タイムマシーンにお願い
以前書いた文章の中でも「タイムマシーンがあったらどの時代が良い?」という質問に「過去に戻りたい」という意見と「未来に行きた」という意見に真っ二つに別れるが、僕は過去には戻りたくない。なんていう話をした。これまでのいろいろなところに分岐点や反省があり、そこへ戻ってやり直せばまた違う人生だったかもしれないし、もっと良い人生だったかもしれない。けれどその都度、そこからその問題を解決しながら、一つ一つ努力して、その延長線上に今の僕がいて、そして今現在、出会えたパートナーや、大好きな人々に囲まれているここに今の自分がいる。そんなどこかの分岐点で違う道を進んでいたらば、彼らには出会えない人生だったかもしれない。それならば彼らと出会ったこの人生の方が僕は好きだ。みたいなことを書いたような気がする。
曲がり道くねくね
分岐点で違う方へ進んでいたとして、その先には何が待っていたのだろうか?有名な芸能人とタメ口でグラスを傾けていたかもしれないし、そのグラスを傾けながら、ちょっと気が大きくなって、もしや週刊誌にスクープされて、たくさんのカメラの前で謝罪をしていたかもしれない。でも、前にも書いた通りに、過去に戻っても、きっと以前と同じハズレクジを引いて結局今と同じ道のりを歩んでいるような気がする。そんな自分のことを嫌いじゃない。むしろそんなポンコツだからこそ愛おしい今の自分がここにいる。そんなことも書いたような気がする。
よく歌われる「帰ってっこいよ」
いわゆるシンガーソングライターや演歌の歌詞で「帰ってこいよ」とか「帰りたい」と歌われることが多い。特に田舎出身の方が実名で出身地の名前を歌うことも多い。都会生まれの都会育ちの僕には正直故郷への想いという感情がよく分からなかったのが正直な気持ちだ。ただ、学生の頃に夏休みにもなると仲の良い学友たちが「故郷へ帰省」する姿を見て憧れの気持ちで、その帰省に着いて行ってしまってことがある。初めましての偽物の息子にもおかえりと温かく迎えてくれ、お家の中で何をするでも無くのんびりとお袋の味を堪能する日々を過ごしたことが、これまでに数回経験している。行ったこともない具体的な地名と風景とその中での思いを歌詞に歌っているけど、行ったこともないのに聞きながら涙してしまったりもする。
帰る場所は結局幼き頃の自分自身
きっと帰省する場所というのは青春時代を過ごした場所、まだ幼き自分を温かく、時には甘やかし、優しさに包まれていた、そんな場所と時間にタイムスリップする行為なのではないかと、帰省する場所のない僕は考えてみる。まぁ帰る実家はあるけれど同じ市内なので特別に懐かしさとかくすぐったい気持ちはあまりない。
幼き頃の懐かしくて温かな時間、守られている安心感、全身全霊で寄りかかる安堵感を時間だけの帰省をしてくれるのが「思い出」だとすれば、松山千春が歌う「足寄より」も、僕にとっては遠い帰りたい心の故郷だったりする。だからなのか、年齢を重ねるに従ってこの曲が心の中で段々と温かい物に変わってきた。
若かりし頃にギターを片手に歌っていた頃は、片思いの気持ち、大好きな女の子を思う歌、将来の夢に恋い焦がれる歌、不安な毎日を癒してくれる歌たちが、心に響いていたけれど、白髪の方が多くなってきた近頃は、そんな故郷を思う曲や、懐かしい旧友の背中を追いかけていた曲などが、いつもいつも胸のあたりでジンと鳴り響いていたりする。
戻る場所は心の中にだけある
旧友と会う時間もどんどん消えていき、気の合う同士にも会うきっかけも少なくなり、日々は家庭と仕事場の往復と、時折懐かしい声を電話で聞いたり、スマホにテキストで届いたり、そんなちょっとした出来事でもちょっと胸が熱くなる時間がある。最近はこうやってブログサイトに物思いを投稿しているが、まるで公衆トイレの落書きみたいな駄文に「いいね」をくれる方がいて感極まってみたり、様々なサイトに感情を垂れ流してみたり、そんな公共の場でも見ず知らずの方とご縁で仲良くなったり、通りすがりの方の文章に心を揺さぶられてみたり、顔も名前も知らない方との袖のふれあいで時折「田舎へ帰る温もり」みたいな感情を抱くこともある。これって見ず知らずの同志との仲間意識だったり、自分の中にいる懐かしい人物の投影だったりするのだろうか?
只々、スマホの画面の中に時折「心の故郷」を感じる瞬間と温もりがある。そして僕は最近特に思う、人や歌って温かいもんなんだよね。
田舎自慢に憧れもある
松山千春の初期の歌の中には故郷を歌った歌が多い。デビュー曲の「旅立ち」はまさに田舎で仕事がない同級生たちが仕事を求め都会へ出ていく様子を歌っている。君たちの旅立ちだ!俺はこの故郷を守っているから元気に旅立っておくれ。そんな思いを女性目線の歌詞で書いているが、松山千春自身の思いを綴った歌である。また故郷の名前そのものである「足寄より」。本当松山千春のおかげですっかり有名になった町ではあるが、地元では本人よりも父さんの方が有名で「松山明の息子」の方が親しまれていた時代もあるそうだ。
戻っておいでよこの町に
都会の暮らしに疲れたら
相変わらずの田舎町
それでもお前の故郷だろう
時を超え彼らも定年を迎え足寄に戻ってきた同級生も多いようです。
