月曜日の朝、出勤すると同僚の譲二が事故で撥ねられたという。金曜日の深夜、点滅式信号の横断歩道で大型バイクとぶつかった。相手は車でなかった。命には別状は無いという。安心をした。
譲二は大男である。学生時代ラクビーをしていた。「ぶつかったバイクが壊れただろうに」と軽口を叩きながら皆で心配をした。
事故から二、三日して容態も落ち着いた頃見舞いに行った。退屈しているだろうと、マンガ本を数冊持参した。
個室をノックしたが返事が無い。そっと開けてみた。薄暗い空気が淀んでいる。ベッドには男が横になっているだけだ。そばに行き人差し指で身体を突いた。「ああ」と言ったきり、驚きもしない。
「オイ、大丈夫か」
そばの椅子に掛けながら
「オイ、大丈夫か」
と声を掛けた。
「うーん、まあな」
あとは沈黙だ。
「どうしたのだ。しんどいのか」
「夜が怖い」
「ええ」
眠りに入ってうつらうつらしていると、目の前に急に強い光が迫って来て、まぶしいと思ったとたんに光がぶつかるのだ。ハッと目が覚める。事故が夢の中に何度も出て来るというのだ。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)である。交通事故によるパニック障害が発症したのだ。困った。これを克服しないと日常生活が取り戻せない。妻も子供もいる。生活がある。
「必ず治るから、ゆっくり治していこう」
そう言って幸一を見ながら病室をでた。
一週間後、帰りに様子を見に行った。骨折の方は順調である。しかしまだ寝るのが怖いという。カウンセラーの治療は受けている。
「足が順調で良かったな。回復に向かっているぞ。大丈夫だ、必ず治るから」
と不安を取り除くように声を掛けた。
人間とは何なんだろう。ラクビーの倒れても倒れても、前に進もうという不屈の精神の持ち主が、一瞬の死の恐怖で心が折れてしまった。不思議なものである。何か譲二の気持ちを強くする方法はないのか。力になれるものはないだろうか。考えながら帰路についた。
ある日、駅前を歩いていると「宇宙カフェ&天然石バー」という看板が目に入った。何かが閃いた、パワーだという声だ。パワーを与えてやれとの啓示だ。
人間は宇宙の一物だ。宇宙はビッグバンから始まり量子の世界なのだ。銀河も地球も石も人間もすべて量子の塊である。量子は波動とエネルギーだ。物はすべてこの波動の調和で成り立っている。調和が壊れれば異常となって不都合が生じる。譲二は今波動が乱れているのだ。それを治すには波動を調えることだ。宇宙と共鳴させればいい。宝石の特殊な波動を彼に与えればいい。何かの本で読んだことがある。
お店に飛び込んだ。調和と安らぎのパワーの紫水晶、大きなアメジストドームを購入した。すぐに病室に行き、幸一に言った。
「寝る前にこのドームを見つめろ。紫水晶のエネルギーが、お前の心の波動を調えてくれる。愛と安らぎを与えてくれるから。この紫色を見てみろ。濃い紫のいい色をしているだろう。アメジストのパワーが君の心を治すから。毎日毎日、見つめるんだ。治るから」
二週間後、退院すると連絡が入った。その前に病室を訪れた。骨折は治り元気になっている。PTSDはと聞いたら、もう出なくなったという。カウンセラーもこんなに早く症状が治まるとは、と不思議がっていたという。
譲二は私に耳打ちした。「あのアメジストはすごかった。見つめているとその中に引き込まれていく。紫色の世界にふわっと浮いている。ところどころから赤と青の光が自分に向かって来る。赤色は暖かく、青色は安らぐのだ。気持ちがいい。いつまでも紫の中に浮かんでいたいと思う。だから幾度も幾度も見つめていた」という。
「このアメジストドーム、買うよ」
「バカな。見舞いの品だぞ」
「貰っていいのか」
「もちろんだ」
幸一は外に出ようと言った。日向を歩いた。幸一が待てという。そして太陽に向かって目をつむり口を開け、両手を大きく空に向かって開いた。全身で太陽の光を浴びている。
「暖かいな」と幸一が一言いった。
03.11.21