世の中にはいろいろなヒエラルキーがありますよね。

一般的に、世の中では、お金持ちや成功者が高い身分を持っているように思われていると思います。

しかし、その身分やヒエラルキーは正しいものなのでしょうか。

これは私の予想なのですが、神様の元には真実に基づいた本物のヒエラルキーがあって、私たち全ての人に序列があって、身分が決まっていると思います。

神様は「秩序の神」であります。

当然、身分の秩序もあるわけです。

では、どうやって序列が決まるでしょうか。

もちろん、持って生まれた貴賤の差、能力の差がありますので、それも考慮されると思います。

多く任される人もいれば、そうでない人もいる。

しかし、おそらく最も重要なのは、行いや心のあり様、人生の歩み方だと思います。

当然、善人は身分が高いです。

当然、悪人は身分が低いです。

おそらく貧乏な人でも心の底から善に満ちた人は身分が高いです。

逆に、お金持ちでも悪人は底辺にいるでしょう。

真実に基づいて判断されていると思います。

また、愛の大きさも序列に反映していると思います。

大きな愛を胸に抱いている人は身分が高い。

残酷で、狭量な人は身分が低い。

また、人生の歩み方、どんな選択をしてどんな生き方をしているか、というのも重要なポイントだと思います。

そこにはとてつもなく大きな差ができるからです。

義に生きているか。

欲望に生きているか。

愛と善を大事にしているか。

悪を楽しんでいるか。

困難な時や、重要な決断の時、岐路に立つ時。

そんな時にどんな歩み方をしたかというのは人によって大きな優劣の差が出ると思います。

また、日々の行いも重要だと思います。

品位を保って、口を慎み、愛と正義に燃える人は身分が高いです。

品位に欠けて、思ったことを好き放題発言し、罵詈雑言を楽しみ、無法に快感を覚えるような人は身分が低いです。

当然、罪人は身分が低いです。

常日頃から罪深い人は身分が低いでしょう。

とは言っても、私たちは皆大小はあれど、罪を犯してしまうのは避けられないものです。

大切なのは、自分を省みて、悔い改めながら歩んでいるかどうかだと思います。

とてつもなく大きな罪を犯してしまった人でも、真実に悔い改めて、その後正しく歩んでいった人は、神様の元でも高い身分を与えられるでしょう。

そんな感じで本物のヒエラルキーが存在すると思いますが、世の中には全く反映されていないです。

極端に言えば、世の中的に身分の高い、最底辺の人間もいれば、世の中的に身分の最底辺な、本当は最も高位な人もいると思います。

神様の目から見たら、人間の評価は明白で優劣がつきやすいものだと思います。

ちょっとした善行でも、それは非常に価値が高く尊いものだし、ちょっとした悪行でも、それはとてつもなく罪深くあってはならないものとなると思います。

日々の何気ない行いはものすごく重要な意味を持ち、その積み重ねによって、人の人生の優劣は大きく差が出ます。

いずれイエス様が再臨されたら、その序列も明らかになるのではないかと思います。

有頂天な最底辺と、勘違いされた最高位の人が逆転する瞬間を見ることになるのではないでしょうか。

私も日々自分に気をつけて丁寧に歩んでいきたいと思います。