おばあちゃんの誕生日だった。78歳。自分の3倍以上生きているとおばあちゃんと話しながら分かってどうやってこれから生きていくのか寒気がした。久しぶりに声を聴いたのだが10年前に比べて声が弱っており、心配になった。おじいちゃんが70代後半で亡くなったので、生きる想像がつかないんだと感じた。なんとなくだが。戦火で生きたおじいちゃんと結婚し、戦後を生きたおばあちゃんは私にとってメンターである。闇市や戦後の人間的生活の復帰に尽力し、人格者であったおじいちゃんの妻というのはさしずめ極道の妻だと思う。確実に家族で一番怒らせてはいけない人だし、見ていて尊敬したくなる振る舞いを人にできる人だ。自分が小さい頃からそう感じていた。腰に病気を10年以上抱えており、とても辛いと思う。

 歳をとるという事が未だにどういう事なのか分からない。時間が経つからなんなのか。時間がすり減っていくけど肉体と精神は成熟し続けるのか。それとも成熟し続けている様で知識の海に深く溺れ続けているのか。私は今まで歳をとって嫌だと感じた事は、青春と名付けていい事がなくなった事だけだ。

 歳はとりたくないものだとよくいうが、避けられない砂時計に私はどう身を任せていけばいいのか。焦らない。焦らない。でも今日どう生きていくのか分からないと思った時、なんくるあるとは思った。「時間を大切にしなくてもいいけど貴重だと認識しておく事は大事だと思った。」今日のまとめ。