総本山は静岡県富士宮市の大石寺です。

日蓮正宗

 

寺報 能安4月号より転載

 

御霊宝虫払大法会

 

 毎年4月6日・7日の両日、総本山でおこなわれる御霊宝虫払大法会は、秋の御大会(ごたいえ)とともに日蓮正宗の2大法要の1つです。宗祖日蓮大聖人の時代から700年にわたる長い間、本宗に伝えられてきたたくさんの重要な宝物を後世に永く伝えていくため、年に一度湿気を払い、害虫を除くなど保存に必要な手入れをし、あわせて多くの参詣者に披露して信行倍増に資する大事な儀式です。
 大聖人がご入滅されたのち、本弟子6人のうち、日昭・日朗などの5人は、「大聖人が仮名文字で書かれた手紙は、御供養の返礼として愚痴の者を導くためのものであり、これを残しておくことは、大聖人の恥を後世に残すようなものだ」と言って、すき返したり、焼いてしまいました。これは、「大聖人は末法の一切衆生を救う仏様である。したがって大聖人のおおせられたお言葉、書きのこされた文字は仏様のご金言であり、尊いお経である」という大事なことを、血脈相承のない五老達にはよくわからなかったためといえます。
 正嫡である第2祖日興上人は、その心得違いをさとすかたわら、つとめてあちこちに散在していた御書を集めて、重要な御書の目録を作り解説を書き残されました。また、みずから筆をとって御書を書き写すなど、大聖人の尊い教えがなくなってしまうことを防がれたのです。
 こうした日興上人のご精神を受け継いで、代々の歴代上人がこれらの重宝を身をもって守り伝えてきたのです。

 

 

 

立宗会

 立宗会とは、末法の御本仏日蓮大聖人が、宗旨を建立し、立宗を宣言あそばされた日を記念してご報恩申し上げる法要です。
 大聖人は御出家の後、鎌倉、比叡、三井、高野、南都六宗を遊学して一切の宗旨を研鑽し、経教の根源を究めて諸宗の誑惑と災難の本源を検索されました。そして南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)という本法こそ、仏法の内証に導く唯一最高の教えであるとの自覚もって、建長5年(1253年)春、御年32才の時、故郷の安房へと帰られ、師の道善房のもとで宗旨建立のための深い思索を重ねられました。
 3月28日、師の道善房の持仏堂において、師や父母、兄弟、浄円房をはじめとする法兄など順縁の人々に対し、妙法の正義をもって禅・念仏などの邪義を破折され、法界に内証の題目を開闡されました。
 さらに大聖人は思惟を続けられ、1ヵ月後の4月28日未明、法華経に予証された三類の強敵に立ち向かうべき一大決意のもと、ひとり清澄山上旭ヵ森に立ち、遠く太平洋の彼方にさし昇る日の出を待たれました。やがて水平線上にその姿があらわれると、起立合掌されていた大聖人の口から「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、末法万年の闇を照す下種の題目が、おごそかに熱誠をこめて力強く唱え始められたのです。そして太陽をはじめとする全宇宙の生命に、一切衆生救済を始む宣言をなされました。この題目こそ今まで誰人も唱え出すことのなかった自行化他にわたる題目であり、外用弘通の開示であったのです。
 この日の午の刻(正午)、日蓮大聖人は清澄寺諸仏坊の持仏堂において、初めて大衆に向かって妙法弘教の法輪を転ぜられ、広宣流布への第一歩をしるされました。大聖人のこの説法を聞くや、安房東条郷の地頭で、熱心な念仏の信者であった東条左衛門尉景信は、烈火のごとくに怒り狂い、大聖人の身に危害を加えんとしました。以来、大聖人は大難小難数知れざる折伏弘教の生涯に身を投ぜられ、三障四魔必ず競ひ起こると予証された法華経を身命を賭して身読あそばされたのです。
 大聖人の立宗の御文に3月、4月の両度のお示しがあるのはこの内証・外用の両意によります。

 

日蓮正宗公式ホームページより転載

 

 

 

総本山は静岡県富士宮市の大石寺です。

日蓮正宗

 

寺報 能安3月号より転載

 

 

 

彼岸会の意味

 彼岸会は、聖徳太子のころから行われてきた日本独特の風習です。現在では、先祖の追善供養をすることが主になっており、寺院に参詣して塔婆供養をしたり、お墓参りすることが通例となっています。
 「彼岸」という言葉は、梵語のパーラミターという語に由来しています。パーラミターは「波羅蜜」と音訳し、「至彼岸(彼の岸に至る)」また「度(渡る)」と音訳します。
 仏教では、私たちが生活しているこの世界を穢土(えど)、または娑婆世界と言い、穢れた苦しみの世界であると説いています。そして、この娑婆世界を此岸(しがん=こちら側の岸)に、煩悩・業・苦の三道という苦しみを大河の流れに、涅槃(ねはん=成仏の境界)を彼岸(向こう岸)に、それぞれ譬えるのです。
 此岸(穢土)から生死(しょうじ)の苦しみの大河を渡って、彼岸(浄土)に到達するためには、仏法という船に乗らなければなりません。
 ところが、これにも、わずかな人数しか乗れない「小乗」という小さな船もあれば、大勢の人が乗ることができる「大乗」の船があります。
 日蓮大聖人は『薬王品得意抄』に、
「生死の大海には爾前の経は或は筏(いかだ)或は小船なり、生死の此の岸より生死の彼(か)の岸には着くと雖(いえど)も、生死の大海を渡り極楽の彼岸にはとづ(届)きがたし」
【通訳】迷い苦しみの世界である生死の大海の中で、法華経以前の爾前経の教えは筏や小船のようなものであって、生死の此(し)岸から生死の彼(ひ)岸に着くことはできても、生死の大海を渡って彼岸の浄土に着くことはできない。
と仰せられ、また『椎地四郎殿御書』に、
「生死の大海を渡らんことは、妙法蓮華経の船にあらずんばかなふべ刈らず」(同1555)
と仰せられて、本当の彼岸に到達できるのは、大聖人の南無妙法蓮華経の大船のみであると教えられています。
 大聖人の南無妙法蓮華経は、すべての仏法の究極である事の一念三千の法であり、これを信ずるならば、煩悩即菩提、生死即涅槃、娑婆即寂光という即身成仏の大功徳を得ることができるのです。
 また大聖人は『一生成仏抄』に、
「衆生の心けがるれば土もけがれ、浄土と云い穢土と言云ふも土に二つの隔てなし。只我等が心の善悪によると見えたり」
【通訳】衆生の心が穢れると死んでいる国土も穢れ、心が清らかになるとその国土も清らかになる。浄土と言い、穢土と言っても国土が別々にあるわけではない。ただ我らの心の善悪によるのである。
と仰せられ、彼岸といっても極楽という別世界があるのではなく、この世で成仏することが彼岸に至ることであると示されています。

彼岸に到達する方途

 仏教では、彼岸に到達するための修行として、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)の六波羅蜜を説いています。しかしこれは、成仏を志す菩薩が果てしなく生死を繰り返しながら、永遠とも言えるほどの長い期間にわたって行ずる歴劫(りゃっくこう)修行であり、末法の凡夫にできるものではありません。
 大聖人は、無量義経の、
「未だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も、六波羅蜜自然に在前す」(法華経43頁)
との文を引かれ、南無妙法蓮華経の御本尊を受持することによって、自然に六波羅蜜の修行の功徳が具わり、彼岸(成仏の境界)に到達できると教えられています。
 大聖人の仏法は、仏法の根本である久遠元初・独一本門の本法である故に、その当体である本門の戒壇の大御本尊を受持する一行に、あらゆる仏道修行の功徳が具わるのです。
 大御本尊の受時に六波羅蜜の修行と功徳が具わっていることは、次のように考えることができるでしょう。
1.布施(ふせ):御本尊に財物を御供養申し上げること(財施)、折伏すること(法施)、広宣流布に向かって人々を救済していくこと(無畏施=むいせ)。
2.持戒(じかい):御授戒を受けて御本尊を受時し、謗法を行わないこと。
3.忍辱(にんにく):折伏時に非難されていても慈悲の心を持って耐え忍ぶこと。
4.精進(しょうじん):純粋な信心で不断に修行を実施すること。
5.禅定(ぜんじょう):御本尊に心を定めて勤行・唱題すること。
6.智慧(ちえ):以心代慧(信を以って智慧に代える)により、強盛な信心を持って修行に励むこと。
したがって、大御本尊を信じ、真剣に修行に励むことによって、即身成仏の境界を開いて彼岸に到達することができるのです。
 以上のように、彼岸本来の意義は、まず生きている私達自身が正しい信心修行に励んで真の幸福境界を開くことにあります。さらに仏道修行によって自らに具わる功徳を回向し、先祖の追善供養をすることが大切となります。

彼岸会の意義

 本宗において、秋春の彼岸会を修するのには深い意義があります。
 彼岸の中日である春分・秋分の日は、昼と夜との時間が同じとなる日であり、これは陰陽同時・善悪不二を表しています。
天台大師は『法華文句』に、
「仏は中道を好みたもう」(文句会本上88頁)
と釈しています。
仏教では、昼と夜との時間が同じとなるこの時に善行を修する功徳は、他の時に行う功徳よりも勝(すぐ)れるとされるのです。
 また、世間でも「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、この時機は一年で最も気候の良い時です。したがって、私達が功徳を積み、彼岸に至る絶好の時期であると言えるでしょう。
 また、本宗で彼岸会を修するのは、正しい先祖供養の方法を知らない人に対し、大聖人の仏法による最高の追善供養の仕方を教える機会とするためです。
 彼岸会は、日本国内で知らない人はいないと言えるほど、一般的な習慣となっています。
 大聖人は、『大田左衛門尉殿御返事』に、
「予が法門は四悉檀を心にかけて申すなれば、強(あなが)ちに成仏の理に違(たが)はざれば、且(しばら)く世間普通の義を用(もち)ゆべきか」
【通訳】私「大聖人」の法門は、四悉檀を心掛けて述べているのであり、成仏の道理に背くものでなければ、世間で行っていることを用いてもよいのである。
と仰せられています。
 すなわち、彼岸会を妙法の御本尊のもとで修するならば、謗法の寺社への参詣を防ぎ、自身の成仏のための最高の修行と真の先祖供養を行うことになるのですから、その功徳は計り知れないほど大きいのです。
 また、仏法には四恩が説かれ、知恩・報恩の大切さが教えられています。したがって、彼岸会には寺院に参詣して先祖の塔婆を建立し、御住職と共に御本尊に読経・唱題申し上げて回向するならば、故人は大功徳に浴し、安穏な成仏の境界へ至ることができます。
これに対し、他宗で行う彼岸会は無益であるどころか、謗法の儀式によって自らも先祖も共に悪道に堕ちることになってしまいます。
 そのことを大聖人は、
「追善を修するにも、念仏等を行ずる謗法の邪師の僧来たって(中略)訪(とぶ)らはるゝ過去の父母・夫婦・兄弟は弥(いよいよ)地獄の苦を増し、孝子は不孝、謗法の者となり、聴聞の諸人は邪法を随喜し悪魔の眷属となる」(唱法華題目抄・同224頁)
【通訳】追善供養を修するにも、念仏等を行ずる謗法の邪師の僧に頼んで弔うならば、亡くなった父母・夫婦・兄弟等はいよいよ地獄の苦しみを増し、供養を志した子供は不孝の謗法者となり、その儀式に参加した人々は、邪法によって喜ぶ悪魔の眷属となってしまうのである。
と仰せられています。
 私達は、彼岸会の本来の意義を理解するとともに、日蓮正宗の彼岸会こそ成仏の要道であり、真の先祖供養となることを心得て、人々にこのことを教え、導いていきましょう。
 本宗では、これらの意味から古来、「常盆・常彼岸」(常日ごろからお盆、彼岸の心持ちで追善供養に励むこと)と言われているのであり、他宗でいう彼岸とは全くその趣を異にしていることを忘れては成りません。


【大日蓮出版 日蓮正宗宗務院編 「日蓮正宗の年中行事」より転載】

創価学会破門


歴代御法主上人への背信

 創価学会問題の元凶…。それは池田大作にある。創価学会は、以前にも昭和52年路線と呼ばれる大謗法に手を染めたが、その原因も、正本堂建立以後の大作の指導にあった。

 このことは彼が、聖教新聞紙上に「近年の宗門との問題が昭和47年、正本堂建立以降の、学会の広布第二章の進み方の基調と、そのうえで、私が展開した昭和52年の一連の指導に、発端の因があったことは事実であります」(聖教新聞 昭和55年4月2日付)と、自らの責任を認めていることから裏付けられる。大作はその責任をとって、創価学会会長職を辞任せざるを得なかった。つまり、52年路線の謗法は、大作の大慢心と邪心がその原因なのである。

 では、破門にまで至った今回の創価学会問題はどうか。これも、大作の大慢心と邪心が原因である。

 池田大作は平成2年11月16日の創価学会本部幹部会の席上、御法主上人の説法を揶揄(やゆ)・中傷し、宗門を誹謗するなど、大謗法のスピーチを行った。まだ、52年路線の問題収束を「敗北」と総括し、会長職を引責辞任したことを、「辞めさせられ(た)」と評した。これらは、52年路線の反省が真実のものでなかったことを自白し、開き直りの姿勢を露わにしたもので、大聖人の仏法を甚だしく冒涜(ぼうとく)するものであった。

 創価学会では、この事実を隠蔽しようと、当日のスピーチとして、事実とは全く異なる内容の記事を聖教新聞に報道した。何と卑怯な心根であろうか。この不正直な工作自体に、創価学会では、この大作のスピーチが不穏当である、宗門から指揮されるかもしれないとの自覚があったことは明白である。

 いずれにせよ、こんな稚拙な手法で大作のスピーチを隠し通せるはずもなく、当日の問題発言に疑問を抱き、あるいは事実と異なる内容が報道されたことを訝(いぶか)しんだ心ある学会員から、当日のスピーチを録音した複数のテープが、宗門へ寄せられた。その内容たるや、大作のスピーチは余りに無慚無愧(むさんむき)にして、到底、看過し得ないものであったため、宗門は文書をもってその発言の真意を尋ねたのである。

 しかし、創価学会は、宗門から「お尋ね」をごまかし、はぐらかして、不誠実極まる対応を終始した。

 当時、池田大作は法華講総講頭であり、創価学会・法華講連合会も含めて、日蓮正宗の全檀信徒を代表する立場にあった。他の檀信徒の模範たるべき枢要な地位にありながら、大聖人の正邪の峻別(しゅんべつ)を惑乱(わくらん)し、血脈の尊厳を傷つける誹謗中傷をすることは言語道断である。加えて、その過ちを指摘されも素直に反省し改める姿勢がないのであれば、その悪行は一層明白であるし、絶大な影響力を考えれば、これを放置しておくこともできない。

 よって宗門は、適切な手続きをもって法規を改正し、池田大作の総講頭の地位を喪失せしめたのである。とはいえ、これは法規の整備に伴う形式的な理由に基づく資格喪失であって、罷免(ひめん)処分ではなかった。したがって、総講頭職は空位に、そして何ら関係のない法華講連合会の大講頭らも同じくその資格を失っている。つまり、宗門は、敢(あ)えて罷免処分を回避し、かかる措置をとることによって、大作が反省悔悟(かいご)することに一縷(いちゑ)の期待を残していたのである。

 しかし、宗門の措置に色をなした大作は、反省悔悟どころか、かえって宗門攻撃を創価学会全組織に指導し、創価学会もまたこれに従って、異常なまでの宗門攻撃を始めた。中には、常規を逸した過激な行動や、犯罪まで犯す学会員すら出る始末であった。宗門はその後も教導し続けたが、創価学会は一向に聞き入れず、もはや正しい信徒団体として立ち直ることは到底期待できないことから、やむなく、平成3年11月、創価学会を破門処分に付した。

 以来20年、創価学会は宗門への悪口雑言と誹謗中傷の限りを尽くし、哀れにも創価学会員は、大謗法の言辞を来る日も来る日も聞かされて洗脳され続け、今やその生命の奧底にまで染みついてしまっている。

 


池田大作は仏法破壊の大法謗者

 この悪業の原因はひとえに大作の大謗法にある。すなわち、創価学会問題の元凶は、池田大作の邪心にあり、まさに大作こそ創価学会の大謗法の首謀者、諸悪の根源に他ならない。創価学会問題とは、取りも直さず、池田大作問題なのである。

 平成2年11月の大作のスピーチを聞き、多くの学会員はなぜその過ちに気付かないのであろう。なぜその後の大謗法にまで加担してしまったのであろうか。

 前御法主日顕上人猊下は、かつて、法華経の示される俗衆増上慢について御教示され、「この無智の者ということは、すなわち自分の考えで正しく物事を判断することのできない者をいうのであります。人から言われ、組織から教えられれば、それがいかなる間違ったことでも、それを見抜くことができずに盲従し、そして正しく法を護る者をあくまで憎み謗(そし)るという姿が、法華経にはっきり予証されておる」(大白法387号)と、創価学会末端会員の哀れな姿を指摘されている。

 平成2年の大作のスピーチは、かつての52年路線の大謗法を彷彿(ほうふつ)させるものであり、本宗の正しい信解に立てば、正邪の峻別(しゅんべつ)は容易である。しかし、大作の毒気が深く生命に染み入った学会員は、法華経に示される俗衆増上慢の「無智」の姿のままに、自分で正しい判断をすることもできずに周りに踊らされ、謗法を重ね続けてしまった。あるいは、脅され賺(すか)された者もいるかも知れない。

 大聖人は『開目抄』に、「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし」(御書572ページ)と御教示である。正法に背けば「地獄の業」であり、大聖人は予(かね)てこれを厳しく諭(さと)されている。にもかかわらず、多くの創価学会会員は、池田大作の強い邪心に魅入られ、その呪縛から今なお逃れられない。またそのことに気付くこともできないのである。


 第66世日達上人は、かつて52年路線の収束に当たり、「今後は信徒団体としての基本は忠実に守り、宗門を外護していただきたいのであります。(中略)これまでの経緯(いきさつ)は水に流して、大同団結して宗門の発展ひいては広宣流布に協力していただきたいのであります」(聖教新聞 昭和54年5月4日付)と御指南された。日達上人は大作の反省悔悟と、過ちは再び繰り返さないという誓いを酌(く)まれて、52年路線の反省を受け入れられたのである。

 そして、日達上人の後に御登座された日顕上人も、その方針を踏襲され、大作の反省悔悟を心から信用されて、創価学会を教導あそばされてきた。特に、正信会問題の渦中にあっては、創価学会を非難攻撃する余り、日顕上人の血脈相承まで否定する者すら現れる中、日顕上人は創価学会を擁護されつつ、常に正信へと導かれてきたのである。これら日達上人の御観如(かんにょ)も日顕上人の御教導も、すべて大作の反省悔悟を真摯なものと信頼されてのことであった。

 にもかかわらず、大作は日達上人と日顕上人の大慈悲を踏みにじり、性懲りもなく、再び大謗法のスピーチ行ったのである。この「再犯」は、52年路線の収束の大前提になっている反省が真意に出たものではなく、単に表面上を取り繕(つくろ)っただけの偽装に過ぎなかったことを雄弁に物語っている。すなわち、大作のスピーチは、日達上人や日顕上人に対する反省恭順の姿勢が、全くの偽りであった何よりの証拠である。そればかりではない。戸田二代会長の熱誠を受け創価学会は見守られた第59世日亨上人や、さらなる飛躍を期待して創価学会の宗教法人化を許された第64世日昇上人、常に大らかに創価学会を教導され続けた第65世日淳上人に対する背信でもある。

 すなわち、大作の一連の所業は、日顕上人のみならず、大慈悲をもって創価学会を正しく導いて来られた歴代の御法主上人の御信頼をことごとく裏切り、蹂躙(じゅうりん)するものである。これは血脈の尊厳を冒涜するものと言わざるを得ず、日蓮正宗の三宝を破壊する大悪業に他ならない。

 この悪逆非道を何と見るか。宗門史において、果たしてこれほどの悪人がいたであろうか。池田大作は稀代(きだい)の大謗法者であり、一切衆生を三悪道に引きずり込む、現代の第六天魔王というべきである。



日蓮正宗は正法広布へ大前進

 この20年を振り返るとき、創価学会は破門から2年後の平成5年に、日蓮正宗の御本尊を模造した通称『ニセ本尊』の作製・販売を開始したのを皮切りに、創価学会第2代会長・戸田城聖氏も激しく戒めていた謗法路線へとひた走る。

 いくつか例を挙げれば、僧侶不在・戒名なしの学会葬(友人葬)の開始。平成9年、秋谷会長(当時)が『謗法払い不要』を名言。この頃より謗法団体と親しく活動するようになる。その後、公明党の現職議員が御輿(みこし)を担ぐ。また、平成14年には創価学会会員則を変更して、『日蓮正宗の教義』を放棄し、『本門戒壇の大御本尊を根本』とすることをやめた。さらに平成16年になると、五座三座の勤行を廃止し、「方便品・自我偈の読誦と唱題」を正式な勤行とすると発表。こうして、本尊・教義・化儀を次々と改変していった。

 正法の門より出でて三宝を破壊する「現代の一凶創価学会」。創価学会員の一人ひとりは、池田大作の邪心に取り憑かれ、火宅の中で遊び続ける子供そのものである。このままでは決して幸福になどなれるはずなく、一刻も早く大謗法と決別し、勇気をもって寺院に参詣し、正しい信行に邁進することのみが、創価学会員にとっての正しい実践行動である。

 我ら本宗僧俗は、そのことを正しく創価学会員に教え、正法へと導いていくという重大な使命がある。その実践と行動こそが、本年の大きな節目に相応(ふさわ)しい我らの信行であると堅く自覚する。

 創価学会が宗門を攻撃し、大謗法を重ね続けた20年。平成6年の地涌六万大総会、同10年の十万総登山、同14年の三十万総登山、そして同21年の七万五千大結集総会と、我らは正法広布に大きな足跡を残しつつ大前進してきた。その絶大な功徳は、一人ひとりに具わり生命に刻みこまれているのである。この大いなる功徳をもって、平成27年、平成33年の誓願成就と未来広布に向かって、さらに力強く大前進していこうではないか。


創価学会員を救えるのは本門戒壇の大御本尊のみ

 大聖人は「正法治国・邪法乱国」の道理を『立正安国論』に著された。さらに、「之れに準じて之を思ふに未来も亦然るべきか。此の書は徴(しるし)有る文なり」(御書420ページ)と、未来においても、謗法の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)が国難を招くという道理は、変わることがないと御教えてくださっている。

 翻って、本年3月には、東日本大震災という、未曽有の大災害に見舞われた。さらに、巨大な台風被害をはじめ、日本のみならず、世界的規模で異常気象も後を絶たず、経済問題は深刻である。

 大聖人は、「早く天下の静謐(せいひつ)を思はゞ須(すべから)く国中の謗法を断つべし」(同247ページ)と災難を防ぐための方途を御教えてくださっている。特に、本年に惹起(じゃっき)した国難、大災害によつ被害の大きさを考えれば、謗法の力は絶大である。我らはこの節目の因縁を正しく捉えなければならない。

 総本山大石寺に在(ましま)す本門戒壇の大御本尊を離れての救済はない。創価学会員を正しい信仰に導くことができるのは、私たち法華講員のみである。破門20年という節目の時に当たり、改めて創価学会員の折伏に立ち上がろう。



池田創価学会 20年の悪行

 創価学会では、これまで様々な口実をつけて、膨大な訴訟を宗門相手に起こしてきたが、記録的大敗に終わっている。この姿一つにとっても、創価学会による宗門攻撃は、社会常識にも悖(もと)り、世間から嫌悪される狂態である。

 その中でも、別掲のブラジルの大陰謀は、国家をも巻き込んだ巨大な策謀であり、自分たちに敵対する者に対しては「悪用」「不法」もお構いなく、持てる政治力と思いついた手段を馳駆して、「異様」な妨害工作をも画策する。この陰湿さと卑劣さは、池田大作の邪心と感応した、濁りきった生命そのままの姿である。そしてこの大謗法の害毒が、創価学会組織の隅々まで、さらに日本だけでなく遠い世界の国々にまで及び、強く大きく蔓延(はびこ)っていることを証明している。世界中に数多(あまた)の謗法があれど、これだけ正法広布を妬み、陰に陽に妨害し続ける者はない。三大秘法の大白法をこれだけ冒涜(ぼうとく)し、蹂躙(じゅうりん)する者はいない。

 社会から常識・法律の上に指弾されるのみならず、仏法上においてさらに許されない悪行を重ねている。その最もたるものが『ニセ本尊』の作製・販売であり、学会葬(友人葬)である。

 まさに創価学会こそ、現代における一凶に他ならず、これに従っていて幸福になどなれる道理はなく、その罪過が学会員に生活に現証として続出することは必定と言わねばならない。よって、一日も早くその悪縁を絶ち切らなければならない。


・『ニセ本尊』販売

 日蓮正宗から破門された後、宗門から御本尊が下付されなくなったため、平成5年、ついに自前の本尊の作製・販売を始めた。この本尊を宗門では『ニセ本尊』と呼ぶが、その理由は、

 

  1. 総本山第二十六世日寛上人がお認(したた)めになられた御本尊をコピーし、授与書きを削り取るなど、勝手に改ざんした物である。
  2. 唯授一人の相伝による開眼がなく、御法主上人の許可がない。
  3. 総本山から下付されものではない。

主にこの3点があげられる。

 かつて、創価学会第2代会長・戸田城聖氏が御本尊について、代々の御法主上人が允可(いんか)・下付されてない『ニセ本尊』には、「魔性の力が入っている。だからコワイ」とはっきり、断言している。大謗法の「魔性」が入った『ニセ本尊』を作製し、創価学会員に販売している。


・世間も大顰蹙の学会葬(友人葬)

 創価学会で行われる葬儀は、学会作製の『ニセ本尊』を斎場に掛けて、在家幹部が読経・唱題の導師を勤め、位牌には戒名ではなく故人の俗名が書かれる。

 どうしても僧侶に来てほしいと言うと、正法を信行することができなくなった脱落僧を連れてきて導師をさせるという。(こういう人を僧侶とは言わず、還俗(けんぞく)者とか売僧(まいす)と呼ぶ)

 正しい葬儀は、大聖人の時代から僧侶が導師をして執り行われていた。大聖人の葬儀を記録した『宗祖御遷化記録』にその詳細な様子は明らかで、日興上人も、大聖人がなされた通りに、僧侶が導師をして葬儀を営まれた旨が記録に残されている。

 また戒名は、大聖人が御父に「妙日」、御母「妙蓮」という戒名を授けられているこのも明らかなように、創価学会が言うような後の時代になって発明されたものなどではない。そもそも、背広を着た在家が葬儀で導師をしている姿に、近隣・有縁の参加者から疑問の声が上がっているとはよく聞く話である。日蓮正宗の葬儀を誹謗した挙句(あげく)、『ニセ本尊』を掛けて、僧侶でもない者に引導を渡されるとしたら、成仏どころかその先は堕地獄に間違いない。


・国会議員をも動員したブラジルでの大陰謀

 ブラジルでは、言語や文化の違いもある中、正法広布が着実に進展してきた。しかし、創価学会はこれを妬み、何とか宗門の活動を妨害せんと、政治力等を最大限に使って画策したのである。幸いにも、正法の功徳と関係者各位の数年にわたる多大な尽力もあり、すべての問題は正しく解決したが、その経緯の中で、創価学会の驚くべき謀略が露見した。

 ブラジル政府の公用書簡は、この謀略を次のように記載している。「法務省が収集した情報によれば、本件事案は、敵対する2つの宗教団体間の紛争であるが、その一方当事者は『創価学会』という団体であって、これが日蓮正宗に敵対し、この紛争にブラジル政府を巻き込もうとしているものである(中略)宗教団体『日蓮正宗』のブラジルにおける活動について日本の参議院議員が述べたところは、偏向したものであって、同人の所属する政党は『創価学会』と緊密な関係を有するものである」(外務大臣・2005年8月24日付文書)

 創価学会は、日本の参議院議員まで動員して。ブラジル政府に働きかけた。この議員は、創価学会と緊密な関係を有する政党に所属しているという。これが何党を指すものか、もはや指摘するまであるまい。

 彼らは、既にブラジルで活動する僧侶のビザを停止させ、日本へ強制退去させようと企(たくら)んだ。さらに、サンパウロ市に新たに建立された正法寺の落慶入仏法要へ御下向される日顕上人のビザを発給させないよう画策し、宗門の宗教活動を妨害しようと謀(はか)ったのである。結局、この策略は失敗に終わり、日顕上人はサンパウロ市・正法寺に御親教あそばされた。また、現地僧侶たちは、正当なビザを得て今も現地で正法広布に邁進している。

 さらにブラジル連邦上院の憲法・司法・市民委員会から、議会に提出された意見書には、この件について、「連邦憲法に規定されている本来の権利が悪用されたもの(中略)宗教の自由という基本的人権を阻害するなど、第三者に対して害悪を加えるために、国の官僚機構を操作する目的で不法に利用されたもの」(2008年第540号)と指摘さら、さらには、「きわめて異様」(同)とまで、述べられて、創価学会の策略が弾劾されている。

 

大白法 平成23年11月16日から転載

 

大白法 平成17年10月1日号より転載

 

日蓮正宗の御授戒

日蓮正宗の御授戒は、寺院または御本尊様が御安置されている御宝前で行われます。謗法払いを済ませた入信希望者は、紹介者と一緒に御宝前に座り、導師から授戒文を受けます。授戒文では、

 

と導師がそれぞれ問いかけますので、御授戒を受ける者と紹介者も導師に合わせて、その都度、「持ち奉るべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。」と発声して、爾前迹門の謗法を捨てて、三大秘法の御本尊様を受持することをお誓い申し上げます。

そして、御授戒を受ける者は、御本尊様を頭に戴くのです。

 

 

受持即持戒

宗祖日蓮大聖人様は『教行証御書』に、「此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は、三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為(せ)り。此の五字の内に豈(あに)万戒の功徳を納めざらんや」(御書1109ページ)と、あらゆる仏様の無量無辺の功徳を具(そな)えた御本尊様に、あらゆる戒の功徳も納まっていることを仰せられ、この御本尊様を受持することが戒を持つことになることを御教示されています。

このように、大聖人様の仏法においては、御授戒を受け、正しい御本尊様を受持することが戒を持つことになるのであり、これを「受持即持戒」というのです。創価学会のように「受持即持戒なんだから御授戒は不要」等というのは、御授戒の本義を忘失した邪見と言うべきです。

私たちは、御法主日顕上人猊下が、「例えば皆さん方の信心の状態で考えてみますると、謗法をして大御本尊様にお目にかかれなかった時はまだ道に入っておらないわけですから、道前の姿である。それを、折伏を受けてお寺の門をくぐり、御本尊様にお詣りをして正法正師の正義を信受するところが道の中に入ったわけである。また、その授戒が終わって家に帰り、そして御本尊様を信心する生活に入ると、これは以前と同じ家にいるようであっても、前の謗法の時の自分と、それから大法を受け、その本当の功徳を信じて道を開いていく境涯に入った自分とでは違っておるのである。この道にいったん入った上においてはどういう所に在っても、その根本の道を外さないかぎりにおいてはあらゆる自由自在な正しい用きと幸せの道につながっておるのであります」(大白法307号)と仰せられるように、御授戒を受けて仏法の大道に入り、しっかりと修行していくところに大きな功徳があるという意義を深く拝して、信心修行に励んでいくことが大切です。

 

 

勧誡式とは

退転してしまった後に、再び日蓮正宗の信仰に帰依した場合には、勧誡式が行われます。勧誡とは「誡(いまし)めて勧(すす)める」ということで、退転して謗法を犯したことを誡め、改めて正法受持を勧める意味です。

勧誡を受ける時は、勧誡文を受けて、御本尊様を頭に戴き、二度と謗法を犯すことなく、信行に精進することを御本尊様に誓います。

 

 

謗法払いについて

日蓮正宗に入信する際には、それまでに所持していた他宗の本尊や経典、お守りなどの一切を処分して謗法の汚れを清め、日蓮正宗の信仰に帰依する準備を整えなければなりません。また、自分で処分ができない場合は、各寺院へ納めることができます。

 

 

御本尊御下付について

御本尊様は信仰の対境(たいきよう)であり、成仏得道(じょうぶつとくどう)には欠かすことのできない功徳の根源です。

総本山第26世日寛上人は、加賀の信徒福原式治に与えた書状の中で、「本尊等、願の事。之れ有るにおいては、遠慮なく申し遣べし(中略)たとへ授戒候とも、本尊なくば別して力も有るまじく候」と仰せられ、御授戒の後は、御本尊様を御安置して修行に励むことが大切であると御教示されています。

御本尊様は、守護し御安置できる状況が整えば、本人の願い出によって、総本山より末寺を通して、御下付(御貸し下げ)されます。『経王殿御返事』に、「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」(御書685ページ)と仰せられるように、御本尊様は御本仏日蓮大聖人様の御魂魄(こんぱく)であり御当体ですから、我が家に御本尊様を御安置することは、大聖人様をお迎えすることと同義なのです。

したがって、御授戒を受け、御本尊様を御安置したならば、日夜、真心からのお給仕を心がけることが大切です。私たち法華講員は、こうした御授戒の意義を学び、日々のお給仕と勤行を疎(おろそか)かにすることなく、修行に励んでまいりましょう。

 

総本山は静岡県富士宮市の大石寺です。

日蓮正宗

 

宗祖御誕生会おたんじょうえ

 宗祖誕生会は、御本仏日蓮大聖人の末法ご出現をお祝いし御報恩申し上げるために、ご誕生の2月16日に奉修される行事です。
 末法という時代に、日蓮大聖人がご出現になり衆生を救済されるということを、インドの釈尊(お釈迦様)が法華経に予言されておりました。
 釈尊の滅後一千年を正法(しょうぼう)時代、次の一千年を像法(ぞうぼう)時代、その後を末法(まっぽう)時代といいます。そのうち前の正像二千年間は釈尊の教えによって利益を得ることができますが、末法の時代に入ると、仏法が隠没して闘諍や言訟が盛んになり、人心が荒廃して濁悪の時代となってしまい、もはや釈尊の仏法では救われなくなると説かれているのです。この時にあたって、日蓮大聖人が末法の一切衆生を救済する御本仏として日本にご誕生になったのです。
 貞応元年(1222年)2月16日、貫名次郎重忠を父とし、梅菊女を母として安房の国(千葉県)長狭郡東条郷片海(千葉県鴨川市)で大聖人はご誕生あそばされました。釈尊の入滅が2月15日であるのに対し、大聖人が2月16日に誕生されていることは、釈尊の仏法が滅する時に、まさに御本仏が出現されるという、まことに不可思議な因縁を示すものといえましょう。また大聖人のご出生については種々の不思議な瑞相が伝えられています。
 総本山では法主上人ご出仕のもと、御影堂(みえいどう)においてご報恩の読経の後、五重塔の「お塔開き」がおこなわれ、読経・唱題してお誕生会を奉祝いたします。
 このお塔開きは、大聖人の末法ご出現をあらわすもので、大石寺の五重塔が西の方を向いているのは、大聖人の仏法が中国・インドを経て世界に広宣流布(こうせんるふ)するようすを、太陽が東から昇って西を照らし、全世界に光明をおよぼすことになぞらえているからです。

日蓮正宗公式ホームページ 転載

 

興師会こうしえ(第二祖日興上人御報恩法要)

 日興上人のご命日である2月7日に行われる法要で、総本山はもちろんのこと、末寺においても厳粛に執り行なわれます。これは日蓮大聖人から仏法の正義を受け継がれ、後世にまで正しく法燈を伝えて下さった日興上人に対し奉り、僧俗一同、心からご報恩申し上げるために奉修されます。
 日興上人は、弘安5年(1282年)9月に大聖人から一切の仏法を付嘱(相伝)され、10月13日には身延山久遠寺の別当職(住職)としての付嘱も受けられました。
 大聖人滅後、関東方面の五老僧達(大聖人の6大弟子のうち日興上人を除く5人)は国家の権勢を恐れて軟化し、もろもろの師敵対謗法をおかして、次第に大聖人の正義を失ないましたが、日興上人はいささかも教義を曲げることなく、正義を守り抜かれました。
 また身延の地頭・波木井実長(はきりさねなが)が仏法に違背する行為を重ねたため、日興上人は正応2年(1289年)の春、本門戒壇(ほんもんかいだん)の大御本尊(だいごほんぞん)をはじめとする一切の重宝をお持ちして、門弟とともに身延を離れ、翌正応3年10月、南条時光殿の寄進により、富士上野の地に大石寺(たいせきじ)を建立されました。
 総本山では、2月7日は勿論のこと、毎月7日にも御影堂(みえいどう)において法主上人ご出仕のもと、日興上人のご報恩法要が行われています。

日蓮正宗公式ホームページ転載

 

 

f1. 創価学会の教学要綱について

  

目次:発刊にあたって凡例第1章仏法の人間主義の系譜 第1節釈尊から流れる仏法の人間主義 第2節大乗仏教の真髄『法華経』 第3節日蓮大聖人と『法華経』 第2章日蓮大聖人と「南無妙法蓮華経」 第1節日蓮大聖人の末法観 第2節『法華経』の肝心「南無妙法蓮華経」 第3節三大秘宝 第4節末法の御本仏・日蓮大聖人 

初版発行: 2023年11月16日

 

2. 上記に対して、須田晴夫氏は『創価学会教学要綱』と日蓮本仏論の中で批判している。

 

本書には「『創価学会教学要綱』の考察─仏教史の視点から」(2024年発表)と「日蓮本仏論の考察─宮田論文への疑問」(2016年発表、2024年加筆)の二編の論文、更に付論として「『教学要綱』に関する会長宛て書簡」と「男子部教学室『論考』への応答」を収録した。

『創価学会教学要綱』が発刊されたのは2023年だが、その成立の背景には後者で取り上げた日蓮本仏論やアカデミズムを巡る問題がある。それ故、二編の論文が執筆された時点に八年の間隔があるが、内容的には強い関連があるので、二つを合わせて通読すれば問題をより深く理解していただけるものと思う。(本書「はしがき」より)

 

3. 創価学会内で教学が変更されるのは、

平成26年11月8日付、『聖教新聞』において原田会長は「会則・教義条項の改正」を発表しました。

 その中で、創価学会がこれまで80年にわたり「信仰の根本」「功徳の源」としてきた、大石寺御安置の「弘安二年十月十二日の戒壇の大御本尊」を「受持しない」と正式に公言したのです。

 大御本尊を否定すれば、皆さまのご自宅の御本尊を含め、創価学会に存在する全ての本尊を否定することになります。

 

4. 本来の創価学会の教学の原点は戸田先生の指導によるべきである。

 

戸田先生の指導

 

日蓮正宗の御授戒は、寺院または御本尊様が御安置されている御宝前で行われます。謗法払いを済ませた入信希望者は、紹介者と一緒に御宝前に座り、導師から授戒文を受けます。授戒文では、

 

と導師がそれぞれ問いかけますので、御授戒を受ける者と紹介者も導師に合わせて、その都度、「持ち奉るべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。」と発声して、爾前迹門の謗法を捨てて、三大秘法の御本尊様を受持することをお誓い申し上げます。

そして、御授戒を受ける者は、御本尊様を頭に戴くのです。

受持即持戒

宗祖日蓮大聖人様は『教行証御書』に、「此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は、三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為(せ)り。此の五字の内に豈(あに)万戒の功徳を納めざらんや」(御書1109ページ)と、あらゆる仏様の無量無辺の功徳を具(そな)えた御本尊様に、あらゆる戒の功徳も納まっていることを仰せられ、この御本尊様を受持することが戒を持つことになることを御教示されています。

このように、大聖人様の仏法においては、御授戒を受け、正しい御本尊様を受持することが戒を持つことになるのであり、これを「受持即持戒」というのです。創価学会のように「受持即持戒なんだから御授戒は不要」等というのは、御授戒の本義を忘失した邪見と言うべきです。

私たちは、御法主日顕上人猊下が、「例えば皆さん方の信心の状態で考えてみますると、謗法をして大御本尊様にお目にかかれなかった時はまだ道に入っておらないわけですから、道前の姿である。それを、折伏を受けてお寺の門をくぐり、御本尊様にお詣りをして正法正師の正義を信受するところが道の中に入ったわけである。また、その授戒が終わって家に帰り、そして御本尊様を信心する生活に入ると、これは以前と同じ家にいるようであっても、前の謗法の時の自分と、それから大法を受け、その本当の功徳を信じて道を開いていく境涯に入った自分とでは違っておるのである。この道にいったん入った上においてはどういう所に在っても、その根本の道を外さないかぎりにおいてはあらゆる自由自在な正しい用きと幸せの道につながっておるのであります」(大白法307号)と仰せられるように、御授戒を受けて仏法の大道に入り、しっかりと修行していくところに大きな功徳があるという意義を深く拝して、信心修行に励んでいくことが大切です。

  

 広宣流布とは、正しい教えを広く世間に宣べ布教することを言います。また、略して広布とも言います。
『法華経薬王菩薩本事品第二十三』には、
「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」(法華経539)
と、釈尊が亡くなった後の末法という濁悪の時代に、正法が全世界に流布(広まり伝わること)すると説かれています。
 日蓮大聖人様は『如説修行抄』に広宣流布の様相について、
 「妙法独りはむ昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱へ奉らば、吹く風枝をならさず、雨土くれをくだかず、代はぎのうの世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、人法共に不老不死の理顕はれん時を各々御らんぜよ、現世安穏の証文疑ひ有るべからざる者なり」(御書671)
と、南無妙法蓮華経の教えが広宣流布したときは、自然界の用きが平穏なものとなり、個人においても災いを払い、長寿を保つことができ、社会においても真の平和を築くことができると説かれています。
 大聖人様は、この南無妙法蓮華経の教えを広宣流布するために、御生涯を通して折伏弘通をなされたのです。
『諸法実相抄』には、
「広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」(同666)
と、大地を的として矢を射て外すことがないように、大聖人様の教えは必ず日本乃至全世界に流布すると示されています。
 このような御指南から、私たちは広宣流布を大聖人様の御遺命であると拝すのです。
 御法主日如上人猊下は、
「広宣流布は我々の努力なしでは達成することはできません。そこに今、我々が大聖人様の弟子檀那として、一切衆生救済の慈悲行である折伏をなすべき大事な使命があり、責務が存していることを知らなければなりません。そして、その使命と責務を果たしていくところに、我ら自身もまた広大なる御仏智を被り、計り知れない大きな功徳を享受することができるのであります」(大白897号)
と御指南されています。
 大聖人様の教えを正しく受け継ぐ私たち日蓮正宗僧俗は、大聖人様の御遺命である広宣流布の実現に向かい、日々、勤行・唱題に励み、折伏弘通に邁進することが大切なのです。

大白法 平成27年11月16日付

 

二箇相承

二箇相承とは、日蓮大聖人が日興(にっこう)上人を後継者として定められた、『日蓮一期弘法(いちごぐほう)付嘱書』と『身延山付嘱書』の二通の相承書をいいます。
 『日蓮一期弘法付嘱書』(身延相承書)は、弘安(こうあん)五年九月に身延山で認められたもので、
 「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主この法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂(い)ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。

  弘安五年(壬午)九月 日
  日蓮花押
  血脈の次第 日蓮日興」
 (平成新編御書 一六七五)
とあるように、本門戒壇の大御本尊と日蓮大聖人の一期(いちご)における仏法の一切を相承された法体(ほったい)・法門の相承書をいいます。
 また、『身延山付嘱書』(池上相承書)は、同年十月十三日の御入滅の当日、池上宗仲(いけがみむねなか)の邸(やかた)において認められたもので、
 「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当(べっとう)たるべきなり。背(そむ)く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
  弘安五年(壬午)十月十三日
  武州 池上 日蓮花押」(同)
とあるように、日興上人に身延山の別当・貫首(かんず)の地位を付嘱され、この唯授一人(ゆいじゅいちにん)の日興上人の御指南に従わない者は正法(しょうぼう)に背く者であると、弟子檀那に対する戒めをも記(しる)された相承書です。
 この両書は、日興上人が晩年お住まいになられた重須談所(後の重須本門寺・現在の北山本門寺)の重宝として格護(かくご)されていましたが、大聖人滅後三百年の天正九年(一五八一)三月、武田勝頼の軍勢に奪(うば)われ紛失してしまったと伝えられています。
 しかし、大聖人滅後九十九年(一三八〇)には、妙蓮寺日眼師の『五人所破抄見聞』に、
 「日蓮聖人之御付嘱弘安五年九月十二日、同十月十三日御入滅の時御判形(ごはんぎょう)分明也(ふんみょうなり)」(富要 四-八)
とあり、また、大聖人滅後二百九十二年(一五七三)には、総本山第十四世日主上人の写し書きが大石寺に蔵されています。その他、当家や他門にも多くの証拠文献が残っていることから見て、二箇相承が確かに存在していたことに疑いの余地はありません。
 大聖人は『一代聖教大意』に、
 「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(平成新編御書 九二)
と、師弟相対の相伝によって、仏法の奥義が伝えられていくことを御指南されています。その相伝には、口伝(くでん)の意義をもつ金口(こんく)と、文献の意義をもつ金紙(こんし)がありますが、金口の内容とする深い仏意が金紙として伝承され、その原点に二箇相承があるのです。
 このように、二箇相承は、唯授一人の相伝のもと、文底下種(もんていげしゅ)の仏法が正しく末代に伝わり、一切衆生を救済されるために残された、御本仏日蓮大聖人の大慈大悲の御金言書(ごきんげんしょ)なのです。

 

 

 

 

不自惜身命の精神で随力弘通
 大聖人が『御義口伝』に、
大願とは法華弘通なり」(同一七四九㌻)
と仰せられ、日興上人が『遺誡置文』に、
未だ広宣流布せざる間は身命を捨てゝ随力弘通を致すべき事」(同一八八四㌻)
と御教示のように、三さん大だい秘ひ法ほうの広宣流布は御本仏の御命です。ゆえに、私たちは身命を賭として大聖人の正法を弘通していかなければなりません。そして、その弘通に当たっては『義浄房御書』に、
此の五字を弘通せんには不ふ自じ惜しゃく身しん命みょう是これなり」(同六六九㌻)
とあるように、不自惜身命の精神で臨まなければならないのです。『法華初心成仏抄』に、
「法華経を強しひて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぼうぜん者は毒鼓どっくの縁となって仏になるべきなり」(同一三一六㌻)
とあるように、順じゅん逆ぎゃく二に縁えんを共に救うべく、各自がその力に随って折伏・弘教に精しょう進じんすることが肝要かんようです。
 全国の法華講衆が、水魚の思いを成し、異体同心して折伏に励むとき、大聖人の御金言のごとく、広宣流布の大願も必ず成就します。
 一人ひとりが大聖人の正法正義を随力弘通し、広宣流布に邁進まいしんしましょう。

大白法・平成21年3月16日刊(第761号より転載)

 

 

 

日蓮正宗能安寺の葬儀で大切な人を真に弔うために

 

 日蓮正宗 堅固山 能安寺の住所,電話番号

〒359-1151 埼玉県所沢市若狭3丁目2567

04-2949-0697 

日蓮正宗堅固山能安寺の地図

 

喪主が日蓮正宗の信徒であれば、日蓮正宗末寺の御僧侶と相談して枕経、通夜、告別式、初七日法要、七七日法要と順次、奉修して下さい。

 

枕経 故人を北枕にします。経机を用意し三具足、鈴を調えます。その際、仏壇の扉を閉めます。枕経は御僧侶を導師としてお迎えし、導師御本尊を捧掲して行います

 

かけがえのない故人の成仏を願って、共々に日蓮大聖人様の御本尊を信じ、南妙法蓮華経の題目を唱えてまいりましょう。

喪主が日蓮正宗の信徒でなければ、寺院で御授戒、勧誡を頂いて能安寺の信徒になることをお勧めします。

故人が日蓮正宗の信徒であれば、七七日法要までの奉修は可能ですが、お寺で確認をお願いします。

 

日蓮正宗では、葬儀を行う場合、御本仏日蓮大聖人様以来の伝統法義に基づき、導師曼荼羅を奉掲し、本宗僧侶の導師により、読経、唱題を持って、故人の成仏を祈念します。

従いまして、創価学会、顕正会の葬儀の様に在家の人が導師をすることは厳に慎むべきであり、大謗法にあたり故人を地獄に堕することに繋がります。

 

御義口伝 御書一七二四頁には

「今日蓮等の類聖霊を訪ふ時、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱へ奉る時、題目の光無間に至って即身成仏せしむ」

 

日蓮正宗 堅固山 能安寺の住所,電話番号

〒359-1151 埼玉県所沢市若狭3丁目2567

04-2949-0697

日蓮正宗堅固山能安寺の地図

 

 

 

日蓮正宗堅固山能安寺 所沢正宗墓園地図

 

日蓮正宗 堅固山 能安寺 所沢正宗墓園のアクセス

郵便番号 359-0031

埼玉県 所沢市 下新井1403

西武新宿線 航空公園駅下車 

エステシティ所沢行バス 所沢聖地霊園下車 徒歩5分

 

 

 

故人のみ日蓮正宗の信徒の場合

故人の生前の信心により本宗で葬儀を執り行うことができます。

但し、葬儀の後の法事は遺族が願主となりますので、謗法厳戒の立場から願い出を受けることはできません。

重要なことは故人が生前に法統相続の大切さを伝えておき、能安寺の信徒になることです。

 

日蓮正宗 堅固山 能安寺の住所,電話番号

〒359-1151 埼玉県所沢市若狭3丁目2567

04-2949-0697 

 

 

 

 

 

 

 


 

日蓮正宗寺院の能安寺は、堅固山と号します。能安寺は、総本山大石寺第66世日達上人を開基として、常在寺35世本種院日成上人が昭和51年に創建したといいます。

 

日蓮正宗堅固山能安寺の地図 Mapion

 

日蓮正 堅固山 能安寺のアクセス

郵便番号 359-1151

埼玉県 所沢市 若狭3丁目2567

西武池袋線 狭山ヶ丘駅下車 徒歩15分 所沢西郵便局前

 

日蓮正宗 堅固山 能安寺 所沢正宗墓園のアクセス

郵便番号 359-0031

埼玉県 所沢市 下新井1403

西武新宿線 航空公園駅下車 

エステシティ所沢行バス 所沢聖地霊園下車 徒歩5分

 

開基は総本山第66世日達上人によるものである。
東京都池袋の常在寺御住職 本種院日成上人によって寄進建立された。

1976年 昭和51年8月6日に日蓮正宗堅固山能安寺の落慶入佛式が行われた。

 

あなたのあらゆる悩みは、正しい信仰によって必ず乗り越えることができるのです。

一日でも早く日蓮正宗堅固山能安寺にお越し下さい。

末法の仏様とは本因妙の教主、久遠元初の御本仏宗祖日蓮大聖人様です。

日蓮正宗堅固山能安寺の地図 google map

 

下記は日蓮正宗能安寺の山門の写真

 

日蓮正宗堅固山能安寺の地図 航空写真

 

 

 

日蓮正宗堅固山能安寺 所沢正宗墓園地図

 

 

日蓮正宗堅固山能安寺 ストリートビュー

 

 

 

近郊から日蓮正宗堅固山能安寺迄の地図ルート

西武池袋線小手指駅下車 車10分

クルマで能安寺にお越しの方は、能安寺の駐車場をご利用下さい。

 

日蓮正堅固山宗能安寺は総本山大石寺の末寺です。

日蓮正宗総本山

 

日蓮正宗堅固山能安寺は令和八年に創立50周年を迎えます。

平成二十八年八月十一日午後一時より、埼玉県所沢市の能安寺において、同寺の創立四十周年記念法要が厳粛かつ盛大に奉修された。
同寺は、当時、東京都豊島区の常在寺住職であった佐藤日成能化(本種院日成上人)の発願により建立寄進されたもので、昭和五十一年八月六日、総本山第六十六世日達上人の大導師のもと、落慶入仏法要が奉修された。
そして、昭和五十六年二月二十六日、法華講能安寺支部が結成され、さらなる寺檀和合が図られた。
その後、平成八年の創立二十周年を記念して、同九年十一月二十九日、前御法主日顕上人猊下の大導師のもと、本堂・庫裡新築落慶法要が奉修された。
また、平成十八年七月二十三日には創立三十周年を記念して、山門および本堂・庫裡の全面改修、法華講共同墓地の建立等が行われた。

 

【幸福な人生を歩むために】

このような悩みを抱えていませんか。

・人間関係の悩み・家族に起きている問題・病気の悩み

・経済的な悩み  ・精神的な悩み  ・生きる希望がない

私たちの悩みを解決し、素晴らしい人生を送るには、今日にでも日蓮正宗能安寺に参詣して下さい。御僧侶の話しを聞いて信徒となり、日々修行を続ければ、必ず悩みは解決され新しい境界が開けます。