『目標:対象生命体の殲滅。オペレーション“ドラゴンクエスト”を発令します。コード、カウントダウン』

 

 527がそう宣言した途端、空の色が変わった。レーザーだ。赤いレーザーの網が、空全体を覆い尽くした。地上全体が檻になったってことか。

 ……比喩じゃなく、この星が揺れている。地面が広範囲に隆起してきたので、ボクらは重力操作で空高く浮かび上がった。

 海や山が割れて、大規模に変形している。そしてその内側から、建物のような規模の砲台が大量に持ち上がってきた。周囲には、機銃やミサイルで武装した大量のドローンと無人戦闘機が隊列を成している……。

 

「“ドラゴンクエスト”……“竜の討伐”か……」
「なるほど。……俺たちは今、勇者が倒すべき邪悪な竜なんだな」

 

 巨大な城を思わせる構造の機械要塞と化した527が、周囲に展開した電子兵器のエネルギーを充填し始める。頂上でボクらを見据えるロトの鎧をまとったホログラムは、静かで落ち着いた手つきで、輝く剣の切っ先をこちらに向けた。何かを呟きながら。

 

『カウント進行中。コード実行まで:73、72、71……』

 

 次の瞬間、大量の電子兵器から無数の稲妻のようなエネルギー波が撃ち出され、一直線にボクらを襲った。

 阿吽の呼吸で、前衛に出たアレフ様とユーリルさんがそれを受け止め、それぞれ別方向に弾き返す。……反射された稲妻が直撃した荒野と海面は、空まで爆風が届くほどの大爆発で粉々になる。

 

「今の俺たちのギガデインに匹敵する威力だな……」

 

 アレルが呟いた時、左腕の端末が音声メッセージの受信を知らせる音を鳴らした。このタイミングで?

 イヴィが表示した画面を見てみると、メッセージの送り主は複数いる。……確認してみたら、それは527と126以外のEVC全員だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━─━─異説9-96 戦いのとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ついに始まりましたね。もしこのメッセージが無事に届いていれば、注意深く聞いてください』

 再生されたのは、ナインさんの声……つまり9800-711の音声だった。

『オペレーション“ドラゴンクエスト”は、この世界への脅威に対する最高の防衛と排撃作戦を同時に行うものです。今カウントダウンが始まったと思いますが、コード実行の瞬間になったら、ぼくたちは8700-527から指定された座標に全力で攻撃を始めなければなりません。つまり8700-729を除いた全てのEVCユニットから、あなたがたへの一斉攻撃が始まるのです』

 微かなノイズを挟んで、音声の主が切り替わる。……826だ。

『キミたちのことは信じてる。本当にこの世界を救える選ばれた存在なら、きっとボクらの総攻撃にも耐えられるはず……! ボクが言うのもなんだか変だけど、……頑張って!』

 

 

 コード実行まで:48秒

 

 

『手加減してあげたい気持ちはやまやまなんですけどねー。そう単純な話でもないんですよね、残念ながら』

『なんとか生き残っちまってくれ。俺たちのプログラムはあんたらを倒すように組まれてるが、気持ちは別だぜ』

 

 

 コード実行まで:37秒

 

 

『同じ目的で同じ創造主に作られたのに、戦わなければならないというのは皮肉な話だね。でも、受け入れるしかない』

『怨みっこなしってヤツだ。もしオレたちが全力をかけて倒せないなら、そういう運命ってことだしな』

『君たちは決して間違ってはいない。僕らはきちんとそれを知っているよ』

 

 

 コード実行まで:20秒

 

 

『さあ、この星を……この宇宙を守ろう。いかに心砕かれようとも、それが俺たちの使命だ』

 

 

 コード実行まで:13秒

 

 

『警告。惑星レベルの超大規模な攻撃が予想される。リソースを最大限に利用しての迎撃を推奨。……健闘を祈る』

 

 

 

オペレーション実行まで:5
:4
:3
:2
:1

 

 

 

MAXIMUM LEVEL EXPULSION PROTOCOL

OPERTION "DRAGON QUEST" in progress


===コード実行===

 

 

 

 

 

 

 空に閃光が走った。

 地面と上空の両方から、真っ白な光の塔が突き出してきてボクらの真ん中を貫く。凄まじい熱量の高出力レーザー砲だった。

 同時に、極超音速の弾道ミサイルが四方から襲い来る。頭上を飛び交う無人戦闘機の群れから、光線弾の雨が降り注ぐ。

 主にアレルやアルスさんの視覚映像から、戦闘機やドローン、それから海や地面からせり上がってきた砲台およびミサイルの弾頭に刻まれた型番が分かる。前者を操作しているのは主に1127と802、後者は826や711、そして927のものらしい。

 ボクらは、3人ずつに分かれて四方に散った。決めていた通りに。切れ目のない爆撃とレーザーの弾幕の中、空を縫うように飛ぶ。

 あちこちから空気の壁を破る破裂音と衝撃波が届き、大地や海が削れる。

 

(なんとなくそんな気はしてたが、やっぱ全員で、本気で殺しにかかってくるんだな)

(これじゃ俺たちを倒せたとしても、星の地形とかがメチャクチャになっちまいそうじゃんか)

(まぁ……背に腹は代えられないってことでしょうね。最高の排撃作戦って言ってましたし)

(でも忘れるなよ、これは前座だ。たぶん126が攻撃を始めるまでに、できるだけ俺たちの余力を奪っておく腹積もりなんだろうぜ)

 

 そう、126の攻撃はまだ始まっていない。今の物量なら捌ききれないことはないけど、桁違いの規模かつ戦闘を本領とする126が動き出したら、どうなるかは未知数だ。それまでに、他のユニットたちの攻撃機能を麻痺させておかないと。

 あらかじめ決めておいた目的地を目指し、ミサイルやレーザーに追われながら、ボクらは全速力で空を駆ける。3人ずつのチームで3つのエリアのユニットたちを無力化していく手筈で、ボクとロランとアレルは自動照準型対空兵器のターゲットを取りながら移動し続けると共に、局面に応じて柔軟にみんなの支援をしていく役目だ。遊撃部隊ってやつだね。

 

 

 ……まず、この大陸に残ったユーリルさん、イザさん、エックスさんの3人の様子を窺う。

 空には雷鳴がとどろき、弾丸のような雹が降り注ぎ、建造物を破壊して巻き込むほどの巨大な竜巻があちこちに発生している……この異様な天気は、211と826の仕業だ。今のボクらにとって直接的な脅威にはなりえないけど、妨害としてはかなり厄介だな。視界が効かないし、ひっきりなしに飛んでくる建物の残骸を弾いたり防いだりしながら移動するのは骨が折れる。時折、ボクらのいる場所に狙いが研ぎ澄まされた大規模な落雷もある。これが魔法じゃないって言うんだから、人工知能システムってすごいよなぁ。

 3人が最初に向かったのは、211のユニットがある座標。

 何度も訪れた森林地帯に近付いた途端、ユーリルさんの脳天を真っ直ぐに狙った異様に精度の高い高密度レーザーが閃いた。

 間一髪のところで避けられたけど、本当に容赦ない攻撃だな……。以前のレベルだったら、今ので確実に即死していただろう。

 3人が別々の方向から地上めがけて急降下していく間、急所だけを狙ったレーザーの弾幕が途切れることはなかった。

(えげつねぇ攻撃してくるな、おい……)

(とりあえず、本体を叩こう。何度か行ったあの部屋だ。指揮系統のセクターを壊せば……)

 もうすぐ地面に着く、と思ったその時。

 突然に森全体の地面が轟音を立てて隆起し、木々が次々と薙ぎ倒された。

 割れた土の中から、柔らかく動く機械の触手のようなものが、数十本ほど這い出てくる。ところどころに、一度ボクらをかなり追い詰めた花の形の砲台がついてるのが見えた。確か“アルラウネ”システムってやつ。

 それらは高速でまとまり、ひとつの構造体を形作った。まるで機械でできた巨木で、ボクらの背丈の何十倍もありそうだ。その枝の一本一本から、狙い澄まされたレーザーが針のように3人を刺す。

(……そう簡単に近付かせてはくれないようだね)

(触手全部、いちいち相手してたらきりがない。まとめて吹っ飛ばすぞ! 俺が盾になるから、二人は攻撃の準備をしてくれ)

(わかった!)

 ユーリルさんが前に出て、重力壁を前方に広げた。その後ろでイザさんとエックスさんが大規模な魔法攻撃のために魔力を溜め始める。

『……やあ、呪われし救世主たち。己の身勝手な欲望のために、この星の守護者たちを殲滅しようというのか?』

 しなる巨大な機械樹から、感情を抑えた211の声が響き渡る。

『もちろん、我々を残らず修復してくれたお前たちに感謝はしているさ。何の怨みがあるわけでもない。しかし悲しいことに、お前たちの存在を許せば100年以内に89%の確率でこの宇宙は崩壊する……。看過するわけにはいかないんだ』

 降り注ぐレーザーの雨を防ぎつつ、ユーリルさんは歯を食いしばっていた。攻撃の熱量にというよりは、最も痛い部分を突くその残酷な言葉によって。

「……わ…わかってる……。わかってるんだ……」

 繋がりを通じて、ユーリルさんの苦悩と葛藤が痛いほどに伝わってくる。彼だって、それを理由にボクらを殺そうとしていた。だけどみんなの想いを知って、悩み抜いて、苦しみ抜いて、ひとまずは答えを出したはずだった。でもその答えが、211の声によって揺らぐ。

『お前たちさえいなくなれば、この世界の未来は保証される。我々がこの星を修復し、獲物を見失ったカースベアラーズもやがては去るだろう。脅威のない美しい地球で、新たな人類の歴史が始まる。……なぜそれを邪魔するんだ』

「違う……邪魔したいわけじゃない。俺たちは、ただ……!」

『生きたい、それだけだ……とでも言うつもりか?』

 ユーリルさんはハッと息を呑む。重力壁を支える魔力が一瞬、萎んだ。

『お前たちは人間ではない。その記憶にある人生は、すべて幻だ。ありもしない権利を夢見てお前たちが刻む鼓動が、呼吸のひとつひとつが、この宇宙に計り知れない負担をもたらしているんだ。人類の希望を、未来を、阻むんだ。……それでも、生きたいと望むのか?』

 ユーリルさんの魔力も、腕に入る力も、弱っていく。表情はこの上なく苦しげで、視線は重く地面に落とされている。レーザーを防ぐ重力壁の厚さが……減っていく。

 ちょっとまずいかも、何か手助けを……とボクが思いかけた、その時だった。

「今さら何迷ってんだユーリル! そんな場合じゃねぇだろ!? オレたちは、オレたちの目的のために戦い抜くんだッ!!」

 背後から飛んできた、もういないはずの人の声。

 ユーリルさんは驚愕して振り返る。……そこにいるのは、確かにイザさんだった。

「……って、レックなら言うはずだよ。約束したからね」

 まっすぐに視線を返して、イザさんはにこりと微笑んでみせた。

 ユーリルさんは、ちょっとの間呆気にとられた様子だったけど、同じように少し微笑んだ。揺らぎ、萎んでいた魔力に勢いが戻る。

「……そうだな。ありがとう、イザ」

 重力壁は厚さと強度を取り戻し、ユーリルさんの表情にも力が宿った。ちょうどイザさんとエックスさんが攻撃の準備を終え、同時に魔力を解き放つ。

 巨大な樹を取り囲むように無数の稲妻が迸り、光の爆発が一帯を焼き払った。

 ……よかった。とりあえず、あっちは今のところ大丈夫そう。

 

 次に、ムーンとアルスさん、ナインさんのグループが何をしているか確かめてみる。最初の目標は、色んな海域に無数に散らばるサブユニットから電磁波攻撃をしてくる826にしたみたいだ。3人は既に海の中を数千メートル以上潜っていることが、水中の暗さと全身に感じる圧力から判断できた。

 魔力が質的にも量的にも桁違いに成長した今となっては、水中での呼吸や水圧については心配に値しない。重力操作で身体の周りの水を強制的に“どかし”ながら、最速かつ最短距離で海底まで進んでいく。耳や肺は少し痛いけど、スクルトでなんとかなっている。……こんな力技で、海の底まで十数分で行けるようになるなんてね。まあ、身体の強度は文字通り“無限に”上がり続けるんだし。我ながらというか、イントーナーってつくづくデタラメな生き物だよなぁ。

 水中には、以前はなかった大型の機雷が何百個も設置されていたり、戦艦のようなユニットから魚雷が撃ち出されてすごい速さで襲ってくる。空中ほど動きやすくはないこともあって、何度かダメージを負いはしたみたい。でもほとんど気にすることなく、ひたすら海中を下へ下へと突き進み続ける。826のいる海底基地を目指して。

(……確かこのあたりだったよね! もうだいたい届く距離かな)

(サブユニットの遠隔操作さえやめさせることができればいいので、とにかく通信機能をダウンさせましょう。いけますか?)

(ええ! とびきり大きいのをお見舞いしますわ)

 ……しばらくして、“Pacific ocean”の海面の一部が、発光しながらゆっくりと奇妙に膨らんだ……かと思うと、とてつもない規模の大爆発を起こした。海底でのイオグランデが、ここまで……。化け物じみたエネルギーだなぁ。木っ端微塵に吹き上げられた海水が空高くまで打ち上がってから、豪雨のように降り注ぐ。

 爆発の影響で、そこを中心に海全体が波立った。それはやがて大きな津波と化し、海上に出ていた砲台や戦艦などを飲み込んで波間に沈めていく。

 

(おお。ムーンのやつ、派手にやったなー)

(張り切り過ぎて、終盤に魔力切れを起こさなけりゃいいがな。でも、鬱陶しかった海上の砲台やら何やらはこれでしばらく機能停止するだろう)

 

 うん。これなら、この3人も特に心配なさそうだ。海の攻撃ユニットが一時的にでも麻痺すれば、ボクらもだいぶ動きやすくなるしね。

 

『うわっ、とんでもないことしてくれたね!? 海底設置型のサブユニットも沿岸部のセンサーも、全部ダメになっちゃったじゃない。っていうか、大型戦艦用の機雷に何度も直撃して普通に動けるって……どういうこと?』

 

 あまりド派手にやったもんだから、826が思わず上げた困惑の声が海中を伝ってきた。ムーンは照れくさそうに舌を出して笑ってる。まぁ彼らからしたら、ボクらはほんの数日間でありえないほどパワーアップしたように見えるだろうし、驚くのも無理はない。

 

『前は全然本気なんか出してなかったってことなのかな? それとも、あれから今日までに何かあった? ……まぁどっちでもいいや。確かに今のキミたちは、126と真正面から戦うに相応しいみたいだね……!』

 

 水中だから返事はできないけど、ムーンたちは肯定の意味を込めて海底に向かって手を振ると、水面に向かって引き返し始めた。

 

 ……また少し意識を動かし、残りの3人の様子を窺ってみる。星の西側に向かったアレフ様、リュカさん、エイトさんだ。広大な平野の片隅、視界の端から端までを埋め尽くす大型の戦車や機銃ドローンの群れが見える。もう最初の目的地には着いて、地上で交戦を始めてるみたい。

(後から後から湧いてきて、きりがないですねー)

(ユニット本体でなければいくら損傷を与えても問題はないはず。あまり時間をかけずに行こう)

(承知しました)

 

 目指す場所まで、対物砲と光線弾が飛び交う荒野を超音速で駆ける。ベギラゴンやバギクロスで、それらを繰り出す移動型兵器たちを手早く片付けながら。攻撃はそれなりに激しいけど、目立つ障害物はなく、まっすぐ進むだけで軍部基地に着くようだ。

 そしてほんの数分ほどで、1127の本体ユニットがあるはずの建物の前まで辿り着いた……その時。

 足元にきらりと、不自然な光が走った。かと思うと地面が割れ、3人の目の前に超高出力レーザーの巨大な格子が瞬時に現れた。周りの兵器が地盤ごと吹っ飛び、土や鉄の焦げる匂いが漂う。今のボクらなら致命傷にはならないだろうけど、無事では済まなさそうな熱量だ。アレフ様たちは急停止して、蠢きながら周囲を取り囲む極太のレーザーの網を睨む。

 

『お疲れ様で~す。ただいま最大レベルの防衛態勢に入ってますので、手荒なことをさせてもらってますー。怪我させちゃうと思いますが、ご了承くださいね~』

 

 やっていることに対して、やけに気の抜けた1127の音声が辺りに響き渡る。

 とてつもない熱気を放つレーザーの篭は3人を閉じ込めたまま、じりじりとその半径を縮めていた。

 

「……なるほど。やけにあっさり基地の前まで通してくれたと思ったら、これが狙いだったのかい」

「まあまあ痛い思いをしないと出られそうにないですねぇ」

 

 これも、以前のレベルだったら即“詰み状態”だな。レーザーに当たれば全身が一瞬で蒸発してしまっていただろう。でも、今のボクらなら強行突破できる。

 

『皆さんは未知の力で身体の損傷を瞬時に回復するんですよね? ただオブザーバー経由で入ってきた情報では、その能力には個体ごとに限界があるとのことで……できるだけ消耗させておけっていう指示ですので。悪しからず~』

 

「へえ。そういえば、オブザーバーをいじってたのは527だったみたいですよー。知ってました?」

 

『ああ、それならついさっき知りました。それと同時に、僕ら同士で直接連絡し合っちゃ駄目っていうルールも取っ払われてましたねー。なので今はこちらもガンガン連携してますよ~』

 

「なるほど。どうりで異様に息の合った遠距離攻撃が四方八方から来るわけですねぇ」

 

 同じようなテンション感で会話しつつも、篭の外から追撃を加えてくる移動ユニットたちを排除していく。

 それから隙を見て、3人で息を合わせ、一気にレーザーの網を突破した。けっこうダメージは受けたけど、素早くベホマで治す。

 そして目と鼻の先にある建物を入り口を破ろうと、魔力を溜め始めた時……

 

(ちょっと待て。妙だ。あまりに障害がなさすぎるし、そこを壊すのに一切邪魔をしてこないってのが気味が悪い。何かあるぞ)

 

 アレルが3人に、繋がりを通じて声を送った。

 

(……まぁ、言われてみればですね。何かって例えば?)

 

(さっきの527と同じで、その入り口や建物を“壊させるのが目的”ってパターンなら筋が通る。例えばより強力な攻撃の引き金になるとか、とにかく俺たちを不利な状況に陥れるためのものだ)

 

(しかし、ここ以外に1127のもとに行くルートはないよ。根拠をもう少し教えてくれるかな?)

 

(そこ以外にルートがないってのも大きな根拠だろ。それに、レーザーの包囲から出て、その扉の前に行くまでの動線が単純すぎるんだ。誘導されてる。しかも1127は以前も、人型端末の物理的な損傷を本体リブートのトリガーにしてただろ)

 

 ……確かに、そういえばそうだったな……。

 同じように、建物を“壊される”ことが何かプログラムの開始の合図になるよう仕組んでいるのなら、一本道を進むだけですんなりとここまで到達できるようにしていたことの説明がつく。たぶん、ボクらは魔法攻撃でユニット本体やそれが格納された施設を停止させようとしている……そういうふうに思われてるだろうし。

 

「なるほど。……あのー、ひょっとしてなんですけどー、このドア壊すと何か起きますか??」

 

 どストレートに聞くなぁ。

 

『えっ、なんで分かるんです? ……参ったなぁ、そこさえ壊してくれれば後は割とどうでもよかったんですけどねー』

 

 向こうもド正直に白状するんだなぁ。

 

『その扉が爆破や切断などで破壊されると、緊急コードが発動して自発思考でのプロトコル制御が無効になるんですよ。つまり、例え僕を壊しても攻撃が止まなくなるようにしてたんです。ばれちゃしょうがないですが……結局そこを通る以外、僕のところに来る術もないですよー』

 

 なるほどね。ドアを壊すと、1127自身にももう攻撃を止められなくなる。でも固く閉ざされたそのドアを通らなければ、彼のもとに辿り着けない……。結果は同じだ。だから潔くネタバラシをするわけだね。

 でも……。

 

「そういうことだったか。それなら、“壊さずに”ここを通させてもらうよ」

 

 笑顔でリュカさんはそう言い放ち、悠々とドアに歩み寄る。ドア全体にはものすごい高圧電流が流れているみたいで、バチバチと火花が散ってるけど……

 お構いなしにリュカさんは取っ手の部分を両手で掴み、電力で閉じられているはずの両扉を腕力だけでこじ開けた。エイトさんとアレフ様も同じように、何の躊躇もなく素手で扉を鷲掴み、力ずくで開ける手伝いをする。全身に電流が弾けてすさまじい火花と煙が上がってるけど、3人とも気にしてる様子はない。

 1_A01の鬼トレで、“避けるべきは痛みではなく勝率の低下”の原則を叩き込まれた後だと、この程度、何でもないもんね。

 

『え、ちょっとちょっと……。物理接触できないように超高圧電流を流してるってのに、ガン無視しないでくださいよ~。どうなってるんですか、あなたたちの身体は』

 

 呆気に取られて口を開けてる1127の様子が目に浮かぶなぁ……。

 当然のように入り口を“壊さずに開けた”3人は、のんびりと歩いて基地の中に入っていった。

 

「おぉ~。やっぱアレル様は、全体の様子を見る係で正解だったッスね」

 

 同じく繋がりを通してその様子を見ていたロランが、感嘆の声を上げる。

 

「まあな。認知的な資源が豊富だから、戦況を誰より細かく把握することもできる。適材適所ってやつだ」

「そういえば、なんで俺も一緒にここで様子見なんすか? 正直、地上で戦いたかったな」

 

 ロランがつい愚痴を零したその時、かなり強い耳鳴りがした。ほんの一瞬だったけど……ふと気付いた時には、背後に長距離弾道ミサイルが破裂した空気の残骸を纏いながら迫ってきていた。あんまり音がしないタイプのやつだったらしい。

 ボクがびっくりして息を呑んでる間に、ロランは動いていた。腕を組んで別の場所の様子を窺うアレルを庇うように飛び出し、ひと蹴りで自分の何十倍もある大きさのミサイルをはるか遠くの海原に吹っ飛ばしたのだった。後続の兵器も全て、剣やブーメラン型の武器を使って次々と、あっというまに撃墜した。空や海のあちこちで爆発音や煙の塊が立ち昇り、爆風と海水の飛沫がここまで届いてくる……。

 

「……あのー、聞いてます??」

 

 傷一つ負っていないロランが戻ってきて覗きこむと、アレルは笑った。

 

「だから、適材適所だよ。俺が考えてる時に、何も考えないで動くお前がいるのがちょうどいい」

「……???」

 

 なんかロランはピンと来てないみたいだけど、そういうことだ。全体の様子を見て考えてる間、無防備になってるアレルの護衛。こういう反応はロランが一番速いからな。

 ってことは、2人と一緒にボクがここにいるのも“適材適所”?

 とその時、ちょっと気になる信号が脳に届いてきた。様子を窺ってみる。

 えーとこれは……ああ、ムーンたちか。この白い景色、この気温の低さ……。次の目標は711に決めたらしい。

 どうやら、向かってるのは建物の中だ。やがて視界に広がる、見覚えのある巨大な筒の内部。これは確か……。 

 

「つまり……今、あなたの本体はこの冷凍庫の奥にあるってこと?」

 

 アルスさんが、筒の内壁に向かって話しかけている。どこまでも続く、無数の冷凍格納セル……その中には、数十億の人類の“もと”が保存されているはずだ。

 

『ええ、そういうことです。このクレイドル施設には、内部で作動する武力防衛装置がありませんからね。こんな形で身を守ることにしました』

 

 711の声が応えた。……そっか、例え防衛のためでも、施設内部で不用意に交戦して“人類のもと”に被害が及んでしまったら元も子もない。

 でも……人類そのものを保存する冷凍庫の奥に隠れる? それが意味するのは……。

 

「……もう外にある砲台は全部壊してきました。勝負はついています。この施設の中で暴れる気なんてありませんから、攻撃態勢を解いてください」

 

『それは無理な相談です。オペレーション“ドラゴンクエスト”は、自由意思で参加や不参加を決められるものではありませんので。止めたければ直接ここを攻撃して、ぼくのステータスを機能不全にするしかありません』

 

 ……。それは、つまり……。

 

『ですがもし攻撃したなら、あなたがたの目的と行動が矛盾します。この格納セル以外に人類のデータが保存されているユニットはありませんから、人類は永遠に再生の機会を失うでしょう』

 

 人類そのものが入った冷凍庫ごと、711を攻撃するしかない。でもそんなことをすれば、ボクらは紛れもなく破壊者であり、侵略者。そう言いたいわけだね。

 ……でも、大丈夫だ。

 ボクには確信があったので、繋がりを通じてそれをムーンたち3人に送った。どうやら、3人も大体同じように考えていたらしいけど。

 ムーンたちは頷き合い、同時に魔力を溜め始める。

 そしてまったく躊躇することなく、イオラで冷凍庫を思い切り吹き飛ばした。

 粉々になったセルの中から、真っ白な冷気が溢れて下のほうへ滝のように落ちていく。中に詰め込まれていた大量の試験管のようなものも、バラバラに砕け散って。

 ……恐ろしい光景だ。今の一発で、一体どれだけの人間を殺したんだろう。数千万人? 数億人? いずれにしても大問題だ。

 もし……この冷凍庫が、“本物”ならね。

 

「ボクらはね、“人間”には攻撃できないんだ。そういうふうにできてるんだよ」

「攻撃が当たるなら、それは“人間”ではないということになる。適当な有機物を組み合わせて作ったダミーでしょう?」

 

 大破した筒の奥、露わになった711の本体ユニットに、アルスさんとナインさんが笑いかけた。

 そう。これが、本物の人類なわけがない。EVCたちはあくまでも、あらゆる脅威や問題から人類を守るために存在するAI。脅威であるボクらを排除するために、人類そのものを危険にさらすだなんて……片腹痛い。

 

『……ばれていましたか。ええ、本物の人類はとっくに地下深くへ移動させてあります。それにしても、ここまで躊躇がないとは』

 

「……人類を守る最後の砦であるあなたが、その人類を盾になんてするわけないもの。私たちを見くびらないで欲しいわ」

 

 ムーンが得意げに微笑むと、711の機械音声も微かに含み笑いを零したように聞こえた。

 

『時間稼ぎくらいには、なるかと思ったんですがね……』

 

 

 

 

 

 

(……みんな聞け。211、826、1127、そして711の攻撃機能を麻痺させることに成功した。527は126に守られていて手出しするのはまだ早い。つまり、残りは802と927と129の3体だ。機能から考えてあいつらは手強い、全員で1体ずつ対処する必要がある。最初は兵器の生産と各ユニットへの電力供給を調整してる802が目標だ)

 

 各エリアでの戦いが一段落ついたタイミングで、アレルが全員にアナウンスをする。そのメッセージを受け取って、みんなが802のいるSouth Americaに集まり始めた。

 みんなの視界に映る景色は、どれも暗くなり始めている。レーザーで赤く変色した空を眺めると、それでも辛うじて、日が沈みかけていることは分かった。

 イヴィの端末を見ると、時刻は18時21分。今日は4月18日だから、126の攻撃が始まる“4月20日午前4時”まであと30時間くらい。これだけあれば、残り3体の攻撃機能も停止させられそうだけど……。

 

(魔力の残りは?)

(802にもらった端末が機能しないから、体感になるが……全員まだ7割はある)

(思ってたより消費のペースが速いな。126との戦いが始まる時点で、5割は残しておきたい。戦闘以外に費やす魔力は最低限にする。地上に降りるぞ)

(了解!)

 

 一足先に地面に降りて、初めからこの大陸にいたユーリルさん、イザさん、エックスさんの3人と合流する。そして802の工場へ、走って向かった。脳が繋がってるおかげで、連絡し合わなくてもお互いの位置が分かるから便利だなぁ。

 それにしても、4体のユニットを停止させたってのはかなり大きいみたいで、息をつく暇もなく襲ってきていたミサイルや戦闘機やドローンたちの気配はない。至って平和だ。……残りのユニットたちも、もうあんまり効果がないって分かって、戦力温存のために遠距離攻撃を控え始めたのかも。

 でも逆に、なんだか“嵐の前の静けさ”って感じで不気味だ。

 

(……ここ、だったよな? 確か……)

 正面高くを見上げて、エックスさんが眉をひそめる。

 うん、そのはずだ。イヴィが表示するマップにも、今ボクらのいる座標が10000-802のドメインだと表示されている。でも……

(こんなんじゃなかったよな……。何だよこれは……?)

 ロランが珍しく狼狽えているけど、無理もない。

 目の前に聳え立つのは、もとの数十倍はあろうかという規模の超巨大な円盤型機械要塞だからだ。もともとかなり大きな工場だったけど、これは……。

(確か、地下もあったよな。中はどんな広さになってるんだか……)

(本体ユニットの場所をむやみに探すのは、得策ではなさそうだね)

「……イヴィ、802のメインユニットの物理的な場所って分かる?」

『…………分からない。この一帯に超強力な電波妨害網が敷かれているようで、一切の信号が検知できない』

(まぁそうだよな……)

 

 そうこうしているうちに、残りの6人も合流してきた。

 待っていても仕方がないので、さっそく巨大な要塞と化した工場の中へ向かう。何か802から挨拶でもあるかなーと思ってたけど、一言の声掛けもなく当然のように入り口の大扉が開いたので、驚いた。

 でも中に入った途端、全員が瞬時に異変を感じ取る。

 この空気……いや、蒸気……? 匂いや色、そしてちりちりと痛む喉や鼻の粘膜……。覚えてる。

(これは……)

(酸だ。揮発性の強酸が、空気に大量に含まれてる。前に802を不具合から助けた時の、あの黄色い液体だ)

(クソ……)

 そうだ、あの時の。なんかアレルが自業自得でとんでもない目に遭った、あれだよね。でも……濃さが、たぶんあの時とは比べ物にならない。まだ数十秒しか経ってないのに、もう呼吸が苦しくなってきた。

 とその時、轟音とともに背後の大扉が高速で閉まった。同時に薄暗かった内部の照明がついていき、構造や奥行きが露わになる。

 簡単に表現すれば、超巨大で広大な一本道。ただし足元には熱超強酸の湖がずっと続いているので、歩くのは無理だ。そして壁や天井には、冗談みたいな規模と数の固定砲台や機銃ドローンがびっしりとひしめき合っていて、ボクらが入って来たのを感知して次々と起動していった。

(わあ~……歓迎されてますねぇ)

(ずっと重力操作をさせて、魔力を消耗させるつもりだな。考えてやがる)

 とその時、やっとというか、どこからともなく802の声が響いてきた。

 

『よう、待ってたぜイントーナーズ。先に言っておくと、俺の本体がある場所まで来れればそれであんたらの勝ちだ。攻撃機能や電力供給を司る実行セクターの動作を止めてやる。でもそうしない限り、既に停止させた別のEVCユニットたちは時間経過で復活する。他のところをいくら壊してもほぼ無意味だ。実行セクターが無事なら自己修復するし、兵器や電力の生産には関係ないしな。あと、壁を壊したりして探す必要はないぜ。その一本道を最後まで進みきれば、そこに俺はいる』

 

「ほお。いいのかそんなこと言っちまって。できるだけ時間と余力を奪えって指示が来てるんじゃないのかよ」

 

『そうだけど……まあ、あんたらは恩人でもあるからな。親切心で先に教えといた。でも、これで借りは返したってことにする。武器防具を作ったのも足して、全部チャラだ。ここからは真剣勝負だぜ。それじゃあ……よーいドン、だな』

 

 

 

 

 802の音声が切れた途端、視界を埋め尽くす兵器の群れが一斉にボクらを攻撃し始めた。瞬時に反応し、ボクらは上下左右に分かれた陣形を形作って迎え撃つ。

 ほとんど視界が効かないほどの凄まじい弾幕の中を移動し、レーザーだの光線弾だの追尾ミサイルだのを撃ってくる装置たちを、物理攻撃で破壊していく。少し前が開けたと思ったらすぐに飛び込み、止まることなく道を前へ前へと進み続ける。じゃないといつまで経っても802のもとへ辿り着けないし、早いとこ決着をつけないと、酸の蒸気でどんどん身体が蝕まれていく。

 これは……かなり大変だ。気の休まる瞬間が一秒たりともない。周囲360度を常に警戒しながらずっと高速で動き続けていないと、自動照準や追尾型の攻撃装置から集中砲火を浴びることになる。遠いところにあるのは無視して進んじゃいたいところだけど、そうもいかない。ずっと後ろから攻撃され続けるからだ。ある程度、周りの兵器を片付けてからじゃないと進めない。

 

『なかなかやるな。分かってると思うけど、急いだほうがいいぜ。そこの空気はあんまり身体によくないから。あと、起動してる兵器を放ったまま進むのもお勧めしない。内壁に一定以上のダメージが蓄積すると建造物自体が崩れて、あんたらは超強酸の海に沈む。もしくは圧死する。最高に運が良くても、生き埋めってとこ』

 

 絶え間なく続く爆発音に紛れて、壁から802の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 えーと、つまり……自分たちを回復し続けるだけじゃなく、進みながら壁や天井の兵器を壊し続けていないと、全滅の危険性があるってことか。

 

(あーくそ、しんどい! すぐあとにデカい戦いが控えてなきゃ、呪文で何もかも吹っ飛ばしてやれるのになぁ……!)

(おい、魔力は可能な限り温存するんだぞ!)

(わかってるって!)

 

 汗をにじませながら、上下左右を縦横無尽に飛び交い、そこらじゅうを埋め尽くす兵器を物理攻撃で壊しながらひたすら突き進む。気付かないうちに身体にはどんどんダメージが蓄積していくので、回復を挟みながら……。キツいけど、802のいる場所まで行けさえすれば……。

 ……ん?

 待って……これって。

 

(気付いたか? ……俺たちは、既にこの戦いを経験してる。あいつらは“ネタバレになるから詳しいことは言えない”とかふざけたこと言って、誤魔化してやがったが)

(え? ……あっ、そうか! これ……“烈撃の試練”!!)

 

 そうだ。思い出してみれば、1_A01の鬼トレでやったのとそっくりだ。戦闘のフィールドも、敵の種類や数も、条件も……。

 だったら。

 

(突破方法も同じはず…だよね)

(ああ。そういうことだ)

(えーと、あの時はどうしましたっけ……。なんか、誰かが歌を歌ってませんでした? そのおかげで身体がすごく軽くって)

(あの時は……。あっ、思い出したぞ! 9-Wが歌ってた! 何て言ったっけアレ……!)

(“流星の歌”だ。ピオリムの数倍くらい素早さが上がって、頭の回転も速くなる薬物周波数のバトルソング。イザ、ナイン、どっちかできないか?)

(えーっと……)

(ああ、それならレックが覚えていたよ。僕にも……できるだろうか)

 

 きっとできるはずだ。確証はないけど……。少なくとも薬物周波数が使えるようになる手術は、イザさんも受けたことになる。

 身体は同じ。記憶も完全に継承した。今のイザさんならきっと……。

 

(試してみるだけの価値はあるだろ。ほら、やってみろ)

(わ…わかった。たぶん、かなり魔力を消耗してしまうと思うけれど……)

 

 阿吽の呼吸でユーリルさんやリュカさんが重力壁を生み出し、一時的にイザさんを守る。集中させてあげないといけないだろうから。

 こほん、と小さく咳払いをした後、イザさんは大きく息を吸い込んで声を張り上げ、聞き覚えのある旋律を奏で始めた。

 

 

 途端、強い耳鳴りが襲う。ざわざわと肌の表面が波打つような感覚が駆け抜ける。

 重力を操作しているにしても、身体が軽すぎる。まるで羽根みたいだ。同時に、周囲の景色がスローモーションみたいになる。目の前をかすめていくレーザー、四方から迫りくるミサイル……全部、止まって見える。

 

(……す、すげえ!)

(これだ……! よし、一気に行くぞ!)

 

 みんな、弾かれたように動きを再開した。

 これまでの比じゃない速さで壁や天井を走り、びっしりと並ぶドローンや砲台をおもちゃみたいに容易く粉々に打ち砕いて。

 機械の破片やボクら自身の血飛沫が飛び散る空間を、それをはるかに上回るスピードで縫うように駆け抜ける。桁外れの慣性がつくおかげで、ほとんど重力操作をしなくても壁を走り続けることができた。

 

(イザさんもけっこう歌うまいじゃない。練習とかした?)

(いや、特には……)

(ていうか今更だけど、1_A01が鬼トレ中にたまに歌ってたのって薬物周波数だったんだな。全然気付かなかった)

(知らないうちにボクらの能力を強化して、難易度がトントンになるようにしてくれてたんだね)

(あいつらのことだから、単に気分よくなって鼻歌歌ってるようなもんだと思ってたわ)

(いや、実際それに近いとこもあったんじゃないかな……)

(なんか、たまに踊ってることもあったわよね? あれはさすがに意味ないのよね)

(たぶんな……)

 

 数時間ほど、ボクらはペースを落とさず進み続けた。中はずっと同じ景色なので分かりづらかったけど、どうやらこの一本道は円盤型の巨大要塞の中で、ぐるぐると蜷局を巻くような構造になっていたらしい。途中から道の前方に重力がかかるようになったので、地下に向かって伸びてもいるみたいだった。

 ……そして、やがて行き止まりに辿り着いた。分厚い金属製の壁。その中央には、何かセンサーの類と思われる丸いユニットが填まっている。

 その頃には、ボクも含めみんなズタボロになっていた。血まみれで息を切らし、酸で焼けた喉から痛々しい咳を漏らして。

 

「はぁ、はぁ……。くそっ、痛ぇ~」

「まあ、最後にベホマズンしますんで……我慢しましょう……げほっ」

「おい、来てやったぞ! どうなんだ、ここで終わりでいいのか?」

 

 掠れた声で呼びかけたら、壁の真ん中の丸いセンサーが起動し、光を放射してボクらをスキャンした。それから数秒して、802の声が通路に響いた。

 

『こりゃ驚いたな……。まさかこんなに早いとは思わなかった。ああ、そうだよ……。……ここで終わりだ』

 

 瞬間的に、ボクは違和感を覚えた。同時に嫌な予感も。

 ピッ、ピッ……と、玉のようなセンサーユニットから規則的な電子音が聞こえる。

 これは……まさか!

 そう思った時には、既に壁を蹴って飛び出したロランが球体の真ん中に深々と剣を突き立てていた。電子音は途絶え、センサーが発していた光も消える。

 さすが。ボクを含めて数人が瞬間的に発した危機を報せる信号を、いち早く察知して行動に出た。前に129-1が、“脳から信号が伝わって身体が動くまでには意外と時間がかかる”みたいなことを言ってたけど……。自分の身体より反応の速い人が信号を受け取ってくれると、色々うまくいくね。

 

『……止めたのか? 回路切断で? おいおい冗談だろ……爆弾だってのは分かってたよな? そんな手荒な止め方で、逆に爆発するかもとか思わないのかよ?』

 

 802は半笑いで声をかけてきた。まあ、奇襲の策をほんの数秒足らずで見抜かれたら半笑いにもなるか。

 

「もちろん考えたさ。でも見ればわかった、この丸いのは爆弾そのものじゃなくただのスキャナーだ。そのシステムを少し書き換えた、瞬間的な熱暴走でここの壁と天井を崩落させるのに十分なだけの衝撃を起こそうって代物。つまり、回路を切ればただの鉄クズになる」

 

 喉や目が痛そうにしながらも、落ち着いた様子でアレルが応える。

 

『……今の一瞬で、あんたら全員がそれを見抜いたってのか??』

 

「いや。さすがに俺だけだ。気付いたのは俺だけだが、その情報をもとに俺より速く動ける奴がいたってだけだよ」

 

『……。……はぁ、わけが分かんないな……。まぁいいや、俺の負けだ! 完敗だよ。よし、約束通り実行セクターは止める』

 

 802の声色は、素直な解放感や喜びに満ちたものだった。

 ……宣言通り、紛れもなく真剣勝負だった。それでここまで綺麗に負けたのなら、何も悔いはない。何ひとつ負い目はない。そして、心から応援していたボクらを殺さずに済んで本当によかった。……そんな感じの。

 

 

 

 

 静かになった一本道を素早く戻り、地上に出る。

 ベホマズンでボロボロになった身体を治療し、喉や胃に溜まった血を吐き出して空を見上げた。辺りはもうすっかり真っ暗だ。

(ふー、疲れたなぁ……)

(ああ。でも休憩してる暇はないぞ)

(次はどうする? 予定通りなら……)

(……129だね。時間がかかりそうなほうから対処するのが良さそうだし)

(だな。よし、早速向かおう)
 

 地面を蹴り、真っ赤な星明りの下、最短距離でGreat Britain島へ。

 アレルやイヴィの考えによると、129も802と同じかそれ以上に手強い相手になりそうとのことだった。精神に干渉してくるタイプなので、どんな戦いになるか予想しづらい。

 

(なあ、さっきの802との戦いは、そのまんま1_A01のところでやった鬼トレにそっくりだったよな。なんだっけ……)

(烈撃の試練)

(それだ)

(他のユニットもそうだったりするのかな? あの“試練”って、何種類かあったよね)

(全部で10種類だが、パターンは5つだった。それぞれ難易度が2つずつ。他には全員の素早さや体力がありえないほど下がったり、当たれば一撃死する攻撃を避け続けるやつだったり、回復禁止だったり……)

(……次も、そのどれかが来る可能性が高そうだな。それにしても、“ネタバレ”ってこういうことか……)

(なんかやっぱり、反則してる感じがしますよねぇ。直接的に教えてもらってはないとはいえ)

 

 頭の中で雑談しているうちに、島が見えてくる……でも、海の向こうに影が見え始めた時点でボクらは違和感に襲われた。

 異様に……高い。島が変形している。

 あれはもはや……塔。

 

(……んっ? なんだあれ)

(明らかにおかしい形してるね……)

 

『警告。前方の巨大建造物より、異常超高周波による何らかの神経学的攻撃の予兆』

 

 いきなり喋り出したイヴィに、それってつまりどういうこと? って聞き返そうと思ったら……

 きいいいぃぃぃっ、と鼓膜がねじ切れそうな金切り声みたいなものが聞こえた。

 みんな思わず動きを止め、その不快さに歯を食いしばり、耳を塞いで、身をよじる。今までも何度かこういうことあったけど、今回のは特に強烈だ。

 ……十数秒ほどして、ようやく楽になったと思い顔を上げたその時。

 隣にいたユーリルさんが、どういうわけか絶叫しながらボクに掴みかかり、両手で首を絞めてきた!

 その瞬間悟った。混乱……いや、これは“発狂”状態だ。キアラルじゃないと治せない。

 つまりこれって……“狂惑の試練”!

 

「うぐっ……! く……は、早…く……死なない…と。死ぬんだ……みんなの、ために……」

 

 苦しそうに頭を抱えていたエイトさんも、真っ青な顔で呼吸を乱しながら、剣の刃を自分の首元にあてがった。近くにいたエックスさんが、慌ててその腕を掴んで止める。

 ボクは点滅し始めた意識の中で、必死にキアラルの詠唱をした。すると数秒して、血走っていたユーリルさんの目付きが正常なものに戻る。エイトさんも正気に戻った。

 

「……っ! い、今のは……」

「けほっ……もう、129からの攻撃が始まってる。早く止めに行かないと」

 

 移動を再開し、全速力で巨大な塔を目指しながら、みんなで作戦を練る。

 

(もし“狂惑の試練”と同じ条件なら、数秒のスパンで1人か2人が必ずおかしくなる。それはどうやっても防げないはずだ)

(ならどう対策する? やられるたびにキアラルでゴリ押すか?)

(いや、それじゃ向こうの思う壺だ。呪文を使う回数は最低限にしたい。混乱や発狂で一番迷惑なのは、さっきみたく自分を傷付けるとか仲間に攻撃してしまう場合だ。その対策として……)

(あ……お花。きれいなお花だわ。ちょっと待ってねみんな、私あのお花をお父様に……ふふふ)

(ちょっ、ムーンさん?? 危ないから離れないで!)

(決まりだな、やっぱり例の試練と同じだ。……同士討ちへの対策として、スクルトやマジックバリアで俺たち自身の耐久力を上げたいところだが、これもいかんせん燃費が悪い。これらに取って代わるのは……ナイン、お前だ)

(そうか、“白侵の歌”ですね!)

 

 

 

 

 薬物周波数で防御力や持久力が大幅に上昇し、ちょっとやそっとの攻撃じゃあビクともしなくなった。効果はスクルトの数倍以上で、普通サイズのミサイルくらいなら、当たってもほとんど痛くないほどだ。

 でも重要なのは、ボクら自身の攻撃力がミサイルやレーザーよりはるかに上だってこと。つまり、向こうの攻撃がどうってより、同士討ちしてしまうほうがよっぽど痛手なんだ。混乱や発狂状態になってしまうのを避けられないなら、そうなった時の被害を最小限に抑えるのが重要……ということ。ナインさんが覚えた“白侵の歌”で耐久面を大きく強化することで、それを叶えた。

 島に降り立つと、ただ定期的に高周波音を発するだけだった塔があちこちから光を発して変形した。軸が中心からずれ、不安定に絡み合った二本の腕のように。

 

『……死につイて考えナいで下さイ。その脳は笑う。必ず広イ黄色い部屋ニ取り残されましョう』

 

 ひどく乱高下する奇妙な声で、129-1…かな? が、わけのわからないことを言う音声が塔から響き渡った。同時に、絡んだ腕の形になった塔の表面に、絶叫する顔のような不気味な模様がホログラムで大量に浮かび上がった。その口の中から、蜘蛛の脚か何かに似た蠢く構造体が突出してくる。なんだろう、見ているとすごく不安になってくる……。

 

(塔のほうはあんまり見るな! 外見に、たぶん精神を不安定にさせるような視覚的効果を持たせてる。音声アナウンスもだ)

(そんなこと言っても、129はあの中っすよね? あっちに向かわないと……、あは、……ハハハ…はは、なに…なんだ、ここ? ふふっ、黄色い。濡れた雑巾みたいだ。どこだ出口は、どこに……)

(塔の下部を守っている、あの虫の脚みたいなものを壊さないと駄目そうだ。……それはそうと、おかしくなった仲間との意識の繋がりは遮断しないと、自分までやられるから注意しよう)

 

 ミサイルでの爆撃と、直撃を受けると身体が麻痺する高周波攻撃を繰り返す“脚”を排除するため、本格的な交戦に入る。5・6秒おきに誰か一人くらいのペースで必ず錯乱してしまうため、かなり戦いにくいけど……“白侵の歌”のおかげで総崩れにはならずに済んでるってとこだ。このままだと全員おかしくなって治す人がいなくなる、っていうタイミングでキアラルを唱えて全員を治し、その瞬間に最大火力で“脚”を一本ずつ潰していく。いやあ、鬼トレで予習しててよかった。こんな無茶苦茶な状況に置かれても大して動揺せずに済んでるのは、確実にあの特訓があったからだ。

 頭も身体も目まぐるしく状態が変わり、あとあと支障が出そうな感じはするけど、なんとか邪魔な“脚”を全部壊すことができた。その時には、東の空がちょっと明るみ始めていた。

 

(テメェよくも俺の膵臓を! 膵臓のいい匂いだ逃がさないぞ、膵臓膵臓膵臓……。……あれ? 俺また混乱してた?)

(うん。なんか膵臓に固執してた。……よし、全員治ったね)

(はぁぁ……くそ、疲れた。ものすごく疲れた)

(頭が痛いね……)

(今更だが、ナインってああいう歌い方もできるんだな。ちょっとびっくりしたよ)

(ね! いつもと違って激しい感じ)

(けっこう楽しかったです。一番好きなのはアルスが教えてくれた歌ですが、これもいい曲ですよね)

(時間さえあればもう一度ゆっくり聞きたいところだけれど、今はそれどころじゃない。急いで129のメインユニットのもとへ向かわないとね)

(そうだな。また防衛システムが起動しないうちに、中に入っちまおう!)

 

 

 

 崩壊した“脚”の残骸を飛び越え、なぜか開いている不気味な塔の入り口に駆け込む。

 

 ……真っ暗だ、足元すらまともに見えない。これは……。

 

(何も見えないな……)

(何も聞こえないしね。中の構造も今までと全然違うのかな)

(レミーラで明るくいたしましょうか?)

(……いや……たぶん、その必要はない)

 

 ちょっと体調が悪そうなアレルがそう言った理由は、すぐに分かった。

 外にいた時に聞こえたのとは違う、強烈なノイズ音が一瞬だけ、駆け抜けるように耳の中を通り過ぎた。

 ……ぐわん、ぐわんと、重く歪曲した耳鳴りが寄せては返す。

 この感覚……覚えがあるな。

 たぶんここは……

 

(もう現実じゃない。デジタル領域に引っ張り込まれたぞ)

 

 奇妙な浮遊感のある暗い空間の中。

 皆が向いているほうに目を凝らしてみると、うっすら……次第に見えてきた。

 大量の鎖で吊るされた血まみれの腕、脚、臓物……

 ……その下に佇み、こっちを見て不気味に微笑んでいる、目のない男の子の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

進〇ゼミでやったところだ!

 

というわけで、まあまあのペースで飛ばす最終決戦(?)です。まずはEVCボスラッシュ的なもの。

♪マークで聞けるおすすめBGMも、よければ流しながら。(過去のやつは削除されちゃってるのも割とありますが最近のは大丈夫なはず)

 

※ほんとは春休みシーズンのうちにもっと進めるつもりだったんですが、なんか普通に忙しかった。1・2月よりはマシってだけでやることいっぱいあった。

 

なので、まだもうしばらく続きますね。

修論ガチらないといけない時期(夏ぐらい)までには完結させられるよう頑張ります。よろしくお願いいたします。

 

 

ていうか、鳥山先生の訃報がショックすぎて……未だに引きずってます。

あぁぁ…………。