、これからもね。