haru-hana✿87

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趣味のハンドメイドのことや 地元ネタ その時に感じたことなど・・・ 

病院に着いて検査結果の紙を見ながら先生が

「cv19 が 半年前は6だったのが 100になってるよね。 35までが正常値だからちょっと良くない数値なんだよね でも、6から100ってのも こんなに短期間で高くなるのも ちょっと考えられないんだけど どうする? 紹介状書くから大きい病院に行くか 3か月後にもう一度採血してみる?」

 

それってどこが悪いの?って聞くと 「膵臓」

とりあえず 白黒つけたい性格なんで すぐに紹介状書いてもらって 7月3日に行くことに。

 

家に帰って色々調べてみると 100なんて数値 完全に「癌」やん

それにしても 薬だけもらう予定が 採血することになって それで見つかって

それが 父の亡くなった日。

もしかして 父が私の病気ごと 持って行ってくれたのかなあ~ なんて本気で思ってました。

前に「癌」になったとき 父が 「お前の病気は全部 お父さんのところに来るように お願いしてきたから 大丈夫や」って 励ましてくれたな

 

そして 消化器内科へ

「なぜ、腫瘍マーカーの検査した?」から 始まり いまいちピンとこない質問ばかりしてきて 途中 イラっとしたけど

「じゃあ CT検査してみる?」 って 

いや お前医者だろ? こっちに聞くん? って思ったけど その日のうちに CT検査と採血することに。

「PET検査と胃、大腸カメラの予定も入れておきます」

3日後に PET検査 1週間後にカメラ またあの大量の下剤か・・・・

 

 

「お父さんの呼吸がちょっと荒くなってきてて 面会できるけど どうですか?」

と 看護師から。

 この時の看護師の電話応対が めっちゃ落ち着いてて 今すぐ何かなるって感じでもなく 私が思ったのは ただの予約の電話くらいに思って

「面会します いつがいいですか?」と 聞いたくらい

「今すぐ来れますか?」と言われて 

「はい 今すぐ行けます」 と言ったけど まぁちょっと様子見に来て~くらいに思ってました。

それほど看護師の応対が 落ち着いてて 「では、気を付けてきてください」って。

 

すぐに兄に電話して とりあえずまた病院着いたら連絡するねぇ~くらいな感じで家を出ました

 

途中 「今どの辺ですか?」「慌てないで気を付けて来てください」と2度電話が掛かってきて

それでも そんなに慌てる感じでもないので まぁいい状態ではないけど~くらいに思ってて。

 

病院に着いて 消毒と体温測定もして 病室に行くと 先生と看護師が

「娘さん来たよ~」って言うから 「お父さん どう?頑張って~」って言うと

先生が「呼吸も安定してて 痰も透明できれいでそんなに出てなかったんですよ~」

私  「そうなんだぁ~調子よくなったんだね~」とか言ってたら

先生 「まだあったかいでしょ~ さわってあげて~」って。

私は 「え?先生? 今ってどういう状態なんですか?」って聞きましたよ

先生 「〇〇さんが着くちょっと前に息を引き取りました」って。

ええええええええええええええええええええええ!!!!ちょっと 死んでるの?

私  「それなら お父さん・・・お疲れさま ゆっくり休んでね」って。

 

呼吸も落ち着いてて 6時に先生が帰ろうとしたときに センサーがなって呼吸が弱くなってて ほんとに眠るように亡くなったらしい。

私が着く5分前に息を引き取った時刻になってました。

兄は県外に住んでるので すぐに連絡すると もうこっちに向かってて そこから3日間 決めることたくさん 友達が勤務している互助会に入ってたので 友達がいろいろ切り盛りしてくれて 助かりました

 

久しぶりの叔父叔母いとこたち孫、ひ孫、そして母も施設から送ってもらい みんなが集まり 悲しいよりも わいわいがやがや楽しく父を送り出しました

 

みんなが帰り 4日目 金曜日

市役所でいろんな手続きをするため 兄だけが残り

「土日は家の片づけするから 今日は帰ってゆっくり休め」と言うので 家に帰って自分の用事 (会社や施設への挨拶など)を済ませ夕方 かかりつけ医から電話が

 

「この前の(父が亡くなった日)検査結果が悪かったからちょっと来れる?」と。

6月12日 18時55分 

 

父母の介護のことを いつかブログに書いてみようと思いながら 日々の忙しさに追われているうちに この日を迎えてしまった。

 

そしてこれからブログに書いていくのは 自分のために 精神安定剤になれば・・・という思いです。

 

4月に入ってから 父の飲み込みが悪くなり 痰が酷くなってきた ということで総合病院で診てもらうも 肺炎になってるわけでもなく しばらくは施設で様子見で。とのこと。

もはや今どきの病院は 元気になる見込みのない患者は その時を自然と向かえれば…的な対応で 何度もこの対応に苛立ち 食ってかかったこともあったけど 今回は施設から紹介の病院に入院となりました。

 

そこでの治療は 点滴と吸痰しながら様子を見て 徐々に食べるようにしていきましょう。 とのこと。

コロナ禍でオンライン面会で見る父は 痩せていき 髪や眉毛が伸び放題で 目も虚ろ。

「お父さん 元気?」と問いかけても 返事もない状態。

そのうち 点滴も栄養のあるものに変えていく方向にしますか?と言われたけど その時は延命装置的なことは考えてなかったので このままでいいです。と答えたけど 結局は この病院には3か月までしか入院できないので 次の病院へ移ることになるのです。

 

その病院は 初めから治療をするという目的がないと入れないので 栄養のある点滴を足の付け根に刺しっぱなしで お父さんにも負担がないし 呼吸も楽になるとのこと。

そしてこの病院、結果的に最後までお世話してもらえるとこらしい。

 

この病院に入院するとき 父に「もう少し頑張ってね」っていうと 少し悲しげな表情をしたのを覚えてますね。

もういい・・・ そんな風に思ったのかなぁ~

1週間は面会できないけど 落ち着いたら普通に面会できますから 連絡しますね。と

コロナ禍だけど そうだよねぇ~ 面会できるんだ。って思って ちょっと複雑な気持ちだったけどね

 

そんなこんなで 4月から 仕事の休みの日は 家から病院&施設を 片道1時間半かけて通ってて忙しくしてて 自分の毎日飲む薬が無くなってから 1週間

少しだるくなってきてたので 仕事帰りに薬だけもらうのにかかりつけ医に。

これが 6月12日

先生が診るから中に入って~って言われ (予約もしてなかったのに)

先生「前回の(半年前)検査結果 悪くなってないよ」

私 「コレステロールは?」

先生「前回そこまで検査してないから今日また採血していく?あと腫瘍マーカーと」

私 「え?腫瘍マーカー?私 癌なん?」

先生「あははは 癌じゃないよ癌なら言うてる!毎回腫瘍マーカーも検査してるよ」とのこと

 

そして 薬を貰って 家に帰って夕飯の準備に取り掛かると 病院から電話が・・・