部員たちは避難した南中山中学で、率先して炊き出しの手伝い。午前6時から正午まで1時間交代で、お湯を入れて蒸したご飯を150人の被災者に配り続けた。
食事を配る際には高齢者を優先して自分たちは一番最後。避難場所を預かる同中学の三品(みしな)良春校長(57)は、「立派です。力仕事など彼らにしかできないことをやってもらい助かった」と若者の誠意あふれる行動に賛辞を惜しまなかった。だが、主将の上村健人(新3年)は「自分たちもつらいけど、周りの方はもっとつらいはず。できることをやっただけ」とサラリと振り返った。
部員たちは11日の午後7時、学校から車で5分のところにある南中山中学に避難。その直後から武道場に畳を敷き、被災者の休息場を確保するなど昼夜問わず働き続けた。
「街がぐちゃぐちゃ。出発するメドもまだついていない」と我妻敏コーチ(28)。追い続けた夢舞台が幻になるかもしれないが、「甲子園への不安はある。でも仕方ないこと」と上村。自分たちのことは二の次にして他人のために行動した。
食事を配る際には高齢者を優先して自分たちは一番最後。避難場所を預かる同中学の三品(みしな)良春校長(57)は、「立派です。力仕事など彼らにしかできないことをやってもらい助かった」と若者の誠意あふれる行動に賛辞を惜しまなかった。だが、主将の上村健人(新3年)は「自分たちもつらいけど、周りの方はもっとつらいはず。できることをやっただけ」とサラリと振り返った。
部員たちは11日の午後7時、学校から車で5分のところにある南中山中学に避難。その直後から武道場に畳を敷き、被災者の休息場を確保するなど昼夜問わず働き続けた。
「街がぐちゃぐちゃ。出発するメドもまだついていない」と我妻敏コーチ(28)。追い続けた夢舞台が幻になるかもしれないが、「甲子園への不安はある。でも仕方ないこと」と上村。自分たちのことは二の次にして他人のために行動した。







