今日はyoutubeを見ていたのですが、


そのコメント欄で日本人を馬鹿にしている人がいました。



日本が陰湿で80パーは性格異常のような、根拠のないことも書いていたと思います。

まず、意見を持つのはよいのでしょうが、自分なりの事実を持つのはよくないですね。


ただ、私は今まで日本人は皆愛国心、パトリオティズム(ナショナリズムではないです)を持っているものと思っていたので、少し悲しく感じました。


もちろん日本語を使っているから日本人とは限りませんが。


そして、もっとショックだったのは、今日本人の何が好きか、日本の何が好きか、他人に納得してもらえるように主張せよ。と言われると、

それが私には大変難しいことに感じられたことです。



私は、日本で生まれ、今幸せだから日本が好き、くらいにしか思っていないのだなあと痛感したのです。


が、同時に自分の生まれた国を愛するのに理由が必要か?

なんて思ったりもします。




とまで書いたところでありました。


まずは、日本人のもつ情緒が好きです。


平安時代から続く、文学の歴史。江戸時代の高い識字率
自然の美しさを感じる心。


それから、優しいところ。これは抽象的すぎますが。



ということで、明日も頑張っていい日にしたいなぁと思っています。


その理由として、まず

たいていの人は、自分、についてそうはっきりと意識して、

質問に対して明確な回答をもっているわけではないこと。


つまり、質問者の言葉を聞きながら、人と関係を持ちながら、

自分自身を振り返り、回答することが一般的であること。


そして次に、

自分自身を、特に自分の内面について、何かしら述べても、

たいていは時間と共に移り変わっていくものであること。

よっぽどの信念があれば別ですが、

今思っていることなど、数年経てば変化することが当たり前。


また、言葉で人間を表すことの限界もあります。

たとえば、

あなたは人を殺しませんか。

と聞かれて、殺さないと答えたとしても、それは原則殺さないということに過ぎず、

事細かに状況を設定すれば、意見は変わるかもしれません。



つまり、質問に対しての答えはあくまでその人にとっての

原則にすぎず、例外がありえる。

回答がその人物を直接表すことはないのです。



話がずれてきているようですが、

またおいおいまとめたいと思います。

とりあえずメモ程度ということで。

コミュニケーションについて、通学中の電車で考えたことをまとめていきたいと思います。


ここではコミュニケーションとは、
他人のことを知ること、に限定してみます。


他人を知るには、いろいろな手段がありますが、

外見を確認するのは簡単です。見ればおしまい。


内面を知るにはどうするか、ですがそれはおしゃべりしたり、

町で老人に優しくしている場面に出くわしたり、

いろいろありますよね。



そして、思ったのですが会話をしたりして接する場合、

こちらが相手のことを知ろうとする時、相手はこちらのことを見ています。


そして、会話の内容も、相手の挙動、リラックスの具合、会話のペースも

こちら側の人の影響を受けたものになるのですね。

そして、他人の影響を受けながら答えたものは

その人自身の本音からはきっと遠ざかるでしょう。



とすれば、会話で相手のことを知ろうとする場合、

基本的には、

相手に何の影響も与えず、ただ相手の内面を淡々と引き出していく

ことこそが相手のことをもっとも

簡単に知る方法なのかもしれません。


もちろん、今書いたことは絶対的なものではなく、

あくまで1つの論理です。


つまり、他人をよりよく知ろうとすればするほど、

自分を殺さなくてはならない。ということです。


人を知るには自分を殺す、とすればおもしろい考えのように思えました。


が、これは結局間違っているのかもしれません。

バイトにも慣れてきて楽しい。


電車通学もまあ慣れてきたかな。



あるていどの負荷をかけて成長せねばなりませんな。

そう、それから、人が会社を操る、というより会社に操られる、ような例を昨日は体感した。


やっぱ好きなことで働くしか、抜け出す方法はないかもね。


まあでも、優先順位では、自分の生活の安定、みたいなものはそれほど高くはないし、問題はないか。


ただ、優秀っぽくみえる人で、くすぶってる人と、企業で会社員やってる人の差なんてそんなにないやろ、とは感じた。


努力で差はうまれるけど、頭のいい奴以外はほんとちょっとの差で、

なんか複雑な心境になった。


もちろん、私自身とはまた別の話として…


とりあえず、今日も講義を楽しく頑張ろう!

今日は一日癒されました。


やっぱし、遊びたい人、一緒にいたい人との時間を確保する、というのはとても大切なことなんだなあ、と実感。




支え、支えられる人を見つけて、

一緒に暮らして、笑って死ねればそれでいい。

って人もいるだろうし、


私もそう思っているから、まあもういつ死んでもとても幸せなんですな。

こういう気持ちになれたのが本当に幸せだと思う。


これからは、自分を少しづつ成長させて、今ある人間関係をもっと大切にしたい。

ゴールデンWEEK最後の日も


小説を読んで、のんびりすごしました。



大学生のうちに、下手でも私小説のような、簡単な自伝を書こう、と思っていたので、準備中ですね。


本を読んで、いい文章が頭にたまればいいのですが…


今日はとても休みを楽しんだ1日であった。



ホムンクルス9巻までをゆっくり読み、

柏餅を食べながら勉強し、


谷川俊太郎の詩を読み、

時をかける少女の映画を見て、

後、ドラマ「リーガルハイ」の1話を見て、

「結婚できない男」を見返し、


悪の教典、の序章を見た。

そして、スポーツジムでサウナに入った。


そんな楽しい1日だった。


普段忙しく頑張っている方が、休日は楽しい。

GWもそろそろ終わりだが、気持ちを新たにまた頑張ろう。

どの地域でも催されているのかはわからないが、

私の地元でやっている、踊りの催しを見に行こうと思った。



結局、会場がよくわからず探すのも面倒で、

BOOKOFFに行ったら、20%OFFのセール中だったので、

河合隼雄の本を数冊と、

前々から欲しかった「ホムンクルス」という漫画を9巻まで

まとめ買いする。



あぁいう若者の踊りでは、

なぜいつも、江戸時代やら、戦国時代に思いをはせて、

とか言うのだろう。



思いをはせて、とか言ったって、その時代のことを調べたり、

その時代のよさみたいなものを取り入れているようには見えないのに。


そういうもののイメージだけなんとなく使うことは、

過去の時代の価値を貶めていると思うので


少しいいやな気分になる。


おどりは見ていて楽しいのに




今まで食べた中で一番おいしかったものは?


と聞かれても私はとくに何も思いつきません。



料理の味というのは、その時の自分のコンディションによるところが

大きいと思っていますし、


料理のおいしさというのも、1食の中であれ、その料理を食べるうちに変わっていくものです。

なぜなら限界効用があるので



それで、です。

今日私はバイト後にまかないを食べたのですが、

驚くほどおいしかったのです。


80円のまかないだったのですが、

びっくりするくらいおいしかった。

こんなこともあるんですね。


食べられるなら今後もおいしいものは食べたい。

しかし結局、食事の幸福とは長続きしませんし、すぐに忘れてしまうものだと思います。



やはり、何を食べるか、より誰と食べるか。という気がします。

後は料理に伴う演出。とか。


思い出に残るような食事を、もっとしていきたいものですね。


私が今一番欲しいもの。


それは情緒です。


ここでいう情緒とは、感情、つまり喜怒哀楽とは違って、


経験や生活の環境によって形作られるものであります。




具体的にいうと、私は自然を尊び、美しさを感ずる心をもっと養いたいのです。


日本人の考え方、のようなものは少しずつ変わっているでしょう。

しかし変わらないものもあります。


私が思うに、日本人は他国と比べれば、

素直な心を持っている。と思います。


流されやすかったり、団結力があったり、変なところで真面目であったり。


そういった、良さが、情緒を学べばよりよいものになると思うのです。

つまり、日本人には本質的に情緒の心と相性がよいのだと思います。


で、とりあえず、芭蕉の句を読んでみたりしているのです。

まだまださっぱりなのですが…