目が覚めると部屋の中は静まりかえっていた。
   いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
   見慣れないホテルの部屋のベッド脇のテーブルに置かれた時計は午前二時をさしている。
   その横にはミネラルウォーターのペットボトルが空の状態で置かれている。
    
   喉乾いたな…。
   そう思った瞬間、右頬に何かが触れた。
「わっ!」
   あまりの冷たさにびっくりして飛び起きると背後からくすくすと笑い声が聞こえた。
「ごめん、ごめん。びっくりさせて」
   振り返るとまつじゅんが微笑みながらペットボトルを差し出してきた。
「喉かわいたでしょ?しょおくん、いつもよりめっちゃ飲んでたから」
   心配した顔でのぞき込んでくる。
「あぁ…ありがとう」
   寝ぼけたボーとした頭のままミネラルウォーターを受け取り蓋をあける。
「よく眠ってたね。朝まで起きないかなって思ってたよ」
「…あー。」
   ゆっくり冷水で喉を潤しながら、軽く目を閉じて眠りに落ちるまでの出来事を思い出してみる。
   昨日は大阪でのコンサートで、俺とまつじゅんのそれぞれの友達が観に来てくれていた。
   今までも別々に観に来てくれたことはあったけれど二人が揃うことなど滅多にないことなのでホテルのまつじゅんの部屋で飲むことにしたのだ。
   他のメンバー三人も誘ったけれど返信はなく、結局四人でコンサート終わりの心身ともに興奮状態のハイテンションのまま食事もそこそこに飲みに入った。
   この四人だけで飲む事は初めてだったけれど昔話から世間話まで思いの他盛り上がり話がつきることがなかった。
   たくさん飲んで、たくさん笑って、たくさん話した。
   これは何時間飲んでも話し足りないんだろうなぁと頭の片隅で思っていたら、案の定アルコールのスピードがどんどん上がっていった。
   やばいなぁ、なんだかまぶたが重いなぁ…と思った時からの記憶がなくなっている。
「…二人は?」
   ダウンライトが一ヶ所だけつけられた薄暗いホテルの部屋を見渡してみるが静まりかえった部屋の中には自分達以外いる気配はない。
「さっき帰ったとこだよ。お疲れさまって伝えてくれって言ってた」
   まつじゅんはベッド脇のソファーにゆっくり腰をおろす。
「しょおくん、ベッドにバタンって横になったと思ったらすぐ爆睡しちゃったからね」
   髪をかきあげながら、上目遣いでからかうように笑う。
「あー!ほんっと申し訳ない。そこらあたりからの記憶がなくなってる」
   楽しすぎるとついつい飲みすぎちゃうのはいつもの悪いくせだ。
   でも、こんな風に寝落ちすることなど滅多にない。
   ちょっと酔っ払う程度で終わるのが常だ。
   それだけ今日は量もスピードもいつもの度を超えていたということなんだろう。
   調子に乗ってかなり羽目を外しすぎてしまったようだ。
   めちゃくちゃ楽しかったんだよな…。
「二人にも悪いことしちゃったな」
   せっかくゆっくり話せる機会だったのに、途中で寝ちゃうなんて反省ものだ。
「大丈夫だよ。疲れてるんだろうねって言ってたし」
「…起こしてほしかったなぁ。…なんで寝ちゃったんだろ俺」 
 飲み過ぎて寝落ちした自分のことを棚に上げてちょっと不満気に呟いてしまう。 
「ごめん、ごめん。…でも、眠ってるしょおくんは起こせないよ」
「おいおい、俺そんなに寝起き悪くないだろ」
   心外だと身を乗り出すように反論する。
   いくら飲み過ぎたといっても、普通に起こしてくれたら目を覚ます自信はある。
   そこまで酒癖は悪くない。
「…何笑ってるんだよ」
   ふと見ると、まつじゅんが奇妙な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「…いや。…まあ、…ごめん」
   意味ありげな表情で言葉をにごす。
「今度からはちゃんと起こすようにするよ。でも、まあ…ね。あんなに気持ち良さそうに眠ってたら…。起こせない、よね…」
   そう言いながら、ゆっくりとソファーから腰を上げこちらのベッドに移動してくる。
   隣に座ると慣れた手つきで左手をそっと腰にまわしてくる。
   そのままゆっくり引き寄せられると思いのほか真面目な顔がどんどん近づいてきた。
「ごめんね」 
   静かなトーンでささやくような声で謝る。
「いや…俺も悪かったよ。そもそも飲み過ぎた俺が悪いんだし」
   なんか二人謝ってばっかだなぁ…とおかしくなる。
   まつじゅんもそんな顔をする。
   お互い目を合わせてクスッと笑う。
   その笑顔のままでまつじゅんの影がゆっくり近づいてくる。
   いつもの条件反射で自然と瞼を閉ざす。
   そっと重なった唇はお互いのお酒の匂いと味に包まれる。
   冷水で冷やされていた唇にはまつじゅんのぬくもりが思いのほか心地よく感じられた。
   唇の重なりが深くなるにしたがい、顎が自然と上向いていく。
   優しく腰にまわされていた手はゆっくり離れていき、今度は両手で両頬をムギュっと包み込まれる。
   予想外の強さに目を開いたら、まっすぐな目が自分を見つめていた。
   と、同時に温かい舌が強引に入ってきて唇の重なりをより深くしようと頬を包む手の力が増した。
   掌に包まれた頬を強引にぐいっと引き寄せられる。 
   唇を噛みつかれるような勢いだ。
「んッー…」 
   いつもとは違う強引さに腕を突っ張ってまつじゅんの胸を押し返す。
   それでも、まつじゅんは反っている体を気にすることもなく、唇の形を確かめるようによりいっそう密着しようとしてくる。
   逆にこちらの方がぐいっと押されて、ベッドにバタンッと押し倒される。
   と、同時に焦ったように強引に冷たい右手がTシャツの裾から入ってきた。
「 ーーんっ、ちょっ、こらっ!」
   今度は力いっぱい両手でまつじゅんを突き飛ばす。
「何やってるんだよ」
   あわてたような自分の声が静まりかえった部屋に響く。
「ダメ?」 
   じっと見つめてくるまっすぐな瞳が、また近づいてくる。 
   下唇を甘く噛まれる。
 とっさに顎をひき、片眉を上げる。
「ダメに決まってるだろう。ツアー中なんて絶対ダメだろうが。あほか」 
 「フフッ…やっぱダメかぁ」
    口角をゆがめ、どこか困ったように笑う。
「今日はなんだかいけそうな気がしたんだけどなぁ。しょおくん、めちゃくちゃご機嫌だったし」
   喉の奥で小さく笑い声をたてる。
   右頬にかかっていた髪を手櫛で優しくゆっくりすいて頬を撫でてくる。
「じゃあ、東京戻ってから…お願い、ね」
   こめかみに唇をそっと触れさせて、天井をちょっと見上げてからこちらに視線を戻すといたずらっぽく微笑んだ。
 
   
「しょおくん、チューしていい?」
   好奇心いっぱいの大きな瞳の中学二年生のまつじゅんとはじまった遊び感覚のキス。

   そこから続くよくわからない二人の関係。
   
   なんとなく保ってきた二人の関係を自分はどうしたいんだろうか…。