先週一週間、出張しておりましたので
母の事を久しぶりに書きます。
先週25日(実際に生まれた日) 92歳になりました。
「花きれいだね。とてもきれいだ。」
誕生日に渡した花を見てご満悦の母です。
ワシントン海軍軍縮条約交渉が始まった年で、
関東大震災の前年に、母は生まれました。
「本当に、ここまで生かされてありがたい。
もう十分だ。」と言い続けてます。
終戦の頃は、母は23歳。
母の兄は千島から本土に戻ってくる
輸送船内で魚雷攻撃を受けて沈没し亡くなりました。
母の弟は、あと1ヶ月戦争が伸びていれば、
特攻隊で命を落としていました。
92年という日々、大変は年月です。
今は、相当、ガタガタ、ヨボヨボの
ばあさんになった母から、私はうまれ、
そして、私もジジイになってきました。(私若いからLINEしてますが)
先週、施設の健診で肝臓の値で異常が発見されました。
胆管癌です。今、胆管がふさがれ、明日、入院します。
先週、木曜日に受診した際に
先生から告げられました。
その時、数値の変化の実感がなく
お茶も誕生会もあったので、
その日の入院は、断りました。
その後、改めて考えたら、
数値の上がりがかなり激しくて、
緊急事態に近いことがわかりました。
一旦、断ったので、次に待機患者さんが
入院することになり、ベッドの空き具合で、明日になりました。
母は黄疸で、黄色くなってますが、
全然病気には動じていません。
「もう、十分だから入院はしないよ。」
「このまま、放っていたら1ヶ月もたない。って言われたんだ。」
「おお、それで、十分だ。ちょうどいい。」
「私が、ちょうどよくない。この一ヶ月以内に死んだら、
私がこまる。来年は次女の成人式だし、そこまで、
なんとかがんばってほしい。」
「・・・そうか、次女の成人式だね・・。」
と言う会話があり、明日入院することになりました。
胆管に管を通して、胆汁を流す方法をとるそうです。
まだまだ、手の施しがあるので、
母の「それで、十分だ。ちょうどいい。」
という言い分には困ったものです。

