1950年代後半に一世を風靡したElvis Presleyは、音楽業界において数々の革命を起こしてきた。ロックンロールを普及させたことから“キング・オブ・ロックンロール”と称され、ギネス記録には“最も成功したソロ・アーティスト”として認定されるなど大きな影響を与えた。歌手として社会現象を巻き起こす一方で俳優としても映画に出演するなど多方面で活躍した。
1954年7月に「That’s All Right」でレコードデビューし、その後はアメリカ南部で地方営業を行ないながら地道に知名度を上げていった。公開ライブ放送のラジオ番組『Louisiana Haydide』に出演すると、腰を動かす挑発的なパフォーマンスに熱狂するファンが続出し、たちまち話題になった。
1955年の秋に大手レコード会社と契約を結び、翌年の1月にCBSで放送されている音楽番組『Tommy Dorsey Stage Show』でテレビデビューを果たすと、白人らしからぬパフォーマンスと黒人のように歌うことができるアイドルとして大きな反響を呼んだ。当時は人種差別が根強く残っており、曲に合わせて踊ることや白人の音楽であるカントリー・ミュージックと黒人の音楽であるブルースやゴスペルを融合させたロックンロール調の楽曲が珍しかったことからPTAや宗教団体からクレームが相次ぎ、再び同番組に出演した際には視聴者の意見に配慮して上半身しか映し出されなかった。
1956年にテレビデビューすると、「ロックは若者を悪くする(非行に走る)」として凄まじい批判を浴びることになったが、若者の間ではエルヴィスブームがさらに拡大していった。
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1956年1月に出演した『Tommy Dorsey Stage Show』で腰を動かしながらパフォーマンスする姿が話題に。
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1956年4月に出演した『The Milton Berle Show』は約4,000万人が視聴。
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1956年7月に出演した人気バラエティ番組『The Steve Allen Show』は視聴率55%を記録。
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1956年7月に故郷メンフィスのラスウッド・パークスタジアムで行われたコンサートでは腰を動かしたら即逮捕できるようにと監視役として警官が配置された。
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1956年9月に出演した『The Ed Sullivan Show』は視聴率82.6%を記録。当初はエルヴィスだけは出演オファーをしない意向を示していたが、別の番組で脅威の視聴率を叩き出したことから出演をオファーした経緯がある。
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テレビ局には「腰の動きが猥褻」「声が淫ら」「姿が不良っぽい」などといった抗議の電話や電報、手紙が殺到した。
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一部のラジオ局では「ロックンロールが非行に走る」という考えから放送禁止することもあった。
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ある評論家は「下品でいやらしい踊りの名人」と評し、アメリカの大衆紙であるニューヨーク・ジャーナルは「まるで原始人のステップのようだ」と猛烈に批判。
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リーゼントが男性の間で一躍人気となり、あまりの影響力でミシガン州では高校生が退学される事態まで発展した。