夢地蔵15 この物語はフィクションである
夢の中で藤子はお地蔵様を捜していた。
歩いて、林の中を探しても、走って山の中へ入っても、どこにもお地蔵様はいなかった。
もうそんな夢を幾晩も見ている。
藤子は焦っていた。
自分にとって、あの子の命は,あの小さい命は他人ではなかった。
救えるものなら、救ってやりたい。
子供の命、そして親の命。
今あの親子の命は藤子が握っていた。
然し、あげたはずのお札が本当にあの子に渡っているのか分からなかった。
そんな中、携帯の電話が鳴った。
百合子からだった。
「もしもし、百合子さん、何かあったの?」
電話の向こうから、百合子の声があった。
「藤子さん、ちえ子が、ちえ子が、先ほど息を引き取りました。
7時5分でした。
ちえ子は、最後まで私の手を握っていました。
意識のない中でも私の手を握って、ありがとうを言っていました。
藤子さんとお会いして・・・・あれから三日間。
ちえ子は本当に元気になり、医者も驚くほどの回復でした。
奇跡が起こったと思いました。
ちえ子の書いた作文を貴方にどうしても渡しておきたいのです。
明日会えませんでしょうか?」
藤子は
携帯を握って、
「何故?何故なの?なんでお札は届かなかったの?
私の、私の大切な小さな友だちが,何故?たった7歳で何で死ななければいけないの?
お地蔵様、返事を下さい。
ちえ子ちゃんの命の炎を何故大きくしてあげてくれなかったの?
なんで?」
・・・・・・・・・・
藤子の声は届かなかった。
翌日、藤子は待ち合わせた公園に行った。
達観したような顔で百合子は藤子に言った。
「長い間、本当にお世話になりました。
短い一生だったけれど、ちえ子は貴方に会えて幸せだったと思います。
これは、あの子が最期に書いた貴女への手紙です。
どうか受け取ってやって下さい」
差し出す百合子の手を藤子は拒否した。
「いやです、これを私が受け取ってしまったら、貴方は死んでしまう。
どうか死なないで、生きて下さい。お願いです」
絞り出すように訴える藤子に向かって、百合子はにっこり微笑むと、
「ここのベンチに置きます
もうお会いすることもないと思いますが、本当に私達のような親子にこんなに親切にして頂いて、ありがとうございました。
そして、これはもう一通、私から貴方に手紙を書きました。
後で呼んで頂ければ幸いです」
百合子はそう言って二通の封筒をベンチにおいた。
深々と頭を下げると百合子は、きびすを返して、歩いて行った。
振り返ることはなかった・・・・・
藤子は何も言えず、黙って後を見送るだけだった。
家に帰って藤子は,手紙を読んだ。
ちえ子ちゃんからの手紙だった。
「おばちゃんへ、ちえ子は、おばちゃんと友だちになれて、うれしかったです。
おばちゃんと一緒に数え歌を教えて貰って、ちえ子はうれしかったです。
お手玉遊びを教えて貰ってありがとうございました。
後、折り紙を教えて貰ってありがとうございました。
鶴の折り方を教えて貰って、ちえ子は一杯作りました。
これからも、一緒に遊んで下さいね。ちえこ」
次に藤子は百合子の手紙を読んだ。
「藤子さん、あの子の病名が分かったのは、数年前です。
隠していて申し訳ありません。
長く生きられないちえ子を私は,一緒に生きる事で元気に産んでやれなかった償いをしようと思っておりました。
この手紙を読んでおられるときには既に私は、この世にはいないと思います。
短い間に、私は貴方を通じて、本当に人の情けやありがたさを学びました。
私は世の中を怨んで死んでいくと思っていました。
でも、その考えを貴女が変えてくれました。
もう一度生まれ変わったら、今度はちえ子と一緒に元気に暮らそうと思っております」
読み終わった藤子は、居ても立ってもいられなくなった。
玄関を出ると走った。
まっすぐ百合子の元へ走った。
「待って、死なないで、お願い。
死なないで!」
藤子は右手を握った。主人が渡してくれた三つのお札を握って・・・・
叫んでいた・・・・
「貴方、あの人を死なせないで!
お願い!私のかけがえのない親友なの!いいえ!もう家族なの!私の・・・私の娘なのよ!貴方、助けて!」
みいと一緒に走った。息を切らして走った。
息せききって走ると、藤子は百合子のアパートの前に着いていた。
藤子は百合子の家の玄関のドアを叩いた。
「百合子さん、死んではだめ!
ここを開けて!百合子さん!
百合子さん!」・・・・・応答がない・・・・・
近所の人が何事かと思い家から出てくる・・・・
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
藤子は
「百合子さんが!百合子さんが!・・・ここを開けて!早く開けて!百合子さんが死んでしまう!」
・・・・・・・・・・
百合子のアパートから百合子を乗せた救急車がサイレンを鳴らして立ち去ったのは、それから10数分後のことだった。
藤子は百合子の側で百合子の手を握り続けていた。
「ごめんなさいね、もう少し私と一緒に人生を歩んで下さい」
昏睡の続く百合子に藤子はそう話しかけていた。
百合子は睡眠薬を大量に飲んでいた。
発見が早かったのと、適切な処置が功を奏して、百合子の命はかろうじて助かった。
百合子の意識が戻ったとき、枕元には藤子がつきっきりでいた。
「百合子さん」
問いかけに、百合子は
「何故、何故助けたの?貴女を怨むわ。ちえ子は今頃一人で困っているわ」
まだ、もうろうとする意識の中で百合子は,藤子の手を握っていた。
藤子の手のひらから、“命”という文字が消えていた。
藤子は,百合子に言った。
「百合子さん、貴女は死んではいけない。
私を救ってほしいの。
私は貴女がいなかったら、生きてはいけないの。
私の、一番の親友になってほしいの。
いいえ・・・私の、私の娘になって欲しいの・・・
ちえ子ちゃんの分まで、私と一緒に生きてほしいの」
百合子は黙っていた。
藤子は百合子の手をもう一度握った。
そして、願った。
「貴方、私の絆は、この人と結んでちょうだい。
この人は私がいないと生きていけません。
私は、この人がいなかったら生きてはいけません。
貴方、お願い。
この人と私を結んでちょうだい!」
握りしめる手のひらから、“絆”の文字が消えていった。
三日後だった。
ちえ子の葬儀を終え、昨日まで気持ちの高ぶっていた百合子とやっと静かに落ち着いて話をした後、
藤子は修一に突然こんな話をし始めた。
「修一、私はわがままをします。
今日から、私は鈴木百合子さんと一緒に住みます。
一緒に生活をします。
どうか、私のわがままだと思って許してちょうだい」
突然の申し出に、修一と祐子は
ちょっと面食らった後、
「じゃあ、みいも一緒だね。
お母さんにとって、かけがえのない人なんだろう。
でもね、時々見に行くからね。
それだけは許してね、お母さん」
そう言って、修一は黙って藤子の前に100万の現金を置いた。
まるで、このことを予想していたかのように修一は、現金を用意していた。
「修一、これは?」
「お袋、当座の生活資金だよ。俺には何もできないから、どうか使って下さい。こんな事しかできない俺で申し訳ない。
今から30年前・・・・おやじに・・・・
こんな気持ちがあったら・・・・俺は・・・・
おやじにあんな親不孝をしなくてもすんだのに・・・・・
おかあさん・・・・おやじへの借金をお母さんにしか返せない・・・・
この俺の親不孝を・・・・どうか、どうか許して下さい」
頭を下げる修一を藤子は思わず抱きしめた。
「修一、ありがとう、何も返せないよ、私はもう一文無しなんだから」
修一は
「お袋、数えきれないほど貰ったよ。
返すことができないのは俺の方だ。
もう少しで俺は親不孝の息子に成り下がるところだった。
お袋は世界でたった一人の俺のお袋だ。
俺の一番の誇りだよ。
女房と同じくらいかな。
これは最期の時に言う言葉として取っておいたんだけれどね。
言ってしまった。
照れるもんだね、おかあさん」
修一は流れ落ちる涙を手で拭きながら・・・・照れて笑っていた・・・・
