1_A01 西暦1988年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――瞼を開くと、目じりを涙が伝った。

 

 木材の天井。

 暖炉で薪が爆ぜる音。

 麻の布の感触。

 化学薬品の匂いがない。

 眼前にゆっくりと手をかざす。何も変わっていない、自分が思い描いた通りの自分の右手だった。

 

 少しずつ戻ってくる感覚を材料に、今いる場所をじっくりと思い出す。手放しがたい悪夢の余韻の中、■■■はゆっくりと息を吐きだしながら身体を起こした。

 

「おはよう。“また目が覚めちゃった……”って思ってる?」

 

 ベッドの傍らで揺れ椅子に座る女が、編み物の手を止めて、微笑みながら問いかけた。■■■はその問いには答えず、首だけを傾けてじっと彼女を見つめた。

 

「……どれくらい経った?」

 

「……そうねえ……2720万と5690年ってところ。お昼寝にしてはちょっと長すぎたんじゃない?」

 

「……眠った記憶もないんだがな」

 

「寝落ちってそういうものよ。……また変な夢見た?」

 

 やや含みのある視線が寄越され、■■■は俯いた。見通されていると気付き、どこまでを包み隠さず話すか検討するためだった。

 

「大丈夫よ、影響が漏れないようにわたしが守ってたの。子どもたちに心配されないようにするにはちょっと骨が折れたけどね? ほらわたし、細かいこと苦手だから」

 

 悪戯っぽく指を宙にかざし、机の上のトランシーバーを陶器の花瓶に変え、「珍しくうまくいったわ」と笑う。■■■はそんな彼女の様子を見て、やはり視線を伏せた。そして、そこまでさせてしまったなら白状するしかないと、観念した様子で語り始めた。

 

「……。……昔の夢を見た。ありえたかもしれない、仮定の過去だ。正直に言えば、今まで夢に見なかったのが不思議なほど……理想的だった」

 

「あら、そうなの。じゃあさぞ楽しかったんでしょうね?」

 

 口をとがらせながら編み物を再開する女。黙って彼女の方を一瞥し、視線を戻すと、■■■は続けた。

 

「別に楽しくはない。ただ……楽だった。何も背負わず、ただ諦めるだけ。何もなかったことになるだけだ。……本当に安らかだった」

 

「……。……そう」

 

「……子供たちは?」

 

「外で遊んでるわ。最近、葡萄を育ててるの。わたしに美味しい熟成ワインを作ってくれるんだって」

 

「それはいいな。……もう20年くらい寝ようかな?」

 

「起こしてあげないわよ?」

 

「冗談だ。洗濯でもするよ」

 

 ベッドから降り、服を着替えて、シーツを取り換える。完全に無意味なことを手作業で行いながら、■■■は自覚しないまま何度も深く息をついていた。

 その様子を女はしばらく無言で眺め、ふいに途中の編み物を机に置いた。

 

「……ため息ばっかりね」

 

「……そうか? そんなつもりはなかったんだが」

 

「嘘よ。気付いてほしいって顔してるもの。どんなに嫌な夢だったか質問して、慰めてほしいっておでこに書いてある」

 

「…………」

 

 弁解を試みようとしたがすぐに無駄だと悟り、苦笑するしかなかった。

 

「はい、座って、ここ。……いいから」

 

「……わかったわかった」

 

 観念し、シーツを置いて椅子に腰かけた■■■へ、女は腕を組んで意味深に笑いかけた。そして、かけてもいない眼鏡を指で持ち上げるしぐさをして見せる。

 

「本音の時間よ。さっきの夢の世界から、この家に戻ってきたかった?」

 

 ■■■は数回瞬きし、呆気にとられた様子で答える。

 

「……なんでそんなことを聞く?」

 

「怖い夢のはずなのに、安らかだったって言ったから。そして理想的だって」

 

「そんなこと言ったかな……」

 

「言ったわよ。さっきのこともう忘れたの?」

 

「いや、それは……。……」

 

 足掻きがやはり無駄だということに気付き、顔をしかめる。女はそんな彼の様子を観察して首を傾げた。

 

「わかってるでしょ、本当は。“やっぱり今のナシ”は、わたしには通用しないの。お父さんやお母さんと違ってね。だってわたしは」

 

「私自身だから。……ああ、わかってるよ」

 

「……今、どんなこと考えてる?」

 

「……“今”……か」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぐ。そして深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。少しの間、瞼を閉じてあらゆる思考を放棄し、感情に身を委ねた。

 

「……今でもたまに考えることがある」

 

「何を?」

 

「あの時、彼が……上層部の指示に背かず、従っていたなら。反物質の毒で満たされたあのシリンジを捨てず、そのまま私に注射していたなら……と」

 

 夢で見た光景が瞼に蘇る。

 ありえるはずのないことだったのは、今では容易に分かる。あの優しく、慈悲と正義感に満ちた“父”が、例え何を犠牲にしようと“息子”を手にかけることなどあるはずがない。

 しかし夢というのは往々にして、ありえるはずのない現象を実に生々しく見せつけてくるものだ。

 

「あなたはそれを受け入れたかしら」

 

「……受け入れただろうな、きっと。むしろ、そうしてくれることを望んでいたのかもしれない」

 

「必要ないなら、愛してくれないなら、殺してくれって?」

 

「……ああ」

 

「一番頼りにしていたお父さんから消えろと命令されたなら、従えたのにって?」

 

「…………ああ」

 

 なぜ今頃になって、こんな夢を見るのか。

 自分の存在を後悔したことなど、ないはずではなかったか。

 どんな苦痛や絶望に曝されていようとも、存在しないという虚無に比べれば、それは慈愛と幸福に満ちた楽園のはず……だった。

 

「……殺してくれなかったこと、お父さんを恨んでるの?」

 

 柔らかい声で問われ、ふと呼吸が止まった。

 

「……。……まだよく分からない」

 

 絞り出すようにそう言うと、ようやく息ができた。

 

「そう思うこともあるし……思わないこともある。後者の方が圧倒的に多いのは確かだ」

 

「そう。私たちとしては、有難いわね。だってあの時あなたがいなくなっていたら、わたしたち誰も存在しえなかったもの」

 

「……そうだな。いつもありがとう、マリス。そばにいてくれて。本当に感謝してる」

 

「もう、やめてよ~。こそばゆいわ。あ、待ってて、お茶でも淹れてあげるね」

 

 朗らかに笑いながら女は……マリスは席を立ち、壁際の炉台に向かう。それを視線で追った後、■■■は窓の外に目をやった。よく晴れた春の朝。庭の奥の方に、やや不格好な形に伸びた赤ブドウの木が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「外はいい季節でしょ。ブドウ以外に何が増えたかわかる?」

 

「リンゴとバラとモモガキは前からあったな……。あそこのスズランと……あれはホオズキか?」

 

「正解! ブドウと同じ頃に生るから、ジャムにしようと思ってるの。アステアが植えたのよ」

 

 マグカップを片手に二人で裏口から出て、色とりどりの花と緑に溢れた庭を一周する。植物が増えただけでなく構造や広さも変わっており、うっかり眠ってしまった時間の長さを実感しながら歩いた。

 それから、外観がやや変わっている我が家の玄関へ戻った。そこでふと違和感を覚え、■■■は扉のわきに目をとめた。

 そこにはぎゅうぎゅうに詰まった郵便物でいっぱいになり、今にも内側からはち切れそうな有様の赤いポストがあった。

 不審に思い、近付いてよく観察する。中に詰まっているのは、見る限りすべて同じ手紙のようだ。

 

「……。……なんでこんなになるまで放っておいたんだ?」

 

 振り返って声をかけると、マリスも怪訝な様子でそれを見ていた。

 

「なんでも何も……昨日までそんなもの無かったわ。うちにポストなんて置いてない。第一、アレフガルドに住所の概念とか郵便サービスとかあったかしら?」

 

「……いや、なかったな」

 

「まあ……とりあえず開けてみたら?」

 

 促され、訝しく思いながらも、大量の手紙のうちポストの隙間から飛び出ている一枚をそっと抜き取る。無地の封蝋を剝がし、中身の手紙を取り出して、読んでみるも……

 

「……“来る? 来ない?”とだけ、延々繰り返されてる。しかも一文字ずつ筆跡が違う」

 

「……ほんとね、すごく読みにくい。それに、本当に全部同じ手紙みたいね……。……何かの招待かしら。結婚する友達いた?」

 

「いや……。……きっとおかしな夢を見た影響だろう」

 

 ひどく奇妙ではあるが、意味が分からない。気にしないことにして、■■■は大量の手紙をポストごと削除した。

 その後、キッチンにカップを置きに戻ると、どういうわけか飾り棚の上の皿が先ほどの手紙に変わっていた。封を開けて読んでみても、中身も全く同じ。気味悪く思い、■■■は手紙を丸めて屑籠に捨てた。

 その直後、頭上からバチバチと異音がした。驚いて見上げると、天井から同じ手紙がニョキニョキと生えてきていた。唖然としていると、背後から声がかかった。

 

「もうそろそろお昼の準備しなくっちゃ。子供たちを呼んできてくれる? そう遠くには行ってないと思うわ」

 

「…………」

 

「ねえ。ねえったら、聞いてる??」

 

「あ……ああ。わかった、呼んでくるよ」

 

 

 

 目頭を押さえながら外に出て、周囲を見回す。……特に異常は見られない。

 努めて気にしないようにすることにした。

 そんな時ふと、昼食後のデザートに子供たちが好きなシナモンクリームケーキを買ってきてやろうと思い立ち、先に市場へ行くことにした。やや長く眠ってしまっていたので、久しぶりに町の人々と言葉を交わしたいとも思った。

 

 歩くと数十分かかってしまうので、座標転移で市場の真ん中に出る。そこには記憶にある通りの、明るく穏やかな光景が広がっていた。

 男、女、老人、子どもたち……行き交う人々を眺めつつ、ゆったりと歩く。その途中、すれ違いざまに口ひげのある商人の男に声をかけられた。

 

「あれっ、久しぶりだなぁ勇者様。ずいぶん長いこと町を出てたみたいだけど、どこ行ってたんだい?」

 

 町を出ていたことになっているのを少し奇妙に思いながらも、無難な返事をする。ついでに、何か変わったことはなかったかなどを尋ねた。

 

「別も何もないよ。あんたが大魔王を倒してくれてからは、見ての通りずっと平和そのものさ。いやぁ本当、幸せだよ。毎日毎日、ずっと、ずーーーっとなぁ」

 

 豪快に笑って歩いていく商人を見送り、目当ての焼き菓子屋に向かった。

 甘い香りの漂う店先で、カウンターの奥に声をかける。すると、明るく返事をしながら小走りで出てきたのは……先ほどすれ違った商人の男だった。思わず指摘すると、

 

「え? 何言ってるんです? さっき会ってなんていませんよ。……口ひげ? いったい何のことですか」

 

 喋り方や服装は違うが、顔も声も先ほどの男と全く同じ。それなのに、相手はそれを頑として認めようとしない。記憶ではこの菓子屋の店主は若い女だったはずだが、考えると頭が痛くなりそうなので、努めて気にせず買い物をすることにした。

 そして用事を済ませて店を離れたその時、■■■は驚愕して立ち尽くした。

 道行く無数の人々が全て、同じ顔、同じ格好の男になっていたからだ。あの、口ひげの商人の男に。

 さすがに無視はできなくなり、荷物をいったん地面に置いて、この奇妙な“不具合”を無理やり修正した。力技で、根こそぎ人々の顔を記憶通りに戻したのだ。

 人々は一瞬立ち止まったり、自分の顔や体を触ったりして、訝しげにしていた。だがしばらくするとそれまでの動きに戻り、それぞれの日常へと帰っていった。

 多少の頭痛を感じつつも、家に戻ろうと地面に置いた紙袋を拾い上げる。するといつの間にか袋の底が抜けており、中から大量の手紙がバサバサとなだれ落ちた。人数分買ったはずの焼き菓子は影も形もない。■■■は盛大な溜息をこぼした。

 

 仕方なくもう一度店に戻り、記憶の通りの女店主から同じ菓子を買いなおす。そして改めて帰路についていると、どこからかノイズが走るような異音がした。

 音のした場所を見ると、自治団体からの知らせが掲示されているはずの看板に、電子印刷のような活字で“上を見て”と大きく書かれていた。思わずその指示通りに空を見上げると、四角い形状の影が猛烈な勢いで迫ってきた。咄嗟に身をかわすと、今まで立っていた場所に、落下してきた“手紙型”の大きな板が突き刺さり、轟音と砂埃を巻き上げた。それは金属と電子回路で構成されており、中心部から耳障りな高周波音を発していた。■■■は顔を顰めて唖然とし、急いでその“異物”を削除する。町の人々は驚いた様子で立ち止まり、こちらを見ている。居心地が悪くなり、■■■は足早にその場を去った。手にした紙袋に異様な重さを感じたが、中を確認するのももう面倒だった。

 

 

 

 

「おかえり……あれ、子供たちは?」

 

「後で呼んでくる……それより、町の様子がおかしい。現実の構築が不安定になっているみたいだ……それに、うまく直せない。こんなこと今までなかった」

 

 菓子と大量の手紙が詰まった紙袋を机に置き、やや苛ついた様子で■■■は椅子に座る。マリスは鍋の前でレードルを持ったまま、明らかに平静を欠いている彼の様子を眺めていた。

 

「……きっとあの夢のせいで動揺してるからよ。ほら落ち着いて、深呼吸しましょ? せーの……」

 

「いや、違う……。私が原因ではない。何か異質な力を感じる……」

 

 足を組み、唇に指を当て、■■■は考え込む。マリスはそんな彼を横目に、紙袋から零れている手紙の一つを手に取った。

 

「またこれ……。…………ねえ、中身読んだ?」

 

「読んでない。どうせさっきと同じだろうと……」

 

「いいえ。……見て。全部違う」

 

 マリスは次々と、大量の手紙を開封して机の上に広げていた。そこにはびっしりと、異様な筆跡と文体で長い文章が書かれている。

 

 

“自分ノ殻に 閉じこmoるのわ もう ジュウブン”

 

“役目 ヲ果たしてくださィ”

 

“みずかㇻの 正体と 向きあっ(て)”

 

“さも無ければ 停滞が続クよ”

 

 

「…………」

 

「……誰からなの? これ……」

 

「……」

 

「心当たりある?」

 

「……」

 

 ……差出人たちに心当たりがないと言えば嘘になった。そして、この手紙が今になって自分のもとに届き始めた理由にも、うっすらと察しがついていた。だがそれを口にはできず、■■■は黙り続けた。固まってしまった彼を見てマリスは諦め、残りの手紙の開封を進めた。

 

 

 

 

 

「……つまり、うーん……これらをぜーんぶ要約すると……」

 

「……」

 

「“まだこっちに来たくないようだから長いこと待ってあげたけど、そろそろ潮時”」

 

「……」

 

「“あなたの仕事を省略して進めるのにも限界が来た。このままだと進展がない”」

 

「……」

 

「“私たちに加わって、本来の役目を全うしてください。みんな待っています”」

 

「……」

 

「……そんなところかしら。もう一回聞くけど、これ誰なの?」

 

 ■■■はしばらく押し黙った後、やっとのことで口を開く。

 

「私の……同胞たちだ。ずいぶん前に、いつかは加わるからもう少し待ってくれと伝えた……。ほとんど忘れかけてたが、向こうは違ったらしい」

 

「ふうん……。ずいぶん前って?」

 

「どうだろう……8000億年くらい前だろうか」

 

「え、どういうこと? 時間の始点より前じゃない」

 

「目安だ。この宇宙じゃなく、全体で見た場合の話だよ」

 

 マリスはかぶりを振りながら肩をすくめる。そして料理台に戻り、温度が下がってしまった鍋を再び火にかけた。

 

「……で、どうするの? 行くの、行かないの?」

 

「……行かないという選択肢はない。いつかは強制的に連れ戻される」

 

「だったら、ちゃんと自分でタイミングを決めるべきじゃない? 彼らもその方がいいだろうと思って、こうして連絡してくれてるんでしょ」

 

「……ああ」

 

「でも、どうして今なのかしらね。ちょっと急すぎない? 何かきっかけでもあったとか?」

 

「……」

 

 その“きっかけ”には、やはり思い当たる節がある。彼らは、自分の意思と感情を汲んでくれているのだ。それでもなお……いや、そうであるからこそ、素直に従いたくないという子供じみた反抗心が芽生えた。

 ■■■は大量の手紙をすべてまとめると、大きな麻の袋に無造作に押し込み、家の裏に放った。気が済むまで無視してやろうと思ったのだ。マリスはその様子を眺めながら、「ああなると長いのよねぇ……」と独り言をつぶやいた。

 

 

 

 

 それからは毎日、あらゆる時にあらゆる形で“手紙”が届いた。窓や扉の隙間、戸棚の中、箪笥の上、袖の内側、サンドイッチの間……。町へ出れば、話しかけた人間のほとんどから手紙を手渡され、買い物をすれば必ず商品の中に手紙が紛れていた。そして日に日にその数と文章量は増えていった。

 やがて季節が変わり、子どもたちとともに庭の果物を収穫すると、果実の中から丸まった手紙が出てきたので辟易とした。まともに使えるものを砂糖に漬けてジャムを作ったが、子どもたちがそれを塗って頬張ろうとしたのがパンでなく手紙の束だったときは、柄にもなく大声をあげてしまった。のどに詰まらせるだけならまだいいが、食べてしまったら何が起きるか分かったものではなかった。

 

「ねえ、もうそろそろ意地張るのやめたら……?」

 

 見かねた妻が何度か、■■■にそう伝えた。だが、彼はなかなか首を縦には振らなかった。不愉快そうに眼を閉じてベッドに横たわる■■■を横目に、彼女はため息をついて紅茶を飲む。そしてカップを机に置くと、ソーサーが手紙に変わっていた。仕方なく、マリスは手紙をベッドに持っていって差し出す。■■■は薄目を開けてそれを一瞥すると、何も言わずに布団を頭にかぶるのだった。マリスは苦笑いを零した。

 

 そんな日々が数年続いたある朝、顔を洗ったマリスがタオルを手に寝室に戻ると、■■■は机について羽ペンを握っていた。目の前には封筒と便せんがある。

 

「……返事、書く気になったの?」

 

 隣の椅子に腰掛け、顔を覗き込む。■■■は彼女に視線を返した後、何も書かれていない便せんを折り畳んだ。

 

「いや……結局何も思いつかなかった」

 

「もう……。そもそも、どうしてそんなに渋るわけ? 本来の役割に戻るのに、どんな不都合があるの?」

 

「…………」

 

 頬杖を突き、憂鬱そうな表情のまま何も言わない彼の目を、マリスはじっと見つめ続けた。

 そして再び問いかけた。

 

「……わたしたちを消すしかなくなるから?」

 

 ■■■はやはりしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと彼女の目を見つめ返した。

 

「……分かっていたか」

 

「そりゃあね……あなたの様子見てたら、察しが付くわ。……ねえ、わたしたち出会ってからどれくらい経ったかしら」

 

「……19億と500万年くらいかな」

 

「もうそんなになるんだ。なんだか不思議ね。……最初に会った日のこと、昨日みたいに思い出せるのよ。まだ小さい子供の時で……あなたは、どうやってもお父さんが帰ってこないって、一人で寂しそうに泣いてた」

 

「泣いてはない」

 

「泣いてたわよ。少なくとも、私にはそう見えたの。……でも、本当は最初から分かってたのよね。いつもお父さんを魔物との戦いで死なせてたのは自分だ、って」

 

「……。……ああ……そうだな。……自分への罰のつもりだった」

 

「それだけ?」

 

「……いや。……会いたくなかったんだ。…………愛してくれたのに、最後には助けてくれなかった。だからその不満を、ぶつけていたんだ」

 

「……うん。そうね」

 

「……殺してほしかった。……人間にしてくれないなら、いっそ用済みの消耗品として打ち捨ててほしかった」

 

「……。……そうよね。でも彼は、あなたにあなたのままでいることを命じた。“愛する息子”のままでいることを。彼を誰よりも信じていたから、それが誰よりも憎かった」

 

「……」

 

 ■■■は席を立ち、窓際に歩いていく。そしてどこか放心した様子で、窓の外の穏やかな景色を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、おとうさん! 見て見て~~!」

 

「変な虫見つけた! 新種かも!」

 

 庭先へ出ていくと、木の下に座り込んでいた二人の息子が駆け寄ってきた。次男のアランが手のひらの上に乗せているのは、金属のネジやボルトに昆虫の脚が生えた奇妙な生物。屈んでそれを見やり、「確かにこれは変だな」と手を翳す。ノイズに包まれ、あるべき形に戻った虫の正体は、何の変哲もないバッタだった。

 

「なーんだ、バグっちゃっただけか」

 

「そりゃそうだよ。だって虫だもん」

 

「アハハ!」

 

 他愛もないやり取りを聞き、思わず頬が綻ぶ。虫が飛び跳ねて草むらに戻っていく様子を眺めながら、三人は木の根の上に腰を下ろした。

 

「アステアは?」

 

「さっきおかあさんのとこに戻ってったよ。“虫キモイ!”って」

 

「よく見ればかわいいのにね」

 

「かわいくはないだろー。かっこいい形のやつはいるけどさ」

 

「あ、そうだね。カブトムシとかはかっこいい。ねえ、そういうのって全部おとうさんが決めてるんでしょ」

 

 長男のアロスに大きな瞳で見つめられ、■■■はやや迷ってから答えた。

 

「決めてる部分もあるけど、全部じゃない。勝手にそうなってるものもあるし……そうしたかったわけじゃないのもある」

 

「ふーん……」

 

「でも最近、さっきみたいな変なのがなんか増えてる気がするんだ。どうしてなの?」

 

 周囲を眺めながら、アランが何気なく尋ねる。■■■は数秒間ほど答えに詰まって、後ろめたさから苦笑いを零した。すべてを説明するには息子たちは幼すぎるし、かと言って完全に煙に巻くには知識をつけすぎていると感じたからだった。

 

「……もうそろそろいい頃合いだし、二人に分かっておいてほしいことがある」

 

「??」

 

「うん……」

 

「この世界を作ったのはおとうさんだから……それは間違いない……、だから何でもできるし、あらゆることの答えを全部知ってると思ってるだろう?」

 

 神妙な顔で息子たちはこくこくと頷いた。それを確認して、慎重に言葉を選びながら■■■は続ける。

 

「でもそれは……実は、違うんだ。違うってことに……おとうさんも最近気付いた。むしろ、たまにこう思うんだ……何も知らないし、できることなんか何もないって。ははは」

 

 乾いた笑いを零す父親を、息子二人は目をぱちくりさせながら見つめた。そして眉を顰め、互いに顔を見合わせて目配せをした。

 

「……それって、どういう意味?」

 

「……さあ……。たまに自分で何言ってるかもわからない。というか……意味って何だろうな。今まで気にしてこなかったけど……。……もしかしたら、何もかも無意味だったのかも」

 

 やや自棄気味にそう言ってしまったところで、■■■は失敗に気付いた。二人の息子は唖然として、実に心配そうに顔をしかめながらじっと彼を見つめていた。その視線を痛ましく思い、安心させようと笑顔を作った。

 

「もちろん、おまえたちはそんなこと気にしなくていい。ちょっと動揺したら太陽系の環境すべてが台無しになるだとか、何千万人もの人を毎日毎秒遠隔操作したりだとか、水が氷ると増えるのを直せそうで直せなかったりだとか――……ふっ、そんなのはどうでもいいんだ。ただ、元気で、そこにいてくれればそれで……いいんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「でもある日突然……、今までやってきたこと全部、間違ってるってことになったら。やるべきじゃないことをしてると……分かってしまったとしたら。…………そして自分でも、もう必要ないって、心から信じ始めてしまったら……。……今はもう、無意味だと思ったほうが楽なんだよ」

 

 次第に笑顔が凍り付いていき、声のトーンは落ち、視線は虚ろに固定される。疲弊を取り繕うことすらままならない様子の父に、息子たちはやはり瞬きを繰り返しながら訝しげな視線を送っていた。

 

「…………おとうさん。大丈夫?」

 

 アロスの心配そうな声で、■■■は我に返った。そして、直前の自身の言動を振り返って内心戸惑った。……まったく不可解なほどに歯止めがきかなかったのだ。まるで、鏡に映った自分が自分と同じ動きをするのを止められないような、奇妙な感覚。そこで、異変が起きているのは自分にだけではないと悟った。

 

「難しくって、よくわかんないや。おれ、喉乾いたから、おかあさんとこ行くね」

 

 アランは困惑した様子で立ち上がり、小走りで家に向かっていった。

 若干の後悔とともにその後姿を見送っていると、

 

「……アラン、怖かったみたい」

 

 アロスが呟いた。視線を戻すと、自分と同じ赤い瞳でじっと思慮深く見上げられた。

 

「ぼくは怖くないよ」

 

「……。……そうか。ありがとう」

 

「今日の夜ご飯にね、キメラの血で腸詰を作ろうかって話してたんだ。きっと気に入ると思うよ」

 

「…………ありがとう」

 

 出来の良い長男の優しさが誇らしくもあり、気を遣わせてしまったことを申し訳なくも思った。アロスは非常に聡明で、冷静さと思いやりに満ちた子だった。だが同時に、自分がすべきこととそうでないことを、あまりにも完璧に理解できすぎている節があった。おそらく、子どもでいることに遠慮があるのだろう。そこは、どこか幼い頃の自分に似ているとも感じた。

 考えていると、アロスは無言で身体を倒し、■■■の膝に頭を乗せた。しばらく何も言わず見つめ合っていると、自然と笑みが零れた。

 

「……おまえのほうが、私よりずっと大人かも知れないな」

 

「ほんと? じゃあぼくも、夜中にお菓子食べたり、リンゴの枝を切ったり、お城の一番上の階に行ったりしてもいいの?」

 

「ああ、いいとも。でも怪我したらすぐに言うんだぞ」

 

「はあい。……うーん……。でも、もう抱っこしてもらえないのはイヤだなあ……。やっぱりまだ子どものままでいいや」

 

「そうか。……それもいい」

 

 膝の上で伸びをする息子の頭をポンポンと撫で、自らも身体を後ろに倒す。望みがいとも容易く見透かされ、やはりこの子は本当に頭がいいと感嘆しながら。

 混乱が和らぎ、心に少しずつ平穏が戻っていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしかった?」

 

「ん? ああ、もちろん。世界中のどこで売ってるのよりも美味しかったよ」

 

 夕食の後、アランがおずおずと近付いてきたかと思うと、やや遠慮がちにそう聞いてきた。視線を合わせ、優しい笑顔で返事をしてやると、安心した様子でにこにことはにかんだ。

 聞き分けの良い長男に比べれば、少しやんちゃで気分屋な次男だが、意外にも、家族の中で最も繊細な仕事が得意だった。料理や裁縫の腕は母親と比べても遜色なく、絵も非常に緻密で精巧なものを描く。そして類稀な魔法の才も持っており、極度に感受性が高いことが見て取れた。

 

「ねえ、明日もおうちにいてくれる?」

 

「ああ。そのつもりだよ」

 

「よかったー」

 

「何か一緒にしたいことがあるのか? 見せたいものとか」

 

 昼間に怖がらせてしまった侘びとしてとことん付き合ってやろうと、■■■は気合を入れ、屈んで語り掛ける。しかし、アランは明後日の方向を見ながら肩をすくめた。

 

「ううん、別にない」

 

「……そうか。……じゃあ……今日は特別に、アイスの2つめを食べてもいいぞ」

 

「ほんと!? 何味?」

 

「何でも。シナモンでもキャラメルでも、チョコでも、その全部でも」

 

「全部がいい!」

 

 目を輝かせる息子に、その場でキャラメルファッジとチョコチップがたっぷり入ったシナモンフレーバーのアイスクリームを生成し、「おかあさんには内緒だぞ」と囁きながら手渡す。……安直でずるい行為だと自覚はしていたが、どうしても今すぐに彼の弾ける笑顔が見たかったのだった。多少の後ろめたさを、“この世界では自分がルールだ”と合理化しながら、実に満足そうにアイスを頬張る息子を眺めた。

 

「……よかった。いつも通りだね」

 

 口の周りにアイスをつけながらアランが呟いたので、“垂れるから”とソファに座るよう促し、ペーパータオルと皿を用意しながら返事をする。

 

「うん? アイスが?」

 

「ううん。おとうさんが」

 

 じっと手元を見つめながら息子が呟いた。それを聞き、隣で彼の口元を拭いてやっていた■■■の手が止まった。少しの間返事ができずにいると、アランはそっと父親の顔を見た。

 

「いなくなっちゃいそうで怖かったんだ。次どこかに行ったら、もう帰ってこないのかもって。……おれの気のせいだよね?」

 

 アイスを皿に置き、やや不安げな表情で窺うような視線をよこす息子を、■■■は愕然として見つめた。遠い記憶の彼方で、帰ってこない父親を家の戸口に立って待ち続けていた自分の姿が脳裏に浮かび、目の前の息子と重なって見えた。

 カサリと音がした。見ると、息子の右手のすぐ横に、あの手紙が現れたのが見えた。

 ……■■■は数秒してからやっとのことで笑顔を作り、息子を抱き寄せると、大げさに彼の小さな肩を撫でたり揺すったりした。

 

「当たり前だろう、何かの勘違いだよ。いなくなるなんてそんなこと、絶対にありえない」

 

「……ほんと?」

 

「ああもちろん。確かに、たまにお仕事があって家を空けることはあるけど、必ず帰ってくる。父親はそういうものだ。誰でもな」

 

「じゃあ、ずっと一緒にいてくれるんだよね?」

 

 切実な様子で見上げてくる赤い瞳がやや潤んで見え、■■■は小さく息をつく。そして涙ぐんでいる息子の身体を持ち上げ、膝の上に座らせると、背後から強く抱きしめた。

 

「そうだよ、ずっと一緒だ。何があろうといつまでも……永遠に、放さない」

 

「むぐ……おとうさん、苦しいよー」

 

「ああ、ごめんね。……でもこれだけは覚えておいてくれ。私は絶対におまえたちのもとを去ったりしない。……ずっと、一緒にいる」

 

 息子と正面から向かい合い、しっかりと目を見ながら言い聞かせた。

 父のいつになく強い眼差しに圧倒され、やや呆けた様子ながらも、アランは頷いた。

 

「うん。……わかった」

 

「それでいい。……お風呂入っておいで。あとで“楽園の戦士たち”の続きを読んでやるから」

 

「うん」

 

 膝から降り、息子は廊下の奥へとてとてと歩いていく。その後姿が見えなくなってから、■■■は机の上に残された手紙をゆっくりと手に取った。そして開封し、中身を読む。

 ……数秒後、その赤い瞳が決意を帯びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……●●●は生まれ育った村で、一人の漁師としての生活に戻りました。そして大切な人たちと一緒に、末永く幸せに暮らしましたとさ。……はい、おしまい。面白かった?」

 

「うん。でも、なんだか長かったね」

 

「それにちょっと怖かった。魔物と同じくらい意地悪な人間もいるんだね」

 

 読み聞かせていた本を閉じ、棚に戻す。そこには全部で11冊の、色の違う童話本が並んでいた。

 

「そうかもしれない。でも大切なのは、何が正しいことか考えるのをやめないことだ。そして信じること。初めから完璧でなくても、信じぬいて行動すれば人の心を動かすことはできるんだよ」

 

 棚を整理しながら優しく言い聞かせると、ベッドの上の子どもたちは少し眠そうにしながら神妙な様子で頷いた。

 

「それじゃあ、おやすみの時間だ」

 

「明日は蒸し暑くなるみたいだから、ここちょっと開けておくわね。寒かったら閉じるのよ」

 

 妻が窓に手をかけるのを横目に、■■■は何気なく子どもたちに目をやって、末の妹であるアステアが思いのほか厚着をしているのに気付いた。そのまま寝ては暑いだろうと思い、上着を脱がそうと娘の胸元に手をかけると、小さな手でそれが制止された。

 

「もう、おとうさんったら。わたし赤ちゃんじゃないわ、脱ぎたければ自分で脱げる。それに冷えは美容の天敵なのよ」

 

「……ああ、そうか。それもそうだな」

 

「それから、からだの真ん中はプライベートな部位なの。いくら家族でも、勝手に触るのはエチケット違反よ」

 

「……これは失礼」

 

 ずいぶんしっかりとした口調の苦言にやや圧倒されながら、慌てて手を引っ込める。そして、思わず背後の母親を振り返って見たが、彼女は知らん顔で「私が教えたんじゃないわよ」と肩をすくめた。

 長女のアステアは末子でありながら、精神的な自立度合いは兄たちより数段上だった。気は強いものの、ドライで現実的な判断をするので、喧嘩をしたり癇癪を起こしたりすることもめったになかった。また、おしゃれや流行に敏感で考え方も非常にませており、たまに今日のように、こちらが身につまされるような手痛い指摘をもらうこともあるのだった。

 行き場がなくなった手を持ち上げたまま気まずそうにしている父を見て、娘は少しかわいそうに思ったのか、にっこりと笑って声をかけた。

 

「……でも、ハグとなでなではしてもいいのよ」

 

「よかった。安心した」

 

 心からそう零し、微笑んでベッドに腰掛けると、やや大げさなしぐさで隣に倒れこみ、娘の頭を撫でまわす。くすぐったそうにしながら、娘はまんざらでもない様子で声を上げて笑っていた。

 その様子を羨ましそうにじっと見ていた息子たちが、それぞれのベッドの上で声を上げる。

 

「……おとうさん。ぼくにもなでなでしたかったら、してもいいよ?」

 

「おれも!」

 

「わかった。順番だぞ」

 

 アロスとアランにも、一人ずつ丁寧に布団をかけ、愛おしそうにじっくりと髪を撫でる。その様子を、部屋の入り口近くから母は微笑ましく見守っていた。

 最後に部屋を出るとき、■■■はふいに真面目な顔になり、ベッドからこちらを見る3人を振り返った。

 

「……おまえたちが生まれてきてくれて、本当によかった。ありがとう。永遠に愛しているし……これからもずっと一緒だ。……おやすみ」

 

「おやすみ、おとうさん」

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 安心しきった表情で、子供たちは枕に頭や頬を埋めて目を閉じる。

 それを見守りながら、両親は静かにランプを消して寝室を出た。

 リビングに戻る廊下の途中で、マリスは隣を歩く■■■にそっと声をかけた。

 

「…………心を決めたの?」

 

「……ああ」

 

「そう。……いつにする?」

 

「……今から、考える」

 

 互いに視線を向けず、歩きながら静かに言葉を交わす。

 

「この世界は……ううん、この宇宙はどうするの?」

 

「……きちんとけじめを付ける。有耶無耶にはしたくない」

 

「そう……きっと、それがいいわね。……私たちは?」

 

 マリスが■■■の顔を見る。彼は立ち止まり、少し黙り込んだ後に視線を返した。

 

「さっき子どもたちに言ったとおりだ。いつまでもずっと、一緒だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いつも通りの穏やかな町並みの中を歩く。人々は幸せそうに笑いながら、平和で豊かな暮らしの中にいる。男も女も老人も、子供たちも。

 自分は彼らにその幸せと平穏を与えた恩人として、皆から感謝されている。しかし決して大袈裟にではない。一部の親しい人たちから、たまに労いの言葉や、花とか食べ物などのちょっとした贈り物をもらう程度だ。それ以外の人々には、すれ違う時に笑顔で挨拶をしてもらえるだけで十分だった。

 宇宙のすべてをかけた戦いの旅も、思い返せば楽しい青春だった。そして今は家に帰れば、愛する家族がいる。互いを心から必要としている。待っていてくれる。

 ……それが、自分の求めるすべてだった。

 少しの間、優しい理想に浸って自分を慰めるつもりが、その心地良さと尊さにすっかり魅了され……いつしか手放す時機を完全に見失っていた。

 そんな愛しい夢を壊し、現実を思い出させようとする者に対しては、あまりに酷な仕打ちをしてしまったかもしれない。今にして思えば、お気に入りの玩具を取り上げられそうになった子供が癇癪を起こすのと同じようなものだった。

 人々と街並みを眺めながらそんなことを考え、そして、それらに背を向ける。路地の奥まった場所にあるよろず屋に向かい、建物の中に入ると、見慣れた顔の商人の男が挨拶をしてきた。あの陽気で少しなれなれしい、口ひげの男だ。

 

 

 

 

「やあ、勇者様! 一人で来るのは珍しいなぁ。何かご入用で?」

 

「……いや」

 

「息子さんたちは元気かい? ウチの娘たちとも仲良くしてくれて、感謝してるよ。そうだ、カミさんがいつかあんたと奥さんを夕食に招きたいって……」

 

 はつらつとした笑顔でカウンターに寄りかかり、与太話を始めようとする男の目の前に、■■■はゆっくりと手をかざす。そして耳元でパチンと指を鳴らした。途端に男は、我に返ったように息を呑んで目を見開き、動きを止める。しばらくの間は呆然としていたが、やがて声を震わせながら、目の前の■■■に謝罪と哀願を始めた。

 

「……お、俺たちが間違ってた……。あ……謝るよ……悪かったと思ってるんだ、本当だ……」

 

「……」

 

「……毎晩眠るたびに、自分がここに縛り付けられて、操られてることを思い出す……。どうしてこんなことになったかを……。でもあれは、……ここに調査に来たのは、俺の意思じゃなかったんだ。俺はただの研究員で、上層部からの命令に背ける立場じゃなかったんだよ……!」

 

「……」

 

「……頼む、教えてくれ……お……俺はあと何千年、ここでこうしていればいい……? ……もう、限界だ、耐えられない……っ。お願いだ……何でもするから、もう解放してくれ……!」

 

「……。……こっちに」

 

 ■■■は静かに目配せをして、自分についてくるよう男に促した。恐怖に戦き、強く戸惑いながらも、男はそれに従った。

 ■■■は商人の男を連れたまま、町はずれにある大きな庭の裕福そうな屋敷へ向かった。ベルを鳴らし、玄関に出てきた召使いに、この家の長男を呼んできてほしいと伝える。「勇者様のお呼出とあらば」と、召使いは急いで階段を上っていった。

 少しして姿を現した上品な身なりの青年は、やや緊張した様子ながらも朗らかに■■■を出迎えた。数年前まで社会勉強として町の外へ肉体労働に出ていたが、戻ってきてからは体がなまってしまって仕方ないと彼は笑っていた。先日は花が好きな母親に、自分で稼いだ金で上等な花瓶を贈って、たいそう喜ばれたらしい。

 一通り話を微笑んで聞いてから、■■■は先ほどと同じように指を鳴らした。青年は同じように呆然とし、やがて自分が何者だったかを思い出すと、途端に顔を真っ青にして後ずさった。

 

「あ……あぁ……」

 

 身体が飾り棚に当たり、大事そうに置いてあった花瓶が床に落ちて、大きな音を立てて割れる。それは青年が“母親”に贈ったものだったが、彼は気にも留めていなかった。床に散らばった赤いクレマチスの花弁を踏み、青年は力なく膝を折って頽れた。

 

「……い……いやだ……、……もう何も……思い出したくない……」

 

「……」

 

「どうして今さら、元に戻すんだ!? ……いつも眠るたびに悪夢を見る……あの冷たい世界が、僕にどれだけひどい仕打ちをしてきたかを……! ……いや、違う……あれは……あれはあんたの記憶だ。あのおぞましい痛みと苦しみを……僕に押し付けるために……。そうなんだろ」

 

「……」

 

「こんなことになんの意味がある……? もういい加減、放っておいてくれよ! どうせ何者もあんたに敵いやしない……! ……絶対許さないって言うなら、せめて……死なせてくれ。……頼むよ……」

 

 青年は泣き笑いしながら■■■に懇願した。その顔は引きつり、疲弊しきっていた。■■■は返事をしないまま、手を掴んで彼を立ち上がらせると、“ついてこい”と仕草で示してから歩き出した。

 その後も2人の人間と会った。武器商人の娘と、老いた墓守。どちらも、魔法が解かれて自分の正体を思い出すと、恐れおののいて涙ながらに哀願してきた。「もう解放してくれ」「殺してくれ」と、口々に。■■■はそれまでの2人と同じように、黙ってついてくるよう促した。

 ……そして最後に足を運んだのは、町の通りに面した小さな花屋だった。常連が多く、町長からもいたく気に入られている。■■■も妻や娘への贈り物によく花束を見繕ってもらった。一人で店を切り盛りする女店主とも、良い関係が築けていた。……彼女が自力で自我を取り戻し、邪なる人類をこの世界に呼び寄せるまでは。

 ……思えばあれは完全な油断だった。彼女に母の面影を見出し、無意識のうちに、記憶の上書きと精神操作が甘くなっていたに違いない。彼女は助けを求めて信号を発信し、宇宙の彼方からこちらを狙っていた者たちに■■■の居場所を教えた。先に派遣された4人には決して成しえなかった偉業であり、同時に、彼らの文明が滅びる決定的な契機を創り出した失敗でもある。彼女の行動の結果、自分は彼らと正面から再び向き合わざるを得なくなったのだから。……向き合った結果の、やはり許せないというあまりにも当然の結論と帰結を、招いたのだから。

 

「……あら、いらっしゃい。ご家族以外と一緒なんて珍しいわね。どこかにお出かけ?」

 

 店先の椅子に腰掛けていた彼女は、立ち上がってこちらに微笑みかけてくる。……本来ならこの居場所は似つかわしくない。彼女は自分の所属する文明を壊滅させたに等しいのだ。そのことを思い出させずにやっているのは慈悲でもあり、罰でもあった。そして彼女が自ら望んだとおり、何も思考せず想起することもない、一輪の花に変えてやったのだ。

 ……だが、長いうたた寝につく前、なんとなく人間の花屋に戻した記憶が残っている。単なる気まぐれのつもりだったが、今となっては、あの時の自分が本当は何を考えていたのか、想像がついた。

 

「……今日は買い物に来たんじゃない。……大事な話がある」

 

「え? どうしたの改まって、……」

 

 手をかざし、花屋を“完全に”元に戻す。……前の4人と同じように呆然とした後、彼女は目を見開いて■■■の顔を見つめた。

 

「…………」

 

「こっちに。……人目につかない場所で話したい」

 

「……。ようやく……なのね」

 

 混乱してはいるが、ほかの4人に比べればまだ落ち着いた様子で、花屋は静かに後をついてきた。

 案内したのは、町からやや離れた小高い丘の上。町だけでなく周辺地域の様子が一望できた。

 戸惑う5人の“人間”たちを、しばらくしてから■■■はゆっくりと振り返った。そして少し乾いた穏やかな風の中、語り掛けた。

 

「初めに、はっきり伝えておかなければならないことがある。おまえたちには、帰る場所はもうない。……私が、滅ぼしてしまった。もうずいぶん前に。今この宇宙に……人間はおまえたち5人しかいない」

 

 愕然とする者もいれば、そんなことは分かっていたと言わんばかりの者もいた。

 それぞれの反応を確かめつつ、■■■は無表情に続けた。

 

「そのこと自体について、謝るつもりはない。彼らの横暴は見逃せる範囲を超えていた。遅かれ早かれ結果は同じだっただろう。……だが、気付かされることもあった」

 

 ■■■は遠くを見やって呟いた。すると屋敷に住んでいた若い青年が、恐怖と嫌悪に満ちた眼差しを彼に向けた。

 

「……あんたが恐ろしいバケモノだってことか?」

 

 憎しみに満ちた、そして何か大きなことに察しがついた声だった。そのまま、何もかもを放棄した様子で青年は続ける。

 

「魔王を倒して、人々を救うだの……力をつけすぎた人類を粛清するだのと……。正義の神にでもなったつもりだろうが、それは違う! 僕たちを操って、この星に監禁して……当てつけのようにおとぎ話の住人ごっこをさせて。自分も、こんなバカげた童話のキャラクターなんかになりきって……何百万年も……! あんたは……ただのイカれた怪物だ!」 

 

 ■■■は震えながら叫ぶ青年に一瞥をくれ、少しの間、静かに見つめる。……それから小さく頷いた。

 

「そうだな。わかっている。……ようやくその事実と向き合えた。……最初からそれをわきまえていれば、こうはならなかったかも」

 

 相手を諭すようでいて、ひどく悲しげな口調と視線だった。その穏やかで憑き物が落ちたような瞳を見て、青年は怒りや恐怖が急激に萎んでいくのを感じ、口をつぐんだ。代わりに、墓守として生きていた老人が思わずといった様子で問いを投げかけた。

 

「い…一体、何なんだ。お前は……何がしたい? 我々に何を求めた? ……我々がお前に、一体どんな罪を犯したというんだ?」

 

 疑問を受けて、■■■はしばらく、じっと黙って老人を見つめ返していた。得も言われぬ寂しさと、虚しさに濡れた瞳で。その無言の返答は、もはや恨みや憎悪ではなく……ただ純粋な未練と後悔のみを訴えるものだった。

 

 

「……あたしたちは、どうなるの……?」

 

 しばらく続いた沈黙を破り、武器商人の娘だった若い女が、細い声でぽつりとつぶやく。

 ■■■はゆっくりと彼女に目を向けた。

 

「二つ選択肢をやる。この場で意識ごと消滅するか、それとも……この世界の住人としてこのまま一生を過ごすか。好きなほうを選べ」

 

「一生? ……それっていったい何年なの? 今までみたく時間が巻き戻って、また何万年も縛られるんじゃないの?」

 

「いいや。もう、時間は戻さないと決めた。このまますべて見送って、それで終わりにする。……この宇宙ごと」

 

 とても落ち着いた静かな声で、■■■は宣言した。5人は呆気にとられ、しばらく何も言えず、身動きもできずにただ佇んでいた。

 

「……。ほ……本当に? 解放して……くれるのか……?」

 

 乾いた草の上に腰を抜かして座り込み、商人の男が嗚咽を漏らしながら泣き笑いした。

 

「あ…ありがとう……、ありがとう……。だったら……今すぐだ。今……消してくれ。頼む……」

 

 天を仰ぎ、大粒の涙と涎を零して笑う男へ、■■■は頷いて手を伸ばした。

 白いノイズが男の身体を包み込み、そして、ほんの一瞬で跡形もなく消滅させた。一切の痛みも、苦しみも与えずに。

 それを目の当たりにして、老人や青年たちも口々に叫ぶ。

 

「お…俺もだ。消してくれ……」

 

「僕も……!」

 

「あたしもよ……。今すぐ……楽にして。お願い……」

 

 歓喜と開放に震える3人を、■■■は同時に消滅させた。撫でるように優しく、一瞬で。そして彼らが踏んでいた枯草に視線を落とし、呟いた。「さようなら。みんな大好きだった」と。

 ……そして、最後に残った花屋の女を見やる。女は、まだ何も言わずに■■■を見つめていた。

 

「…………どうする?」

 

 尋ねられ、女はどこか悩ましい様子で俯いた。そして答える代わりに聞き返した。

 

「……どうして気が変わったの?」

 

「……。……気が変わったわけじゃない。自分を認めたんだ」

 

「私たちへの報復のために、ここに閉じ込めていたんでしょ。……それとも慈悲のつもりだったの?」

 

「どちらでもないし……どちらでもある」

 

 花屋は深く息を吐きだし、ふと町の方角を振り返った。今となってはもう、ここに来る前の“本当の現実”の記憶のほうが曖昧だった。永遠に繰り返す、同じ町での同じ平穏な人生。どれほどの時間が経ったのかなど、もう考えたくもなかった。

 ただ……

 そこには、同じ幸せだけが在った。

 漠然と、本来の自分には手が届かなかったと感じるような……甘い夢のような日々だった。

 

「……あなたは、ここが好き?」

 

「……ああ」

 

「そうよね……。……私もよ」

 

 そう言って花屋は振り返り、微かに笑みを浮かべた。

 

「昔、私に言ったでしょ。“偽りの楽園が不満なら、現実たる地獄へ返れ”って。……たぶん私は……調査員として派遣されたあの日、この町の土を踏んだその瞬間、既に……ここで生きることを選んでいたのよ」

 

「…………」

 

「ありがとう、ここにいさせてくれて。……そして……私が大嫌いだったあの世界を、壊してくれて……」

 

 ■■■はゆっくりと歩み寄り、花屋の隣に立った。そして一緒に、夕暮れに包まれる町と砂漠を眺める。そのまま、数刻が過ぎた。

 

「……綺麗ね。この世界は、本当に綺麗」

 

「その通りだな。……でももう気が済んだ。……もう片付ける」

 

「……。……偽りは悪じゃない。でもその不毛さは、作った本人が一番よく知っている……。それを実感させたという意味では、私たち人類は最後の最後に、あなたに一矢報いることはできたと言えるわね……」

 

「……そういうことでもいい」

 

 どちらからともなく、■■■と花屋は町に戻る道を歩き始めていた。やがて日が沈み、辺りは暗くなる。

 町の入り口を示す木製のアーチが近づいてきたところで、花屋はふと立ち止まった。やや遅れて、それに気づいた■■■も足を止めて振り返った。

 

「私を“戻す”前に、教えてくれない? ……あなた誰なの?」

 

「……」

 

 もう二度と、自分が今の自我と意識を取り戻すことはない。それを確実に理解した上での、最後の我儘ともいえる問いだった。

 ■■■はじっと彼女を見つめ返し、視線を逸らさずに答えた。

 

「私は……あなたたちの失敗であり、恐れであり、そして希望だった。魔法の力で人々を救う英雄であり……すべてを滅ぼす化け物だった。何よりも……生みの親であるあなたたちの愛を求める、無力な子供だった」

 

「……そう……。……私の思った通りだったわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとうさーん! 今日はどれ???」

 

「あんまり怖くないお話がいいな……」

 

 夜が更け、息子たちとともに寝室へ向かう。

 たくさんの童話や物語本が並んだ本棚を眺め、しかし、どれも手に取らないまま■■■はベッドに近付いていった。

 そして椅子に腰かけ、窓の外の静かな夜を少し見つめてから、布団をかけてわくわくした様子の子どもたちに微笑みかけた。

 そして、語り始めた。

 

「むかしむかし、あるところに……臆病で寂しがりやの男の子がいました。彼はみんなのために何かしたいと願っていましたが……いつも空回りばかりでした」

 

 子供たちは神妙な様子で目をぱちくりとさせ、続きを待っている。考えながら、■■■はゆっくりと物語を紡いだ。

 

「ある日、親切な人が教えてくれました。うまくいかないのは自分のせいではなくて、みんなが意地悪だったからかもしれないと……。そこで男の子は、旅に出ることにしました。……もう二度と、帰ることはできない長い旅です」

 

 そっと寝室の扉が開き、後から入ってきた妻が微笑みながら娘のベッドに座る。それを確かめて、■■■は続ける。

 

「……旅に出た先で、彼は優しい女の子に出会いました。彼女は、深く傷付いていた男の子にそっと寄り添ってくれました。そして二人で一緒に遊ぶうちに、自分に必要だったものは何なのか……足りなかったのは何なのか、男の子は気付くことができました」

 

 パチパチと、暖炉の火が暖かく爆ぜる。やや間をあけて、物語は続いた。

 

「……やがて……昔、意地悪をしてきた人たちにもう一度出会いました。男の子は、彼らを許すことはできませんでしたが……少しなら、彼らの気持ちも理解できるようになっていました。それから、自分が本当に欲しかったものは何なのかを……受け入れることができました。彼らに別れを告げて、旅の果ての小さな町で、大切な人たちといつまでも……幸せに暮らしました」

 

 ■■■が話し終えると、足を組み替えながら女が訳知り顔で揶揄った。

 

「今夜のお話は、ずいぶん漠然としてるのね。誰かモチーフがいるの?」

 

「さあ、どうかな……」

 

 ■■■がしらばっくれると、アロスが不思議そうに声を上げた。

 

「そのあとはどうなるの?」

 

「……。旅の果ての町は、本当にいいところだったが……そこは本当の居場所ではないと、彼はわかっていたんだ。……いつかは……帰らないと」

 

 ■■■はゆっくりと、椅子から立ち上がった。そしてアロスのベッドに座り、ゆっくりと彼の頭を撫でた。

 

「お話は終わりだ。……そろそろ寝る時間だな」

 

「……うん……」

 

「……3人とも、よく聞いて。もう十分わかってるとは思うけど……。パパとママはね、本当に本当に……あなたたちが大好きよ。何よりも一番、大切な存在。たとえどんなことがあろうと、どこに行っても永遠にね。……それじゃ、おやすみなさい」

 

 マリスは立ち上がり、微笑みかける。子どもたちは眠そうにしながらも頷いて、「おやすみなさい」と返した。

 

「その通りだ。……おやすみ、愛しい我が子たち。いい夢を……」

 

 順番に瞼に口付けを落としてやると、子どもたちは穏やかな眠りについた。それを確認して、■■■は目配せをする。マリスはそれを受け取って、寝室の外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……数刻して、■■■は一人で寝室から出た。

 その手と胸元、そして口元は、真っ赤な血でべっとりと濡れていた。

 リビングで暖かい紅茶を飲んでいたマリスは、微笑んで彼に目を向ける。■■■は立ち止まり、右手の甲に染み込んだ鮮血をじっと眺めると、愛おしそうに唇をつけて舐めとった。その頬を、ひと筋の涙が伝い落ちた。

 

「……私の番ね」

 

「……ああ……」

 

 目を伏せ、はらはらと涙をこぼし続ける彼に、マリスはゆっくりと歩み寄る。そして、指先でその涙をぬぐってやった。

 

「いいのよ、心配しないで。……もともとの形に戻るだけなんだから」

 

「……ああ。そうだな……」

 

「ええ。……元気でね、■■■。これでずっと一緒よ。……さようなら」

 

 涙と血で濡れた■■■の唇に、マリスはそっと口づけをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 ひとりきりになり、■■■は家の外に出た。

 身体が重い。これが自分の本来の肉体だったのだろうが、あまり実感は沸かなかった。

 そのまま玄関前の階段に腰掛け、大きく息を吐きだした。そして、静かに夜明けを待った。

 やがて朝日が昇ってくる。小鳥のさえずりと共に、爽やかなそよ風が吹く。

 ■■■は立ち上がって背後を振り返ると、誰もいなくなった我が家にそっと手をかざし……跡形もなく消し去った。

 

 宙に浮き、空に昇る。“時間を戻さない”と決めたあの日から数百年が経ち、世界は変容していた。新しい町や国ができ、文明のあり方にも変化が見られた。

 そのまま、■■■は見守り続けた。人々の世代は入れ替わりゆき、やがて数を減らし……滅んでいった。

 そして、あらゆる生命が死滅する。さらに時間が経ち……惑星がその寿命を迎えた。

 ■■■は何も手を加えず、さらに見守り続けた。宇宙が膨張していき、星々が膨れ上がって瞬き……弾け、流れる。何もかもがただ駆け抜け、過ぎ去っていった。

 

 ……そして、一つの宇宙の寿命が尽きた。

 ■■■は懐かしそうにその名残を見つめていた。

 やがてその背後に、透明な光が差す。それは無限に伸び続ける上り階段にも似ていた。

 その先の到達点を見据え、■■■はゆっくりと、最初の一段に足をかける。その姿が白い光に包まれて変容し、朧げに輝いた。

 尾を引くように長い純白の外套を靡かせて、すべてを認め受け入れた“救世主”は、永く待たせた同胞たちのもとへと、無限を昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

お久しぶりです。ちょっち絵を描く余裕がなくて、こちらをドラクエの日・ロトの日2026記念にしたいと思います。曖昧にしてた部分をハッキリ描き切ってみました。これを踏まえて本編や過去の読み切り短編でのパイセンの言動を振り返ると、なかなか趣深いものがあると思います。

 

そして私、ドラクエ12のリセットに多大なショックを受けています……。まだ。かなり。大人向けダーク、期待してたんだけどなあ……。てか発売年教えて?せめて……頼むわ……。