桑田佳祐は書いた。「焼けた素肌で夜風に乗って 辻堂あたりで気取ってようじゃん」と。いま私は辻堂に住んでいる。
相模湾に面する辻堂海岸は、湘南サーファーの格好の波乗りスポットとして有名であるが、「近代以前には広大な砂丘が形成されており、江戸幕府の大砲試射場として使用され、その後は日本海軍の演習地となり、第二次世界大戦後はアメリカ軍に接収され、同軍の演習地となった」歴史があるという。「茅ヶ崎沖にある烏帽子岩はアメリカ軍の砲撃目標となったため、その形が大きく崩れてしまった」ことはなんとも残念であるが、現在の形の烏帽子岩が、過去の歴史を見つめさせる教訓的岩礁群であることは意義深い。
文化の発祥は、いつも湘南であった。われわれは、湘南に憧れ、そこに波のように寄せては返した。辻堂も文化の発祥に寄与した。この辺りに住む人びとは、どのような暮らしをしてきたのか、またしているのか。素朴な考えではあるが、知れば知るほど楽しくなるはずだ。学問や研究の究極的原点は「楽しくなる」ところにある。大学院で人文社会科学のトレーニングを受けている最中の私であるが、辻堂に住むことができたことを幸せに思う。
先述の桑田の詩には《郷愁》の想いが込められている。湘南出身ではないこの私を、どうしてかノスタルジックな気分にさせてしまうのは、まことに不思議である。桑田そして彼と同世代の両親を愛し感謝する心は、この《郷愁》の部分そのものである。胎児の頃の記憶が、いま蘇ろうとしている。
