慶應生のアメリカ大陸放浪記 -2ページ目

偉大なフーバーダム

ラスベガス郊外にあるフーバーダム

完成した1936年当時、世界一のコンクリート型のダムであった。

なんにせよ、でっかいダムなのだが、

ラスベガスのツアーは高くて見に行けない。。。

ホステルで友達になったおしゃべりドイツ人のアレックスを説得し、

彼の車で一緒に行くことになった。

慶應生のアメリカ大陸放浪記

ダムなんか見て何が楽しいんだよ。

とブツブツ言いながら砂漠の中を運転し、

仕舞には完全に道に迷ってしまった。笑

慶應生のアメリカ大陸放浪記 慶應生のアメリカ大陸放浪記

車ひとつ通らない。

外は40度を超える砂漠。

おしゃべりドイツ人アレックスと2人で、

もし車が壊れたら俺ら一緒に死ぬなと、

笑いながらも、どこに繋がるか分からない道を恐る恐る走り続ける。


ラスベガスを出て3時間。

やっと偉大なるフーバーダムに到着!

慶應生のアメリカ大陸放浪記 慶應生のアメリカ大陸放浪記

巨大!!

写真では収まりきらない。

中はミュージアムになっていて、ダムに関する情報が得られるようになっている。

ブツブツ言っていたアレックスも虜になっていた。


このダムはただのでかいコンクリート型ダムではない。

今から約70年前、アメリカは5人に1人が失業している大恐慌に見舞われていた。

ルーズベルト大統領のニューディール政策の一環の代表例として謳われることもあるが、

実際に着工は、前大統領ハーバート・フーバーの頃である。


大恐慌の荒波の中、砂漠のど真ん中に世界一のダムを建設しようという計画。

それは政策という枠を超えて、人々の挑戦や意地の結晶であった。

想像を絶する建設現場であったのだろう。

気温60度を超えるなかでのトンネル堀り。

熱射病で122人が命を落とし、

コロラド川の氾濫で常に作業が難航する。


そして5年間の激闘の末、

琵琶湖の貯水量を超える世界一のダムが完成したのである。


その事実を知ってから改めてフーバーダムを見ると、

「偉大」という言葉に含まれる多くの意味が伝わってきた。



その頃建設に携わっていた人々のモチベーションは何だったのだろう。

アメリカをもう一度立て直したいという愛国心。

家族を支えていくための愛。

誰も出来なかったことをやろうとする挑戦心。

理由はなんであれ、

多くの人が同じベクトルを向いたとき、とてつもないパワーが生まれることを実際に見た。



次は、「ラスベガスのスタバで!」