Reminder

 

その頃僕は、

不敬の罪に極まって、

ムスリムのソイの極まりの、

ポツンと建てられたコンドーの、

3階の廊下の手詰まりに、

身を潜めて眠っていた。

 

もはや頼る弁護士も無く、

もはや酒に逃げる愛嬌も無く、

もはや友人を装う飲み友達も無く、

もはや死に場所を探す為に、

一日中バンコクとその近郊を彷徨って、

飛び降りる為の、

ショッピングセンターの駐車場も、

系動脈に突き刺す彫刻刀も、

体中に巻き詰ける太い輪ゴムも、

後一歩を踏み出す為の、

コンドミニアムの11階も、

すれ違いの対抗車線に、

正面から突っ込むダンプカーも、

もはや車で行く国境も、

自殺をしないと誓う王様の病院の軍人も、

全てが無くなり、

万策尽きたと言うところである。

 

同居するモーは、

仕事をしなくてはならないと、

夕方になるとエカマイのカラオケに、

美しく着飾って、

いそいそと出かけて行く。

僕は彼女を泥だらけの白いカムリで送って、

それから一人長い夜を、

彼女の帰りを待つ。

「もう馬鹿な事をしちゃダメよ!」

ともち米とガイヤーンを頬張りながら、

彼女は念を押す。

僕は何もやる事が無く、

自分を慰める事は既に、

7000万の国民に見られているので、

プライバシーなど

何も無い事が分かりやる気も起きない。

ただひたすらモーを待って、

1時間毎にセットした携帯の音で、

目が醒める。

僕は考えた。

眠っては駄目だ。

長く眠っていては時間がもったいない。

いつそのドアから、

不敬の足音が入ってくるかわからない。

いつそのドアから、

不敬の落雷が部屋を真っ暗にするかわからない。

残りの人生を、

なるべく正気で生きて起きて起きたい物だと、

そう思った。

 

そうして、

真夜中の丑三つ時に、

モーが帰って来て、

僕はホッとする。

彼女の腕の中で眠るのが、

何よりの慰めになるのだが、

それは彼女の機嫌次第で、

毎日慰めてくれる訳では無い。

日によっては彼女の愚痴を聞く事もあり、

日によっては彼女の昔の、

僕に対する恨みと後悔のモーラムを、

聞かされる事もある。

 

でも僕は思った。

このモーラムを聞かされる時が、

何よりも安らぎを得ることができると。

僕の詳細な過ちの記録が、

何よりも安らぎを得ることができると。

まるで仏教説話の様な彼女の我慢の営みが、

何よりも安らぎを得ることができると。

僕はそれをリクエストした。

もっともっと、

その話を聞かせておくれ。

一晩中延々とその話を聞かせておくれ。

決して辞めないでおくれ。

あなたはこの様に嘘をついた。

あなたはこの様に人を誤魔化した。

あなたはこの様にかの某国人を下に見た。

あなたはこの様に借金を返さなかった。

あなたはあの女とも連絡を取っていた。

あなたはこの様に悪かった。

あなたは、

あなたは、

あなたは

その羅列が、

いつまでも、

いつまでも、

続く事を祈った。

自分が地獄に堕ちて、

閻魔様の前で、

罪状を並べられる時も、

案外にこんな快楽があるのではないかと思った。

だって長い人生だったから、

少なくとも長くとも50年の人生、

織田信長と同じだけの人生なのだから、

その罪状は、

何枚、

何冊、

何メガバイト、

何ギガバイト、

何テラバイト、

全部を読み終わるまでに、

何千夜を過ごすかわからない。

それを楽しみに感じた自分が恐ろしい。

それを楽しみに感じた自分が慈しい。

モーのそのリマインダーは、

何故か僕に生きる活力をくれるのだから。

 

人間の気力とはどんな所から、

起こるのかわからない。

 

合掌

 

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