二間続きの和室には法被姿の男性達やそうでない女性達や子供達が15人近く飲み食いしている真っ最中だった。

 

団地間の6畳二間では到底難しい収容人数だが、昔の京間作りの六畳二間となると十分に広い。

 

一同が「これ誰?」という視線を投げてよこしたが料理を運んできた奥さんが私を見て

「シュンちゃん!いらっしゃい!迷わなかった?あがって!」と言ってくれたので無事家にあがる事ができた。

 

僕は部屋の端っこに鞄を置き、中からエプロンを取り出した。

続いて奥の部屋にあるお仏壇の前に座って手を合わせる。

うっかり手ぶらで来てしまった事に気付く。

それを見ていた奥さんが「そんなご丁寧にしてくれなくても良いのよ!さぁ混ざって飲んで!」

と言ってくれたが、僕は「先にちょっとお手伝いさせて貰いますよ!」と言い

エプロンを身に着け厨房に入りおぼんを借りて料理の上げ下げを手伝い始めた。

 

次の料理がなかなか運べなかったが、片づけが一気に進み出すと

出来立ての料理の提供も進んだが

 

尽きる事なく人が入れ替わり立ち替わり

僕がお手伝いを開始してから1時間程が経過しても厨房と居間のピストン運動は止められなかった。

 

又、玄関から上がろうとしない人が来た時にはまず不安な思いをさせないように

僕が行って笑顔でお迎えして「奥さんはお料理中です。すぐ来ますのでどうぞ」と言い

まずは上がって頂くようにした。そしてこちらへどうぞと開いている座布団へ誘導して

飲み物を聞く。このあたりは飲食店のアルバイトと同じ要領だ。

 

やがて2時間程して、ちょっと人が空いた頃に漸く座らせて貰う事にした。

 

大きな座卓の向かいには、たまたま若い綺麗な女性が一人で座っていた。

 

そこに奥さんもやって来て僕の隣に腰を下し

「シュンちゃん今日はありがとうね。本当に助かったわ。人が一人増えるだけでこんなに楽なんやね」

と言い煙草に火を付けた。

 

「紹介するわ。この彼女は私が前に介護施設の食事を作る会社に居た時の後輩でね。アカネちゃん。アカネ、この手伝いしてくれている子がシュンちゃん」

 

僕は丁寧に挨拶をしたが、アカネと呼ばれた女性は愛想で浮かべた笑顔もそこそこに「あぁ、どうも」ぐらいの感じだった。

 

それでもお酒を飲みながら奥さんがふってくれた話題でアカネや他の客達と少しの間話すことができた。

 

軽く飲食も進んだタイミングで法被を来た若い男三人組が入って来たので僕は席を立った。

しかし、そのタイミングで複数の客が席を立ってしまったのだ。

つまり座卓には若い男三人とアカネしかいなくなってしまった。

 

僕は三人組にビールやおしぼりを出し、座卓の空いた皿や飲み物をかたずけ始めた。

奥さんは僕に「空いているんだから、まだ飲んでて」と言ってくれたが

僕は「奥さんが居てくれる方が彼女も安心するでしょうし、僕が洗い物をします」

と言って流し台に立った。

 

一通りの食器を洗い、拭き上げて戻ると祭りで既にテンションの高い三人組が

見事な連携トークで大盛り上がりになっていた。

奥さんが新しい料理を用意する為に立ち上がると僕に

「シュンちゃん、ボーっとしてると負けるよ!アカネ、なかなか綺麗な子でしょ?ずっと彼氏なしよ?」

そう言うと僕の背中をパンと叩いて厨房に入っていった。

 

別に尻込みしている訳じゃないが、僕を前にあからさまに興味の無い顔をしていた女が

この瞬間楽しそうなら、そこに割って入るのも野暮な話だ。

僕は基本的に女にモテる男ではない。だから女が興味を示さないような

その表情を数多の経験から良く熟知している。

 

そうこうしているうちに次々と客が増え始めていた時に泥酔した老人が

馬鹿デカい奇声を上げながら地下足袋も脱がずに土足のままで上がりこんだ。

 

一同が静まり返る。

 

老人は奇声を発したまま廊下の扉を開け、突き当り右側側面にあるトイレの扉を

開けて中に入って行った。そのまま扉を全開にしたまま用を足し始めると

豪快な放尿音が聞こえ始めた。

 

そこで一瞬静まり返っていた一同が一転。

 

大爆笑となった。

……この爺さん、何なんだ?……皆面白いのか……?)

 

僕は固唾を飲んで老人が出てくるのを見守った。

 

しばらくすると老人は変わらずに奇声を発しながら家から出て行った。

 

爆笑している一同を尻目に僕が唖然としていると奥さんが

 

「あぁ、あれお父さんよ。行ってらっしゃーい!」と言った。

 

お父さん?この家の?つまりご主人か……

 

それが僕と榊洋一翁の初めての出会いだった。