人を認めること

人をゆるすこと

人に感謝すること

どんな人も

信念やプライドを持って生きていることを忘れないこと

すべての中心が自分ではないこと

そのうえで

自分を大事にすること

紐解けば

どんな人とも友達になれる

そのことを実行したいんだ

そのためにはじめられることを

考える

いま
ここ数日、どうも地に足がつかない気がするのは、
桜も咲ききったというのにまだダラダラと続いている寒さや天気の不安定さが原因なのだろうか。

思えばこの数年間、これといって自分に刺激を与えることなく、
ただ惰性で過ごしていたように思う。
日々、感受性は薄れて、
無感動に生きている。

それでも若いころ持っていた気がする欲や野心はまだ根深くわたしの中にのこっているようで、
何かの拍子に時おり姿を現しては、
感情のひだをいやらしく、無遠慮にかすめていくことがあり、
その度、疲労感に襲われ、ストレスとなるという、厄介なサイクルを繰り返している。

何が足りなくて、何が無駄なのか、
その辺りがやけに曖昧で、
無駄なものでも、これはこれであってもいいかなどと思えてしまったり、
本当に求めているものが何なのか、心の奥底に埋もれて行ってしまったりしている。

だって、
ものすごい早さで時が過ぎる。
例えば激しく心を揺さぶられた出来事を思い出しても、
今の心はぴくりともしない。
おんなじ自分の心なのに。
忘れたわけじゃなく、ただの過去になっただけ。
それでも本当はもっとありありと思い出して、今の心も揺らして欲しい。

使い捨ての人生は楽しい。
そして虚しい。

わたしが欲しいのは、貴方ではありません。
貴方と過ごす時間です。

物質的なものなんてもう、欲しがるつもりはないのに。

独占もしません。
わがままも言いません。
ただほんの少し、貴方の時間をください。

わたしが持っている時間はわたしのもので、
貴方が持っている時間は貴方のもので、
また、その使い方も、わたしと貴方とでは、ちがう。
その相違をなくそうだなんて、甚だ自己中心的なことを、
一緒に使うというだけでそれが幸福感に溢れるのなら、
それがいちばんではないでしょうか?

その中で刺激し合うことができるのならば、
わたしの腐りかけた心もまた、熱を帯びてくるかもしれません。
もちろん、貴方にも、つまらない思いはさせません。

貴方の存在と貴方の持つ心地の良い時間が、
何かに埋もれたわたしを引き揚げてくれる。
誰でもいいわけじゃない。
だから厄介だけれど、
だからこそ、望むのです。
お互いのペースをまもれば、いまよりもっといい関係になれるとわたしは信じている。

もっと熱くなりたい心が、
今日もしずかに叫んでいる。

夏だ。


去年の夏は、天使と一緒にいた。

天使は、新宿の小汚い商業ビルの廊下に後ろ姿で突然現れた。

触って確かめたのはほんの数回。

だけど天使はいつも一緒にいた。

心が、ずっとそばにあった。

天使は私の嫌いな冬も一緒にいてくれた。

寒い冬だったけれど、心はずっとあったかかった。

やがて天使は私の元から飛び去った。

失ってからその大切さや、

あのときどうするべきだったか、とか、

そういうことに気づくってよく言うから、

そんなヘマはするまいと思いながらも、

結局はよくある失敗をまんまと繰り返して、

飛び去る後ろ姿を見送った。

ひらひら舞落ちて来るその羽根をつかまえようとした。

腕を伸ばして必死に。

だんだん疲れてきて、やめた。

大事なのは、物質的なものじゃなくて、

見えなくてもありありとそこに感じ取れる心なんだよ。

あとは急がないこと、欲張らないこと。

天使が教えてくれたこと。

あのとき言いたくなかったありがとうを、

きっといつか言える日が、

来なかったとしてもそれでいい。

渡し合った心の切れ端が、きっと伝えてくれる。