こんにちは。
一昨日からブログをはじめ三日目、意外と楽しいですね。
何よりも”口に出してまで他人に言わないが、常日頃自分が感じていること”に関して深堀できて、なぜそう思うかの理由?にまで辿り着けるからです。
では、今日のテーマ
Ⅰ.幸せやパワーの一定論
Ⅱ.・なぜ自分もリーマン?
Ⅰ.幸せやパワーの一定論 について
昔から、このような感覚を持っていました。
なぜなのかわかりませんが、根本人は平等だと思っていたからかもしれません。
若いうちに頑張りすぎると老後は気力がなくなる、どんな家に生まれても根本の幸せは生涯で見たときに誰しも一定。
しかし最近、そんなことはないように感じました。
ゴルフを毎週のようにしている還暦を迎えたおじさんをみてそう感じました。
アクティブな人はずっとアクティブなんだと。逆も然り。もちろんすべてにこれは当てはまりませんし、寧ろそんなことない方々も大勢おられると思います。
だがしかしbut言いたいことは、
”幸せやパワーは一定でなく自身で如何様にもできる”ということ。
間違いないです。
幸せに関してはそもそも”幸せの定義”みたいなところを述べたいですが、それは次回(今決めました)。
つまりなりたい自分に対して今の自分が異なるならば、何らか外的要因との接触回数を増やし幸せやパワーを掴みに行くしかないのです。
しかない、というとマイナスっぽいですがその過程が楽しいか否かは各々異なると思います。
以上。
Ⅱ.・なぜ自分もリーマン?
これは昨日書いた記事に繋がる話なのですが、如何にも「脱・リーマン者」のような記事を書いておりますが、私も現在リーマンです。身バレしたくないですが、二浪一流で都内の不動産三年目。いわゆる歩合制の給与制度なので、成果を出さない限り給与は増えません。
僕は現在、前記事に書いたような”ありきたりな欲求”が強い状態です。
しかし、強烈に行動はしていません。なぜか?最近ずっと考えていました。
おそらく、今まで本当にお金に困ったことがない、からです。
実家は自営業ですが決してお金持ちではありません。
しかし、並以上の生活や自由度は与えてもらっていました。
一人っ子で可愛がられていました。
子供の頃も自分より可愛い子供はいないと思っていました。(言い方は今考えましたが、当時の感覚は本当にそうです笑)
つまり、今までそんなに不自由や恥ずかしめはなかったのです。
これを言い訳にしていると言われたらそうなってしまうのですが、、、
成功している芸能人も過去どこかに”このまま時がすぎてはいけない自分”がいた期間があると思っています。つまり前向きへの力よりも、下にいる人間の成り上がり力のが強いのです。
(火事場の馬鹿力、?)
これは本当にそうで、”安定している人””何らかで不満を抱えている人”のパワーの具体例を出してみましょう。
”安定している人”
・ボランティア
・オンラインサロン
・家族サービス
”何らかで不満を抱えている人”
・You Tuber
・犯罪
・お金持ち
具体例が下手くそ過ぎましたが、何となく伝わりますでしょうか?
マズローの欲求5段階説が流石だと書きながら感じていますが、
”安定している人”は「外部」に対して
”何らかで不満を抱えている人”は「自己」に対して
アクションをします。そしてその欲求度は遥かに後者が高いのです。
自分を追い込め、などはその観点から非常にいい言葉だと思います。
つまり怖いくらいの「なりあがり精神」を抱える環境に行けばいいのです。
長くなりましたので本日はここで終わります。
書いているとどんどん書きたいことが出てきて終わりません。
またまとまりも悪くなります。
でも敢えてほぼ修正せず投稿します。
そのちぐはぐさもまた一興かと。
今日は、プラスの意味のお酒を飲んできます。
ではまた明日👋