前回のお話です。

 

 

 

シングルのレコーディングが無事に終わり、
あとは春のリリースを待つだけになった頃のこと。

ある日、事務所に顔を出すと、
Moriyamaさんが「てつさん、初回限定盤、届きましたよ」と声をかけてくれた。

手渡された封筒を開けた瞬間、
僕は思わず手を止めた。

ジャケットに写るメンバーは、いつもよりナチュラルな装いで、
春の暖かい日差しが差し込むその光景には、どこか既視感があった。

「これは…目黒川沿いだ。」

後ろに区民プールが微かに見える。
ベンチ、桜の木。
全部、知っている場所だった。

かつて“どん底”で座っていたベンチ

メジャー契約を切られ、どん底だった頃。
アルバイトの昼休みに、お弁当を持ってひとりで腰掛けていた、
あの目黒川沿いのベンチ。

そこが、まさか自分の曲が収録された 初回限定盤のジャケ写 になるなんて、
できすぎている。

人生は本当に不思議な円を描く——
僕はしばらく、言葉もなくジャケットを見つめた。

当時のこのエピソードを友人がブログに書いたところ、
ファンの方がその記事を見つけ、たくさんのコメントをいただいたこともあった。

「偶然」では片づけられない経験

僕はこのような経験を二度している。(もう一つはバンド時代。)

だから、人生の出来事がすべて偶然の産物だとは、とても思えない。

“願えば叶う”と言いたいわけではない。

叶うんだけど、
それはあなたが想像している形とは少し違うかもしれない。


そういうことなんだと思う。

何かに打ち込むこと。
強く望むこと。
それは、実現に必要な原動力だ。

でも、それが どのように、いつ訪れるのか は誰にもわからない。

だからこそ、
結果に執着しなくなった時に叶う——
そんな言葉があるのだろう。

 

初登場4位と、報われた気持ち

シングルの発売後、僕はオリコンをチェックした。

結果は、初登場4位。

バンド時代、メジャーデビューしても100位にも入らなかった。
あのページに、自分のグループ名が掲載されることは一度もなかった。

だからこそ、
このとき、悔しさも悲しさも、全部が少し報われた気がした。

 

武道館。夢の中心に自分の曲が流れる瞬間

そして、そのシングルを引っ提げたツアーは順調に進み、
ついにファイナルは武道館。

プロデューサーが僕を招待してくれ、
僕は彼女と会場へ向かった。

武道館は、中学生の頃から何度も海外アーティストのライブを観に行った場所。
自分の曲がそこで流れるなんて、まだ半信半疑だった。

案内された席はアリーナのど真ん中、
センターステージから数列目の最高の席。

照明が落ちた瞬間、客席の歓声が地鳴りのように響いた。

「いつ…僕の曲が来るんだ?」

ドキドキしながら待っていると、
ある曲が終わった直後、会場がふっと暗くなった。

一呼吸おく静寂。

そして次の瞬間、
聞き覚えのあるイントロが、静かに、しかし確かに会場を満たしていった。

「来た…!」

胸の奥で叫んだ瞬間、客席全体が大きく揺れた。
メンバーはセンターステージへ歩き出し、その向かう先は——
僕らの座っている方向だった。

目の前で繰り広げられるパフォーマンス。
1万人の歌声。
全部が胸に押し寄せてくる。

言葉にならない感情がいっぱいだった。

ふと横を見ると、彼女が目を潤ませていた。

「ここまで…本当によく来れたな。」

達成感と安堵が、静かに広がっていった。

 

レコード大賞、そして結婚

年末にはレコード大賞の授賞式があり、優秀作品賞をいただいた。

赤坂TBSで、業界の大御所やスターの中に紛れながら、
大阪城ホールのステージに立った時と同じように、
「ご縁で連れて来てもらったんだ」という実感の薄さも、どこか心地よかった。

翌年の年明けには、
生まれ故郷・京都の平安神宮で結婚式を挙げた。

音楽活動が一つの“お墨付き”となり、
家族や友人に認められたことで、結婚へ踏み出す後押しにもなった。



作家としての幕引き、そして起業家へ

この後、何曲かのリリースやアーティストとの共作を経て、
僕は作家としての活動を終えた。

そして家族が一人増え、
僕は起業家として新たな挑戦を始めた。

現在、会社を立ち上げて11年目。

過去のどの時期よりも、今の自分に満足している。
起業のおかげで、理想に近いライフスタイルを築くことができている。

起業から現在までのストーリーも、
またいつか別の機会にお届けできればと思う。


 

ここまで読んでくださった方へ。
 

あなたの貴重な時間を使って、僕の人生に触れてくださったこと。
心より感謝申し上げます。