ジェイムズ・ブラウン日本人説を追う | 洋楽と脳の不思議ワールド

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マイナーな60年代ビートミュージック。駄洒落小話。写真と読書感想がメインのブログです。

写真に凝り始めたので、テクニックを使ったら面白い写真が撮れた。









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どうだ~芸術的だろう~本当は手振れしただけなんどけね(笑)













写真が余ったので、いくつかお見せする。








出てまいれ 洞(うろ)に隠るる 胡乱(うろん)なやつ
 
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薄(すすき)原 腹に優しい 薄き茶よ

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紅葉(もみじ)狩り 借りた金さえ 黄泉路(よみじ)かな

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wiki を見ると、JBは両親ともに黒人だと言ったり、ネイティヴ・アメリカンと中国系の血が入っていると語っているそうだ。

His parents were both black; in his autobiography, Brown stated that he also had Chinese and Native American ancestry.


日本語のウィキでは「父はアパッチ族インディアンで、母はアフリカ系黒人アメリカ人とアジア人の系統である」と記されている。

一方、来日したとき、自分には日本人の血が流れているとリップサーヴィスしたので、リップサーヴィスを真面目に受け取る日本人の美徳から、彼には日本人の血が流れていると信じて疑わない人も多い。


ボクは過去に一度、JB日本人説を調べたことがあり、彼には日本人の血が確かに流れているのを証明した。

しかも、東北人の血だと特定までしたのだ。

少年院に送られたこともあるワルガキ時代の過去を振り返って「まんず、まんず、悪童(わるどう)」と歌っているのを発見したからだ。

今日では Man's Man's World と英訳されて、広く知られている。



これだけなら偶然の一致ということもあるが、もうひとつ決定的な証拠を見つけたのだ。

81年の Montreux フェスで Try Me を歌ったときの出来事だ。

西欧人聴衆に向かって、Thank You と謝礼を述べた後、わざわざ日本語で「ありがとう」と述べているのだ。

西欧人の間に「ありがとう」という日本語が浸透する以前の話だ。

西欧人相手にもかかわらず、つい日本語が出てしまったと解釈するのが自然だろう。

3分42秒あたりです。
















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