半年ぶりの更新だ。

なぜかって?――またハノイ行きが決まったのだ。

さすがに行きすぎじゃないか? もう5回目だぞ…。


でも仕方がない。毎回「ベトナムめっちゃいいよ!」と周りに話すと、必ず「行きたい!一緒に行こうよ」と言われる。そして断る理由も特にないから、結局こうして何度も行ってしまうのだ。


今回は、職場の上司・先輩・新卒くん、そして私の4人で行くことになった。前にも書いたけど、今の会社の人たちは本当にバケモンぞろいだ。


  • 上司 → 天性の天才。天才が努力するとこうなるんだな、という存在。なぜか私の趣味にも興味を持ってくれている。海外旅行はほぼ初めてらしい。
  • 先輩 → インテリ。頭が切れるので会話が楽しい。海外経験も豊富で頼もしい。
  • 新卒くん → 自由人。でも芯はしっかりしてるタイプ。海外経験もあるらしく、多分大丈夫。



こうして4人旅が決定した。

英語事情でいえば、先輩は普通に話せるし、上司は努力家だからすぐ慣れるはず。新卒くんは未知数だが、言葉が通じなくても妙に意思疎通できるタイプに見える。なので「英語話せない人が2人」という状況も、あまり問題だと思っていない。結局みんな能力値が高いのだ。




さて、前置きはこのくらいにして、本題――宿の話をしよう。


私は毎回同じ宿に泊まっている。「ベトナム旅行・準備編」で書いた例の宿だ。場所はホアンキエム湖の西側、安宿が集まる路地の中。





値段はドミトリーで1泊1000円、個室でも1500円くらい。冷静に考えれば個室のほうがコスパがいいのだが、私は断然ドミトリー派だ。理由は単純で、圧倒的に面白いからだ。


ドミトリーには喫煙用のバルコニーがある。ベトナムはどこでもタバコを吸える国だが、個室だと流石に無理。でもドミトリーなら、部屋を出ればすぐタバコが吸える。すると、世界中のヤニカスたちが自然と集まってくる。


日本人、韓国人、中国人…は当たり前で、ロシア、フランス、アメリカ、イギリス、カナダ…本当に多国籍。見た目じゃ区別できないから聞きまくるのも楽しい。


前回は、アメリカ人・フランス人・ロシア人、そして私(日本人)の4人で一緒にタバコを吸いながら談笑していた。冷静に考えるとすごい光景だ。NATOの親玉とその子分、独裁国家と敗戦国が一堂に会して、ただ楽しく笑ってるのだから。


もちろん彼らは核保有国、常任理事国。拒否権を出されたら私に議決権なんてない。でもそんなことは関係ない。国同士は揉めていても、個人同士は別。そこで「酒を酌み交わせば分かり合える」とか言ってた学生運動の奴らの言葉が、ここに限って言えば意外と間違ってないと思えたりする。


こんな経験が、たった一泊1000円に詰まっている。

――どう?ちょっとドミトリー面白そうって思った?

もし「やっぱ無理」となっても安心。500円足せば次の日から個室に移れる。




最後にホテル周りの環境を少し。

生活には全く困らないほど店が揃っている。ただ、難点は「マックとケンタが遠い」くらい。あと、この辺は基本的に日本語が通じない。私は定宿を日本語対応にしたいと画策中だが、まだ先だろう。


とはいえ名前もないフォー屋や、態度はクソでも物が揃う売店が普通にある。お気に入りをいくつか紹介しておく。


  • Phở Lý Quốc Sư 25 phủ doãn
     旅の始まりと終わりに行くフォー屋。普通にうまいしホテル近い。夜まで営業。
  • Vân Mít Bánh Mì
     私の食卓。ここでバインミーを買って1日を始める。外国人が並んでる方じゃなくて、揚げ餃子みたいなのの隣の屋台。安くてうまい。
  • Omamori Spa Old Quarter
     マッサージ屋。視覚障害者の方が施術してくれる。安くて上手い。エロ要素ゼロ、英語も日本語も対応。
  • Laca 24
     ホテル近くのビアガーデン。味や値段ではなく、店員が良い人ばかり。ノンラー(ベトナムの帽子)をもらったのはいい思い出。



基本的にどこで食べても美味しいし、ホテルのスタッフや地元の人に聞けばさらに良い店が見つかる。ただし、質問の仕方にはコツがある。


「どこのフォーがおいしい?」と聞くと、外国人向けの観光店を紹介されがち。

代わりにこう聞こう。


「今朝、どこでフォーを食べた?」


ベトナム人は朝ごはんを外で食べることが多く、その大半がフォー。だからこの聞き方なら、地元民が本当に通うローカルの店を教えてもらえるのだ。


2日目以降を書く前に 



 私事で恐縮だが、3月の初めに転職した。

 

 正直なところ、思っていた以上に大変で、ブログを書いている暇がほとんどない。 


 行きの電車では日経新聞を隅々まで読み、頭に叩き込む。帰りの電車ではその日の復習と調べもの。



移動中ですら息つく暇がない。帰ってきたら飯食って死んだように寝る。(仕事が残ってれば仕事をする) 


 ではなぜそんなに大変なのにわざわざやっているのか?


今回はそんな話。 



 転職をすると生活が一変する


 これまでの働き方は、週2~3日、朝から翌明け方まで働くスタイルだった。 


 だが今は、平日7時半に家を出て、夜9時ごろに帰宅する週5勤務の生活リズム。


 「時間的には前職より楽なのでは?」と思うかもしれない。 

 しかし、そんなことはない。今はとにかく覚えることが多すぎる。 


 日々、膨大なインプットとアウトプットを繰り返し、1日に何十回とPDCA(計画→実行→評価→改善)を回す。


 仕事を終えて帰る頃には、頭はパンパン、身体はクタクタ。毎日ギリギリの状態で、なんとか戦っている。 



 なぜ、タクドラがコンサルに? 



 「タイトルにも書いたが、私はコンサルティング会社に転職した。」


 …などと書いたものの、自分自身、未だにこの転職が信じられない。


 「タクドラからコンサル」という経歴は、前例が見当たらないのだ。


 同期の中途採用組にいるのは、誰もが知る有名大学の院卒や、元エリート営業マン、有名人の元秘書といった「華々しい経歴」の持ち主ばかり。


 私のように、大学を中退し、工場で1年働いたあと、20代の最後までタクシードライバーをしていた人間は、どこを探してもいない。


 最後のほうは大型車の担当になったり、観光案内をしたり、外国語の資格を取ったりした。 

 タクドラの中では「シゴデキ」な方だったと思う。


 だが、タクドラで優秀だったからといって、コンサルの世界では何の役にも立たない。


 むしろ、会社の中では圧倒的に「能力が低い側」の人間だと実感している。 


 なぜ、自分は採用されたのか?


 入社して2週間、今もその答えがわからない。 


 採用理由を聞いてみても、「適性があった」とか、「能力値が高かった」とか、「コミュ力があるから」とか、抽象的なことを言われるだけで、どれもピンとこない。 


 同期の中で、自分と同じくらいの能力値といえば、新卒のインターンで来ている大学生くらいだろう。



 ただ、その子はこれから社会人として成長していく立場であり、社会人7年目の自分とは「スタート地点」も、「将来の展望」も違うはずなのに、並んでいる。 


 むしろ、社会人経験がある分私の方が能力値は高いはず…なのだが、


「サボり方」くらいしかアドバンテージがないのではないか? 


 そんなことを思いながら、日々の仕事をこなしている。 



「サボる」ことの重要性 



 「サボる」と言うと聞こえは悪いが、私は社会人にとって「いかにして適度に力を抜くか?」が重要だと考えている。 


 ここで言う「サボる」とは、生産性を下げることではない。 

むしろ、生産性を維持しながら負担を下げることが重要なのだ。


 なぜか? 答えは単純だ。 


 疲れるからである。


 人間は疲れると、驚くほどパフォーマンスが落ちる。

 しかし、仕事をこなせる人ほど仕事が集まるものだ。


だが限界を迎えると、ある日突然壊れる。 


 そしてこれが、不思議なことに「パソコンの故障」とよく似ている。

 • スイッチがつかなくなる → 過労死

 • Windowsのロゴが表示されても起動しない → 起きていても何もできなくなる 

 • ファイルやソフトを開けない → 思考力が完全に停止する 

 • 動作中に画面がバグる → 仕事中に突然思考が飛ぶ


 だからこそ、社会人には「適度なサボり方」を学ぶ必要があるのだ。 


 ただし、これは単に「仕事をしない」のではなく、「負担を軽減しながら効率的に働く」という意味である。



 「一緒に頑張ること」の意味 



 同期中途組の中では圧倒的に能力が低い私だが、新卒のインターンの子とは比較的近いレベルな気がする。 


その子もまた、全力で学び、挑戦している。


時に折れそうになり、その度に舞い戻る。 


私もまた、必死に戦っている。

だからこそ、私はその子に何かを「教える」ことはできなくても、「一緒に走る」ことはできる。


そして、自分が「どうやって周囲の中途に追いつくか」を考え、それを実践し、その子にアウトプットすることで、その子が少しでも成功に近づく伴走をし、少しでも会社に貢献できるようになりたいと思う。 

まあ、そもそも私にできることなんて限られてはいるのだが。


 正直、この環境は新卒には厳しすぎると思う。 


 だからこそ、私はその子と共に戦うことができる。


超優秀な同期中途組も、インターンの子も、私にとっては不思議で素晴らしい縁なのだ。 


 中途組からさまざまなことをインプットし、新卒の子にはアウトプットできる。


アウトプットをすることで、人間は覚えられる。 


 私にとってはこれ以上ないありがたい環境である。


 「いかにして追いつくか?」「いかにして成長するか?」それを考えながら、日々戦い続ける。



 「元タクドラが活躍できたら」——前例をつくること 



 コンサル業界には、タクドラから転職した前例はおそらく存在しない。


 特に自分の「経営コン(なのか?)」と言われる分野はほぼいないだろう。


 しかし、私がここで成果を出せば、「タクドラでもコンサルタントとして成功できる」という前例を作ることができる。


 「タクドラだから無理」ではなく、「タクドラでもやれる」と思ってもらうこと。



 それが、私にとっての夢であり、前職の仲間たちから託された夢でもある。



 「大事なのは、どこにいるのかではなく、何をするのかだ」



 これは、タクドラ時代によく言っていた言葉だ。 


 大きな会社や組織に頼りきって何もせず成長を止めてしまう人よりも、小さな会社でも、どんな業種でも「自分に何ができるか?」を考え続け、成長し続ける人のほうが、比べものにならないほど価値がある。 


 スティーブ・ジョブズも、似たようなことを言っていたらしい。 


 “Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do.” 

 (あなたの仕事は人生の大きな部分を占める。そして、心から満足する唯一の方法は、自分が素晴らしいと信じる仕事をすることだ。そして、素晴らしい仕事をする唯一の方法は、それを愛することだ。) 


 私はタクドラという仕事がかなり好きだったし、会社も大好きだった。 


 「いつでも帰ってきていいよ」と前の会社に言ってもらえた。


これ以上ないくらい嬉しい言葉である。 


 だからこそ、今、新しい挑戦ができる。 


 そして、いつか夢を実現した時、次の夢に向かって走り出すだろう。 


 その時、誰かが「自分には無理だ」と夢を諦めかけていたら、 


「あいつができたなら、俺だってできる!」


 そう思ってもらえる存在になれたら、それ以上に嬉しいことはない。


 夢を叶えるのに、生まれや環境なんて関係ない。


もちろん、親の財産を食い潰しながら「俺、実業家なんだよね」とでも言いたげに金持ちごっこを楽しむドラ息子もいるが、そんな連中の有り様はどうでもいい。 


「恵まれた環境がなければ実現できない夢」なんてものがあってはならないということだ。


 そう思うからこそ、今の仕事に全力を注いでいる。 


 大それたことを書いてしまったが、正直なところ、私は天才でもなければ特別な能力があるわけでもない。


むしろ、凡人の中でも特に地道に努力しなければ生き残れないタイプだ。


だからこそ、夢を叶えなければならない。


 ロック・リーやクリリンのように、戦い続けるしかないのだ。


夢はきっと叶う。デアリングタクトのポスターにも書いてあった。


 最後になってしまったが、上記の理由により、今後のブログ更新は遅くなるかもしれない。想像以上に多くの人に読んでもらえて嬉しいのだが、申し訳ない。

Long Day

— 初めての海外旅行が波乱すぎた話。人生で一番長かった日の後半戦。

初めての海外ひとり旅、舞台はベトナム・ハノイ。期待と不安を胸に降り立ったその地で、まさかこんな波乱万丈な一日を過ごすことになるとは、誰が想像できただろうか。



偶然の出会い

バスを降りると、同じく日本人らしきおじいさんがいた。

「え、日本人ですか?」と話しかけると、「ああ、そうだよ」と返ってくる。
偶然にも、彼の宿泊先は私と同じホテルだった。

「妙に海外慣れしたおじいさん」という強そうな仲間をゲット。
(楽しさ 0% → 10%)


↑ホテル行くまでの道中で、タバコも調達


ホテルに着くと、流暢な英語を話すベトナム人の女性スタッフが迎えてくれた。彼女の名前はリンちゃん。
無事にチェックインを済ませると、おじいさんが「ビアホイってのが美味しいらしい」と情報をくれた。

「いやほい? 原宿すか?」

「いやいや、ビールよビール!」

せっかくなので、スタッフに聞いてみると、ホテルの近くにいい店があるという。


↑私はいつもここに飲みに行く。少し高いが何を食べても美味しい。


ベトナムの味、ビアホイ

歩いて5分ほどの店に到着。初めての現地飯とビール。

「美味い! 美味すぎる!」

ビアホイは軽くてフルーティー、延々と飲めそうな味。
チャーハン(コムラン)も絶品。タイ米に抵抗感があったが、現地のプロが作るとこんなに美味いのか。

(楽しさ 10% → 40%)


↑屋台で美味しいビールと海外タバコ。これぞ海外、と言ったところ。


↑コムラン。チャーハンのようなもの。


会計は2人で2500円ほど。ベトナムの物価を考えると高めだが、日本基準なら十分満足できる値段だった。



初めてのベトナムコーヒー

おじいさんによると、ベトナムはコーヒーとカシューナッツが有名らしい。

試しにホテルの近くの屋台でベトナムコーヒーを注文。練乳をたっぷり入れるのがベトナム流らしい。飲んでみると…

「う、うまい…!」

甘さと苦さが絶妙なバランス。これはハマる。

そんなコーヒーを飲みながら、おじいさんの旅話を聞く。

・南極以外の全大陸を制覇
・南米やアフリカで身ぐるみ剥がされた経験あり
・タイで合法になった「謎の草」を吸うために来た

「…なんかすごい人と出会ったな」



まさかの展開

すると、隣に座った20代の日本人男性が、袋から緑色の何かを取り出し、紙に巻き始めた。


↑外国人が多くいる場所。コーヒーは非常に美味しい。


「お、日本人ですか?」

「あ、はい。今日初めてハノイに来ました!」

「おお、初々しくて楽しそうですねえ」

その時、おじいさんが彼を指さして一言。

「それ何?」


いや、おじいさん、それ俺が一番聞きたかったやつ!!


「これ? いや、草ですよ」

あっ……(察し)


すると、おじいさんが「ベトナムでもOKなんだ!」と興味津々。

「いや、ダメっすよ。でも警察にチップ渡せば喜んでくれるんで」

ん? 警察にチップ?
それってワイr…いや、海外って感じだなぁ。


この後、チップの支払い証明書という話が出てくるのだが、あえてここには書かないことにする。
アングラ系の記事を書くことがあればまたその時にでも…
 

そして衝撃の一言が飛び出した。
「これから草売ってくれる人の家行きますけど、行きます?」

……は??? こっわ。

と思ったら、おじいさんが「んじゃ買いに行くかあ」と立ち上がる。

えっ、行くの? いやいや、絶対ヤバいやつじゃん。
でも興味が勝ち、ついていってしまう私。
地味に楽しい。ガチの冒険感が出てきた。
(楽しさ 40%→60%)



"干し草"の値切り合戦

案内されたのは、まさかの一般住宅(というか、路地の奥にあるちょっと大きい家)



棚の中から大きな袋が出てきて、値段交渉が始まった。

「値切りを楽しんでこい!」とは聞いていたが、まさか最初に見る値切りが"干し草"の値切りとは…。

そして購入後、みんなで音楽をかけて踊りながら吸い始める。もうカオス。


私はさすがに手を出さず、代わりに「555」という日本では免税店くらいでしか売っていないタバコを吸っていた。

だが、急激な眠気に襲われ、タクシーで宿へ帰還。



長い、長すぎる1日

なんとかシャワーを浴び、ベッドにダイブ。

朝から始発で動き続け、まさかこんな結末を迎えるとは…。
間違いなく、人生で最も長い1日だった。

(時差の関係で物理的に1日が長いのもポイント)

こうして、ベトナム1日目の幕が下りた。
すでに波乱万丈すぎるが、これはまだ始まりの1日に過ぎなかった——。