これまで政治学・行政学・政策学の分野を大学・大学院で学び、且つ、幸運なことに著名な政治家と御縁を戴き、代議士秘書、大臣秘書官として、公共政策分野で現場経験を積み重ねることができた。その経験を生かし、更なる専門性の深化を期すため博士課程に進学した。小泉内閣の後期のころであった。個々の政策の端々に行き詰まり感を感じ、日本の政治は、このままでいいのだろうかという漠然とした危機意識と不安から、その答えを自分なりに見つけたいという考えからであった。
公共政策分野で調査・研究を進め、博士論文に取り組むにあたり、構成要件である研究事例、オリジナリティ(独創性)、研究手法、新たな発見・知見、それを研究する社会的意義、という壁にぶつかることとなる。自問自答、暗中模索、徒手空拳、の日々が続いた。
そんな2010年のある日、指導教授から、「安倍元首相の再登板論が未だ根強く残っている。その根底にあるのは、憲法改正問題だろう。自民党立党の精神は、憲法改正・自主憲法制定。それは誰でも知っていること。ではなぜ、自民党は長く政権を担当してきたにも関わらず、戦後60数年を過ぎても、未だ憲法改正はなされないのか。壮大なテーマであるが、未だ誰も説明していない。大物政治家は、著名な政治学者しか相手にしないので、並みの研究者ではこのテーマは扱えない。政界・官界人脈を有する君なら、その点を深堀できるのではないか。それをオーラル・ヒストリーでまとめれば、オリジナリティがあり、それが博士論文になる可能性がある。〝憲法改正″と〝自民党政治家の思いと行動″がキーワードとなる。」という指導を戴いた。
その分野の論点の核心部分が、「憲法第9条と自衛隊」というテーマに辿り着くまで、時間はかからなかった。博士論文の骨格がおぼろげながら、徐々に固まりつつあった。
代議士秘書時代から、ご縁を戴いていた田村重信氏(自民党政務調査会調査役・慶應義塾大学大学院非常勤講師)に、「憲法第9条と自衛隊」の分野で博士論文に挑んでいる旨を挨拶し、体系的な指導を仰ぐこととなった。「集団的自衛権と集団的安全保障」の違いについて知っているかという田村氏からの問いに対して、当初は全く答えられなかった。
憲法・外交安全保障分野の知識を有していないことを痛感し、この頃から田村氏に密着し、調査・研究を重ねる日々を送った。
調査・研究を進める過程において、「集団的自衛権の行使禁止」という政治課題に改めて、遭遇することとなる。戦後長らく続いた改憲・護憲論争に埋もれ、国民的に理解、共有されないまま今日に至っている。このテーマは、ある程度の政治的・法律的教養を有する者でも、難解な憲法解釈の積み重ねで、日本人が日本語で聞いても理解できない分野と化していた。報道や国会答弁を断片的に聞いても、なかなか理解することは難しい。学者の概念的な論文や著書、また大物政治家や大物官僚OBが、それぞれの立場と経験から持論を展開しているが、何か議論が嚙み合っていないようにも思えた。しかも、多年に渡り論争が続いているため、論客達の世代交代も次第に起こりつつあった。
そんな最中の2012年9月、安倍晋三・自民党総裁が誕生する。同年12月に解散総選挙、政権交代と政局はめまぐるしく急展開し、第2次安倍政権が誕生する。憲法改正や集団的自衛権という政治課題が一気に、国政上の表舞台に登場してきた。いよいよ集団的自衛権の行使という政治課題に、安倍政権が取り組もうとしているが、新聞各紙の世論調査を見る限り、未だ国民的理解は一向に進んでいる気配がない。この政策課題に関して、安倍首相の思いと国民的理解の狭間に、意識的・知識的に明らかな乖離が存在している。
国連憲章、日本国憲法、日米同盟、という戦後国際秩序の枠組みを前提に、集団的自衛権の行使については、自民党政権下で踏み固められてきた内閣法制局(政府)の憲法解釈がある。それを巡り、歴代首相、自民党有力政治家、連立を組む公明党、野党政治家、外務省、防衛省(庁)・自衛隊、周辺アジア諸国、日本国民を巻き込みつつ、様々な論争が続いてきた。
日本を取り巻く国際環境が激変するなか、日本国の主権者として、日本国民も今後これらの政治課題と向き合い、国としての答えを出さないといけない時代が到来しているのではないだろうか。国民としても知っておく必要があるのではないだろうかという疑問がこみ上げてきた。また、誰かがこれまでの積み重ねの経緯をまとめ伝える必要があるのではないか。まず、これまでの議論の経緯を確認してもらう必要があるのではないだろうか。そんな思いから、疑問を紐解く役割を少しでも担えればと考え、上梓させて戴きました。
