4月1日に無事入社式を終え、社会人となりました!


期待60%,不安40%ぐらいの気持ちで迎えた入社式は、思っていたよりも緩かったように感じます。


さて、社会人として1週間を過ごしたと言っても、まだ研修しか受けていません。


お金(給料)をいただいて勉強をしているというのは、大学を卒業したばかりの僕にとっては、未だ変な感じです。


その分、本当に頑張って勉強せねば!(金曜日の午後は寝てましたが…orz)




ということで、タイトルの通り、3つの気付いた点を書いていきたいと思います。



①不安は誰しもある


新しい環境。新しい仲間。学生から社会人への「生まれ変わり」。
こういった節目を迎えるにあたって、不安を感じない人はいないのではないでしょうか。
「誰しも、自分と同じように不安を抱えている」という前提を忘れずに、
「相手の不安を取り除いてやるぜ!」ぐらいの気概をもっていきたいです。
オープンにいこう!


②意識の差は、すでに出ている


まだ始まって1週間ですが、すでに差はついています。
毎日自習室に籠って勉強している同期もいれば、勤務時間後や土日は遊び歩いている同期もいます。
そして、意識の高い(就活では、あまり良い意味では使われませんでしたが)人は、その人同士で仲良くなっていくのではないでしょうか。
切磋琢磨しあう仲間か、共に足を引っ張り合う仲間か。
選べるのは、最初のこの時期だけなのではないでしょうか。


③基「礎」を身に付けることの大事さ


この1週間は、主にビジネスマナーについて勉強してきました。
いずれも社会人としては基礎の基礎。
ビジネスマナーは、できたからと言って褒められるものではありません。
できないと、信頼されなくなるものなのです。
言い方は悪いですが、「百損あって、五利ぐらい」なのではないでしょうか。
他人と差をつけられるマナーを身に付けたいものです。
「おっ、こいつはできるな」と思われるマナー、何かないものでしょうか。



以上、3点でした。


来週は財務分析を中心にした、決算書の読み方の研修。


明日からまた、頑張るぞー!
就職活動の折、「好きなことは仕事にするな」という言葉を何度も耳にした。


例えばゲームが好きなら、ゲーム会社には就職するな、というわけだ。


しかし、これはどうだろうか。


本当に好きなことを仕事にしてはいけないのだろうか?


確かに、Playすること自体が「好き」なのであれば、その仕事は選ぶべきではないだろう。


仕事にするということは、供給する側に回るということなのだから。


自分以外の大勢の人々にPlayしてもらうために、働くのだ。


そこに自分のPlayは存在していない。





では、「好き」が"fun"ならどうか?


贔屓の野球チームがあって、そこでスタッフとして働けるのは、楽しく働けるのではないだろか?


もし僕がその立場になったとしたら、未来に絶望するだろう。


40年も、ずっとファンでい続けるのは生半可なものではない。


よって、これも止めておくべきだろう。




しかし、僕はこうも思う。


「好き」が"Play"であるならば、


「この最高に面白いゲームを、みんなに広めたい!」


と思っている人ならば、その仕事に就くべきだ。


そして、それは「ファン」でも同じことだ。


「好き」が自分ひとりで完結している人は、その仕事を選ぶべきではないだろう。


その「好き」を発信したいと思っている人は、その仕事を選ぶべきだ。




ちなみに、僕は「憧れ」で仕事を選んだ。


「こうなりたい」と思える人がいたのだ。


相手のためなら、如何なる努力も惜しまない。


そういう姿勢に、僕は魅入られた。


上司に反抗しても、自分の信を貫き通す姿勢に、憧れた。


自分にないからこそ、僕は憧れたのかもしれない。





でも、それで良いじゃないか。


僕の憧れは、自分を変えていけると信じている。



「好き」は、周囲を変えていけると信じている。









雨だれは石を穿つ。


憧れも、好きという気持ちも、長年持ち続けることが大事だと思う。
I can now be seen what I could not see.


祖母の命日だった。


祖母が亡くなった14年前の今日、僕は(YMCAの)スキーキャンプの最中だった。


家族の計らいで、僕に訃報は知らされなかった。


そんな僕が、キャンプから帰ってきて、1つ証言したことがある。


亡くなったはずの祖母から、キャンプ地に電話がかかってきたのだ。


夢か現かは、現在となっては定かではない。


話した内容も、記憶にはない。


あるいは、祖母が亡くなったということを聞いてショックを受けた僕が創り出した幻想なのかもしれない。


ただ、たしかに、祖母が天国に行く前に、僕に語りかけた気がしたのだ。





そんな祖母は、祖父と結婚して、本当に幸せだったのではないかと、僕は思う。



祖母の存命中、祖父は何かと世話を焼いてくれていた。


祖母をはじめ、勿論、孫の僕たちにもだ。


祖父は夕飯だって作ってくれたし、遊びに(ザリガニ釣りや、セミ獲り等)も連れて行ってくれた。


祖母と僕は、なにをしていただろか。


お手玉をしていたような気はする。


そして、祖母の死後。


祖父は、14年間、自分が病に倒れた時を除いて、祖母の仏壇の前に、いつも花を活けている。


いつ来ても、いつ見ても、その花々は盛大で、美しく咲き誇っている。


14年で、随分と祖父の活花の腕も(誰に習ったわけでもないが)上達したように思う。


いつも、仏壇の前では熱心に合掌する。


墓参りは、勿論毎月行く。


死後も、こんなに愛してもらえて、祖母は本当に幸せだと思う。


いや、幸せじゃないはずがない。


僕はそう思う。





そんな祖父が、先日倒れた。


脳卒中だそうだ。


突然、体がよろめき、倒れそうになったところで、祖父の体を支えてくれたのは、祖母の仏壇だったという。


そのおかげで、外傷はほとんどなかった。


そして、祖父は入院中も、ずっと祖母の仏壇にご飯を供えること等を心配していた。


深い。


とてもとても、深い愛。



彼の血を引く自分にも、このような所業が成し得るだろうか。



すぐにイエスと言えるほど、僕に自信はない。


しかし、僕も妻を持った日には、祖父のような深い愛情を持って、生涯、その死後さえも供に歩みたいと思う。



今日、僕が知ったのは、祖父が若くして兄や姉を亡くしているということ。


身近な人の死を、人一倍(当時は珍しいことではなかったらしいが)味わってきた祖父だからこそ、一番身近な人を深く深く愛し、そして、その死後も愛は尽きることを知らなかったのではないだろうか。


私は、そんな祖父を誇りに思う。



I am proud of my grandpa.