近頃、娘が自分で靴下を選んでくるようになりました

というか、娘はファッションが好きなようなので、服は洗濯という大人の都合上ムリなのだけど、靴下くらいは自分で選ばせてあげたい、と思ってそうしています。
しかし、イヤイヤ期に入った娘は、選ぶのもイヤイヤしてお出かけ準備に時間がかかる事があります

それでも私は、ぐずる彼女を叱ったりなだめたりしながら、時間をかけてでも選ばせます。
何か間に合わない事情があるとしたら、時間配分をミスった自分の責任です。
彼女に非はありません。
道理の通らないワガママは叱りますけどね

ある時その場に、おばあちゃん、つまり私の母が居合わせました。
選ぼうとしない娘に対して、
「じゃあおばあちゃんが選ぼうかな〜。
これにしようっと」
と言って、一つの靴下を見せました。
私は、自主性の訓練なんだから、やめるよう伝えました。
しかし、時すでに遅し。
しばらくして娘が選んできたのは、おばあちゃんが選んだ靴下だったのです

私は、自分がそうやって誘導されてきたんだと思い知りました。
将来なりたいものも、習い事も、進路も、趣味も、住むところも、仕事も、もちろん善悪の判断さえも。
子どもを持って気付いた事がたくさんあります。
母にはずっと、
「あんたも子どもできたら、
親の気持ちが分かるわ!」
と言い捨てられてきましたが、
なんと分かったのは、
うちの父も母も、自分がされてきた事もおかしい、
という事でした

確かに、自分で考えられる子になって欲しい、と願うのも親のエゴでしょう。
靴下を選ぶ、そういう指導も誘導と言えるでしょう。
しかしそれを自覚していて導くことと、親が楽な方へ誘うこととは、天と地ほどの違いがあるのではないかと思います。
それだけでも、私は自分の母より良い母になれるかも知れない、と。
もしかしたら、10年後には考えも変わってるかも分かりませんが、ね



願わくば、大人に惑わされることなく、考える頭を自分で育てられる子になっていますように……。