こんばんは。
GWに公式戦デビューをしたじーさんです。むろん、ノービスランクですが。
結果は15ペア中8位という成績でして、まあ、こんなもんでしょう。
やはりプレイの技術をもっと確実にしないと、ちょっとしたミスで順位が下がってしまいますな。
あとは、ペアを組んでいただける人をどう見つけるか、ですね。
まあ、あと20年くらいは続けるつもりなので、ゆっくりといきましょう。
さて、とんでも理論 というものが世の中にはあります。
できうる限りこうした似非科学とは対決せねばと思っておりますが、
(むろん別に大槻教授 になるわけではない)
意外とこれが難しかったりします。
とくにそれが常識と密接に関係するものは。
というわけで今回ざっと目を通した2冊の本は実は同じことをテーマにする本でした。
いわゆる「歴史」の常識こそとんでも理論かも知れない、ということを。
- ローマ文化王国‐新羅/由水 常雄
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三国時代 の新羅 はローマ文化圏だった!!というこの本の結論、まさにとんでも理論に感じます。
しかし、この本の前提にあるのは、三国時代 の新羅 の遺跡から出土されるものは、中国文化に影響されたものが少なく、遠くローマにつながる北方ユーラシア文化の影響を受けたものが多い、という事実があります。
特に作者 は古代ガラスの複製家・ガラス工芸家でして、ヨーロッパ各地から中国・朝鮮半島・日本に出土されたガラス器、そしてその製造方法まで踏み込んで、新羅だけにローマンガラスが多く見られるということを証明します。
確かに、アフィリエイト画像に見られる黄金の剣とか東洋っぽく感じられないわねえ。
で、もう一冊は、
- 古代インド文明の謎 (歴史文化ライブラリー)/堀 晄
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この本も歴史の常識に挑戦します。すなわち古代インダス文明 はドラヴィダ人 の文明でそこにアーリア人 が侵入してきて文明を滅ぼした、あるいはインダス文明が滅んだあとアーリア人が侵入したといわれる常識、すなわち、インダス文明とそのあとのインド文明には断絶があるという常識に。
もしも、アリーア人がインドに侵入するとしたら、彼らはどこにいたのか? 原アリーア人の故地の一つに比定されているのが、BMAC(またの名をオクサス文明)、 中央アジアにあったという第○番目の古代文明です。(そもそもいまどき4大文明という文脈自体がとんでも理論に他ならない)
中央アジア考古学の専門家である作者は、このBMACの発掘結果から、青銅器~鉄器時代に移行する時代、すなわちインダス文明と古代インド文明との間の暗黒時代に、大規模な民族移動、つまりアーリア人のインド侵入がなかったことを結論づける訳です。
この2冊の本は、実は同じ主張をしている本です。これらのほんの結論を受け入れるかどうかは別として。実際のところ、結論を受け入れるだけの情報量が私には不足しているので、単純には受け入れることは難しいというのが、あたりまえすぎた個人的感想ですが。
一つは、歴史学の限界、すなわち文字文献を主体とする歴史学ではとらえきれない「歴史事実」があるのではないか?という疑問を提出すること。それはすなわち考古学とその科学的手段による検証から導き出されるものです。(むろん、考古学にも弱点があり、それは状況証拠にとどまってしまう可能性があるということです。)
もう一つは、中央アジア、あるいは北方アジア、言い換えればオアシスルートとステップルートが持つ歴史的な意味、東西関係だけでなくBMACとインドのように南北関係も、を考えるべきだということ。とくに、私個人、先史中央アジアや北方アジアは非常に知識が不足しているので、もう少しがんばらなくちゃいけないですね。
……とまあ、二冊とも熟読というよりはさっと目を通しただけなので、
今後のために、メモを残しておかなくちゃ、というわけで、ブログにしてみたわけです。
んなわけで、今日はおしまい。またいつか。






